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第4話 わたしのお尻は壊れました。旦那様と密着できるとしても、もうお仕置きはゴメンです

 夕食後――


 リコリスはサディーナ・スギモンヌに連れられて、ヘンリーの執務室へと向かっていた。




 日は既(すで)に暮れ、屋敷内は暗い。


 廊下の所々に、魔力で光る魔法灯が設置されてはいる。


 それでもサディーナが掲げるカンテラ魔道具なしでは、互いの顔すら識別困難だった。




 罰を受けに行くリコリスの足取りは重いのだが、前を歩くサディーナはズンズンと早足で歩いていってしまう。


 大した時間もかからずに、2人はヘンリーの執務室前まで辿り着いてしまった。




 心の準備をする時間が欲しいリコリス。


 しかしそんな気持ちを知ってか知らずか、サディーナはさっさとドアをノックした。




「入りなさい」




 入室を促(うなが)すヘンリーの声が静かで落ち着いていることに、リコリスは安堵を覚えた。


 扉が開くと、微(かす)かな明かりが廊下を照らす。


 リコリスがサディーナに続き入室すると、ヘンリー・レーヴァテインは仕事用の机に着いていた。


 彼はサラサラと書類にペンを走らせていたが、リコリスの入室を確認して手を止める。




「旦那様。リコリスを、お連れしました」


「ご苦労だった、サディーナ。君(きみ)は、下がっていなさい」




 主人に向かって一(いち)礼(れい)し、メイド長は退室していく。




 後(あと)に残されたのは、椅子に座ったままのヘンリー。


 そして、気まずそうに佇(たたず)んだままのリコリス。


 卓上に置かれた魔法灯は、2人と室内を妖しく仄(ほの)かに照らしていた。




(自(みずか)ら罰を与えるとおっしゃっていましたが、どのような罰なのでしょうか……?)




 疑問に思いながら、リコリスはヘンリーの周囲や執務室内に視線を走らせる。


 キッチンでサディーナがリコリスに与えようとしていた罰は、鞭打ちだった。


 しかし今、リコリスの視界内に鞭や叩くためのものらしき道具は見当たらない。




 その時、リコリスは気付いてしまった。


 サディーナを退出させた今、この執務室には自分とヘンリー2人っきりだということに。




(……! もしや旦那様は罰やお仕置きと称して、わたしにエッチな行為を要求するおつもりでは!?)




 そんな考えが、脳裏をよぎる。


 主人が主従関係や雇い主の立場を笠に着て、メイドに肉体関係を迫るなどよく聞く醜聞(スキャンダル)だ。




 ヘンリーは紳士的な男だと世間では専(もっぱ)らの評判だが、まだ35という男盛りな年齢。


 騎士団長という立場があるため、獣性を抱(かか)えながらもそれを押し殺して過ごしている可能性がある。


 このお屋敷には、ヘンリーと既成事実を作ってしまいたい貴族令嬢や商家の娘がゴロゴロしているのだ。


 手を出せば、レーヴァテイン家の将来を決定づけてしまう彼女達とは違う。


 身寄りのないリコリスはそういうお相手を務めさせても黙らせやすく、責任を逃れやすい。




(ああ、なんということでしょう! 確かに旦那様は、理想のタイプ。彼に純潔を捧げること自体に、異論はありません。しかし、罰という形でなどと……)




 どうせなら娶(めと)られて、甘い言葉を囁(ささや)かれながらデロッデロに愛されたい。


 それが、叶わぬ夢だと理解していても。


 天(てん)真(しん)爛(らん)漫(まん)な性格。

 そして20歳になっても婚約者を選ぼうとしなかったため、周囲からは男女間のことに疎(うと)いと思われているリコリス。


 だが実(じつ)は、そっち方面にも興味津々だった。


 実家リスコル公爵家の私室には隠し本棚があり、そこにはギッチリと女性向け官能小説が詰まっているのは彼女だけの秘密だ。


 しかも自分で執筆した、妄想小説まであったりする。


 反乱終結時に公爵邸も制圧されているはずなので、あの隠し本棚が発見されていないかリコリスは気がかりでならなかった。




「……リコリス」




 あれこれ妄想していたところに突然主人から声を掛けられ、妄想メイドはビクンと全身を震わせた。




「あ……あの旦那様。せめて初めては、お風呂に入って綺麗な体になってから……。場所も執務室ではなく、寝室のベッドがいいのですが……」


「何を言っているのだ? 君(きみ)は?」


 ヘンリーは片眉をピクリと動かしてから、怜(れい)悧(り)な黒(こく)曜(よう)の視線を向ける。


 見当外れなピンク色の妄想をしていた自分に、リコリスは恥ずかしさのあまり耳を真っ赤に染めた。




「さて、リコリス。少し、話をしようか」


「はい……」




 机の上に置かれたランプに照らされて、ヘンリーの黒い瞳と短髪が輝いていた。


 猛(もう)禽(きん)類(るい)のような鋭い顔立ちも、広い肩幅も、服の上からでも分かる逞(たくま)しい筋肉も、みんなみんな、リコリスの理想とする男性像だ。


 ついでに35歳という年齢も、渋いオジサマ大好きな彼女からしたらドンピシャ。


 ただひたすらに、尊いと思える存在だった。


 そんな男性から「少し話をしようか」と言われれば、平常時のリコリスならドキドキしてしまうところ。


 しかし始まったのは楽しい会話や、恋人同士の甘い語らいではない。


 本日のやらかしの数々に対する、お説教である。




 ヘンリーの叱責は、決して荒々しいものではなかった。


 静かに、落ち着いた口調で、淡々とリコリスに反省を促(うなが)していく。


 それは怒鳴りつけられるよりも彼女の罪悪感を掻き立て、ヘコませるお説教だった。




「私が特に怒っているのは、どの部分についてだと思う?」


「やはり、お屋敷を燃やしかけたことでしょうか?」


「違う。君(きみ)が何度も手を包丁で切ったりと、自分の体を大切にしない点だ。皿だって、割れれば鋭い凶器になる」


「そこは、心配ご無用です。わたし、回復魔法を使えますので」


「そういう問題ではない。リコリス……。どうやら君(きみ)は13年前から、ちっとも成長していないようだな」




 13年前。


 まだリコリスが、公爵令嬢だった頃――


 彼女が7歳の子供で、ヘンリーが22歳の青年だった頃の話だ。


 当時はただの若手聖騎士だった彼から、リスコル父娘は護衛をしてもらったことがある。


 その時もリコリスはやらかして、ヘンリー達に多大な心配をかけてしまった。




「やはりあの時、軽いお説教だけで済ませたのが間違いだった。遥か昔の過(あやま)ちを、今ここで正そう」




 ヘンリーは、机から椅子を引く。


 あらためて座り直し、自らの膝をポンポンと手で叩いた。




「さあ、私の膝の上に来なさい」




 言われて、凍り付くリコリス。


 どう考えても、膝の上で甘やかされるとかそういう展開ではない。




「聞こえなかったのか? 私の膝の上に来て、腹ばいになりなさい」


 体勢まで指定されたのは、決定的。


 鞭などが見当たらなかったので、完全に可能性を頭から消し去っていた。




 これからリコリスに下されるのは、お尻叩きのお仕置きである。


 鞭は使わないようだが、その代わり膝の上に乗せられて平手打ちを受ける。


 夕食前にサディーナから執行されようとした懲罰より、絵面的・体勢的には恥ずかしい。




「い……嫌です! そんな、子供が受けるような罰……。わたしはもう、20歳の淑女ですよ?」


「子供の頃から成長していないのだから、子供のような罰を受けるのは仕方あるまい」



 ぐうの音も出なかった。


 そういえばあの日、7歳だったリコリスは――




「自分では、素直に膝の上まで来れないか?」


 主人は回想にふける時間も、与えてはくれなかった。


 このままモタモタしていては、強引に膝の上へとねじ伏せられてしまうかもしれない。


 あるいは抵抗できぬよう、縛り上げられてしまうかもしれない。


 ならばせめて、自分から罰を受ける姿勢を取ろう。


 みっともない抵抗をしないのが、元公爵令嬢の矜(きょう)持(じ)というもの。


 反逆者の娘として、いちどは断頭台に上がる覚悟をした身ではないか。


 お尻ペンペンの刑など、大した罰ではない。




 リコリスはエプロンの前側、太股の辺りをギュッと握り締めた。


 覚悟を決めて歩き出し、ヘンリーの傍(かたわ)らまで来る。


 彼は膝上のスペースを開けるばかりで、強引にリコリスを引き寄せたりはしなかった。




「失礼します」




 おずおずと、主人の膝に乗る元公爵令嬢。


 お尻が突き上げられた体勢になり、死ぬほど恥ずかしい。


 断頭台で首を切られる方が、マシではないかとすら思えてくる。


 今回は、耳だけでは済まない。


 恥ずかしさのあまり、顔面全てが真っ赤だ。


 ヘンリーからは、真っ赤に染まった顔が見えないのがせめてもの救いか。




(あら? この体勢、意外と素敵かも?)




 リコリスは恥ずかしさの中にも、密かな悦びを見出していた。


 まず、憧れのヘンリーとかなり密着した状態である。


 香水の匂いに混じった、彼の体臭を嗅ぎ分けられるほどに。


 そしてお腹に伝わる、硬い太股の筋肉の感触。


 左脇腹もピタリと接触していて、腹筋の割れっぷりが伝わってくる。




(まあ! なんて素敵な筋肉!)




 などと呑(のん)気(き)にすてきん(素敵な筋肉の略)の感触を楽しんでいたリコリスだったが、すぐにそんな思考は吹き飛んでしまう。


 臀(でん)部(ぶ)に、強烈な衝撃が走ったからだ。


 ヘンリーの大きな手の平が、リコリスの丸く可愛らしいお尻に容赦なく降り注いだのだった。


 パアン! という破裂音が、執務室内に響き渡る。




(いっっったぁあああい!!)




 悲鳴を押し殺したのは、元貴族令嬢としての意地。


 泣き叫ぶ声など、屋敷にいる他の者達に絶対聞かれたくなかった。




 ヒリヒリとした感触が収まる前に、2発目、3発目が襲い掛かる。


 叩かれる度(たび)に、メイド服のスカートが手形状に窪(くぼ)んだ。


 尻から腹を伝わり、脳天まで突き抜ける衝撃。


 リコリスは痛みのあまり、思わず近くにあったヘンリーの足首に爪を立ててしまった。


 血が滲(にじ)み出るが、彼はそのことを咎(とが)めなどしない。


 ただ淡々と、力いっぱいリコリスの尻を叩き続けた。




 回数が50回を超える頃になると、心が折れた。


 みっともない抵抗はやめよう。


 悲鳴は飲み込もう。


 泣かない。


 などの決意は粉々に打ち砕かれ、リコリスは子供の様に手足をバタつかせながら泣きじゃくる。




「ごめんなさい!」


「もうしません!」


 と、許しを請(こ)うた。


 それでも、罰は止まらない。


 暴れるリコリスの腕を背中側にねじり上げ、ヘンリーは尻叩きを続行する。




 何回叩くつもりなのか最初に聞いておけば良かったと、彼女が後悔し始めた頃だ。


 永遠に続くのかと思われたお仕置きは、唐突に終わりを迎えた。




「……これで、百回だ。よく耐えたな、リコリス」




 リコリスは抱き起こされ、ヘンリーの膝上に座らされた。


 尻を叩き続けていた大きな手は肩に回され、彼女はヘンリーの胸元に引き寄せられる。


 今までも充分泣きじゃくっていたのだが、主人の厚い胸板に顔を埋めると彼女は号泣した。


 そんなリコリスの金髪をヘンリーは優しく撫で、手櫛で梳(す)いてゆく。




 うら若き乙女のお尻を百回も叩いた主人の鬼畜っぷりには、怒りを覚える。


 だが同時にリコリスは、「よく耐えた」と褒められたことに確かな喜びを感じていた。




(褒められた! 旦那様に褒められた!)




 仮にリコリスが犬だったり、犬のような耳と尻尾が生えている魔族――獣人だったとしたら、千切れんばかりに尾をブンブンと振っていたことだろう。


 それぐらいヘンリーに褒められることは、リコリスにとって嬉しいことなのだ。




 ヘンリーはリコリスの頭や背中を撫でたり、ポンポンと軽く叩きながら耳元に囁(ささや)く。




「いいか、リコリス。火はとても便利だが、恐ろしいものでもある。容易く人の命を奪ってしまう。それに、酷い火傷を治せる回復術師は少ない。君(きみ)の可憐な顔が焼かれ、熱さに苦しむ姿など私は見たくないのだよ」


『今は顔じゃなくてお尻の方(ほう)が、火傷したみたいに熱いですけどね』


 とリコリスは思ったが、口には出さない。






 彼女は頭を主人の胸に預けたまま、


「……はい」


 と、しおらしく返事をした。






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本作のスピンオフ元。剣聖レオンの娘が主人公。怪力聖女が大暴れしながら、イケメン魔道士に愛されちゃう
【聖女はドラゴンスレイヤー】~回復魔法が弱いので教会を追放されましたが、冒険者として成り上がりますのでお構いなく。巨竜を素手でボコれる程度には、腕力に自信がありましてよ? 魔王の番として溺愛されます~

スピンオフ元である【聖ドラ】に頂いた、イラストやファンアートの置き場。リスコ・リスコル嬢のイラストも奉納されています
【聖ドラ】イラスト大聖堂

― 新着の感想 ―
[一言] 意外と容赦ない!!!!! なんかもっと違うの想像してました!
[良い点] なんか、素で書いちゃうんですけど。 すぎモンさんは、ロマンスよりの変態描写が上手くなりましたよね。(褒めてます) 解ゴーのときは、そんなに感じなかったし、聖ドラはコメディよりだったから気に…
[一言] スパンキングヘンリーキター!!!(※オムペ)
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