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準備

 秘密基地の床にまき散らした吐瀉物は数秒で片付けた。


「みんな、手伝って」


 何を、と周りを取り巻く精霊たちに言って聞かせる必要はなかった。

 頭の中では四十名弱の転移者たちをいつまでに送り返せるか記憶を辿って探り始め、それまでにどう彼らを保護するか頭の中で方策を巡らせていたから、呼び掛けた彼女たちには俺が何をしたいか既に共有できている。


 それに、彼女たちは俺が回想する度に記憶を覗いてきたから、転移してきた少年少女たちの顔にも心当たりがあったはずだ。


『リーナたちには』

「ちゃんと言うよ。ちゃんと伝える、全部」

『先触れを送ろうかしら?』

「仕事の調整が必要で忙しくなるから……明日の朝には話をさせてって伝えてくれる?」

『ナギ、よろしく』


 ルリに言われてようやくリーナとローラの顔を思い浮かべられた自分を恥じる。

 彼女らを顧みないのではないかというルリの心配と、そうさせないため先んじて俺に予定を決めさせるヒスイは流石に付き合いも長いだけある。

 冒険者として活動している二人は近郊の山林へ仕事に出ていて、今日の見張りにはナギを付けている。


『レイも、取り乱すんですね……』

『随分なご執心だこと』

「最近は落ち着いてたから……まあ、人生で何番目かには落ち着けてないよ、今は」


 昨年にドワーフの里を介して契約した土の中精霊のホナミと火の中精霊のベニは過去の記憶こそ覗けても、それ以前のあれこれに関わってこなかった。彼女らと出会ってから今日までの情報局員としての仕事はトラブルこそあってもその場で対処できる範疇だったから、俺への印象が規格外の魔力で悠々生活するお気楽転生者でもおかしくない。


 わざわざ声に出して話すことで落ち着きを取り戻しながら、騎士団長であり俺の所属する騎士団情報局長でもあるフランク団長へ緊急のメッセージを送る。今は諸侯代表者たちとの会議中で中座させるわけにはいかないが、それはそれとして重大事案だ。暗号化した文を懐へと送った。仕事柄魔力の動きに敏感な彼ならば何かが届いたことに気が付くだろう。団長以外の誰にも気付かせるつもりはないが。


『だいじょうぶ?』

「……大丈夫かなあ?」


 本当の光の速さとまではいかないが、条件下では亜光速で飛び回ることのできる光の中精霊ムクが召喚のあったネデルランから基地まで帰ってきていた。この夏に契約した時に生まれたてで、精神的に幼さを見せる彼女は俺に肩車させる格好の定位置に戻っている。

 向こうの監視には光の小精霊のコウキとアカリの二人を置いてきてくれていて、転移者たちの見守りと城内の偵察を開始している。


『気付かれちゃいそう』

「そうっぽいね。ナギ、シズクと見張りを代わり次第、フウマと一緒に向こうまでお願い……ヒスイ、ムクのこと任せていい?」

『仕方ないわね。ほら行くわよ』

『お出かけお出かけ~』

『……大丈夫かしら?』

「まあ、最悪なんとかするよ」


 どうにも召喚術を行使した男は精霊も感知するらしい。直接姿を現さなくても偵察に向いている風と光の精霊を総動員させて先遣させる。転移者たちをどのように遇し、どのような情報を与えているかを知っておけばその後の対応が変わってくる。


「ホナミ達も今から向こうに送るから、よろしく」

『私たちですか?』

「城の構造を把握しておいてもらいたい。どっかですぐ連れ戻す気がするけど」

『分かりました』


 締め切られている上に地下にも及ぶだろう隠し扉や抜け道については彼女ら土精霊に探知を任せた方がいい。

 ムクたちが到着して、安全地帯を確認したところで俺が転移し、高速移動のできないホナミ達を俺の魔力を介してその場へ呼ぶ。サクラギの時のような邪魔をされる感覚は無かった。


「地下から誰か逃げたら一旦埋めちゃっていいから、よろしく」


 土の小精霊であるダイチとミノリにもそう伝え、転移者達を直接には目にすることのないままエルフの森へ。


「……」

「奥へ行きます」

「……」


 焦りもあって雑に戸を開け放ったが、顔なじみとなった巫女さんたちには何も言われず通される。


 送還術については方法こそ目途が立っているが世界で初めての試みになる。皮算用で終わらせないため、方法を知る精霊女王に問い合わせておかなければならないことがいくつかあった。

 名を与えた精霊を増やした時などエルフの森には何度も来ているから、今は謁見するのも顔パスだ。



 ****



 算段を整えたところで団長の会議が終わるのを待った。予定より少し押したけれどおおよそは定刻通りに解散し、団長は昼食会の予定があったのを急遽の仕事が入ったからと断ってくれている。


「我々エグラントが転移者の悲劇を繰り返すことを許すべきではないでしょう」

「……何を言ってもやるという顔だな」

「はい」


 建前のような本音を笑顔と共に押し付けると、団長は少し怪訝な顔をしながらも折れてくれている。

 情報局の仕事では直属の上司と部下としてやり取りをしてきたから気安さもあった。


 会談場所は情報局の事務所でもなく、そこから直通する転移陣を用意してある俺の秘密基地だ。ここなら団長もジャミングに邪魔されず楽に王城から往復できるようになっていた。

 王城敷地内への無許可の転移陣の設置は国防上の懸念を以前から訴えられているが、便利なものは便利なので団長も黙ってくれている。そもそも、精霊に何重にも守られてサクラギも通さないだろうこの秘密基地に侵入できるなら王城への進入は容易だし、悪用する可能性のある俺も王城への進入は容易だから誰かを手引きする際にもざわざこの転移陣を使わない。

 この転移陣は偏にこうして団長らと秘密会議ができるようにしているだけである。あと、ウィルフレッドとカイルと酒盛りをするのと。


 取り急ぎとして王国からフランクールと小国を挟んだ奥にあるネデルランの土地で召喚術が成功したこと、数は過去最多の三十七名の規模であること、十八年前のサクラギ達と同じくらいの男女であることを伝えた。

 魔力量が国力に直結する世界において、国境を接さずとも近隣諸国で召喚が行われたことは国防の重大事案である。

 王国が召喚術の廃絶を訴える協定への参加を渋っていた国の動きでもあるから、団長も考えうるリスクをあれこれ考える仕事の顔をしている。書類仕事を後回しにする脳筋型の騎士ではあるが、緊急時の想定には殊に鼻が利く人だ。伊達に騎士団長という大臣格の職務を何年も続けていない。


「できれば少しご協力いただきたいです。数は三十七人。送還まで三か月ありますが、私一人では管理が行き届かせるのは難しいはずですから」

「置いておくことはできないのか?」

「仮死ですか? 彼らの魔力量が大きすぎますね。四、五人くらいなら大丈夫だと思いますけど、三十七人全員を維持するのは今の俺には難しいです。先に闇精霊と契約できれば話は変わりますけれど、一刻を争うでしょう?」

「……ふうむ。相手も転移者か」


 サクラギが使ったような高度な精霊の魔法を駆使できれば送還まで寝かせておくことは可能かもしれないが、俺はまだ闇の精霊に名前を与えられていない。場所の目星こそ付いていたが、何となく気が進まなかったのだ。

 咲良達でなかろうと誰かが召喚される事態も十分考えられていたのに後回しにしていたのをちょっと後悔している。


 目覚めたままの彼女らを簡易な方法で拘束しておくのもリスクだ。何かの拍子に魔力の扱いに覚醒しないとは言い切れないし、複数人でそれが起これば収拾を付けるのは極めて困難になるだろう


 ……手荒な真似もあまりしたくない。


 だから最適解は、闇精霊と契約を完了させ、転移者たちを同意の上で軟禁し、三か月後まで面倒を見ることであると俺は結論付けた。

 王国が過去に転移者へ強要したことでどうなったかをよく知る団長も俺の主張を是認してくれた。


「金の動きと人の動き、どちらも伏せる必要があるな……」

「金は大丈夫です」

「……君は新婚だろう」

「いや、あの、そんなに使わないですから。使う予定もないです。増えてくばっかりで」


 確かに昨年結婚したばかりでこれから入り用ばかり増えていくが、そもそもの俺の収入は結構大変なことになっている。

 表の顔の冒険者としてはこの春にAランクに上がった。それに加えてサクラギの事変で得た勲章の給金も貰い続けていて、父さんの遺産も結婚にあたって母さんからいくらか渡された。ここまでで一家三人……向こう数年で子供が何人か出来たとしても全員学園に送ってまだまだ余る。

 更には家ではローラが先日Bランクの冒険者になったし、リーナもCランク冒険者として一人前に働いた上で講師のような副業を熟しているから、今でも結構大手を振って豪遊しているのだ。好きな服や彼女らに似合うと思うアクセサリーを買って、好きな日に好きなものを食べられる悠々自適の生活である。


 更にであるが、今こうして騎士団長と密談をしているように俺には裏の顔ある。

 情報局員として働く基本給だけでAランク冒険者より高いし、それに加えて団長の判断で手柄の度に基本給を上回る色が付けられている。

 加えて今も冒険者ギルドには報告していないランクの魔物を狩って団長経由で売りさばいているし、かつてファイとして手に入れたフランクールからの報酬もほとんど使っていないままだ。


 そこまで含めた個人の貯金額で言えば、今もほとんどを貯め込んでむしろ貯金を殖やしている”勇者”殿にも引けを取るつもりは無い。


「一旦全て私が手出しして、請求に応じて補填いただく形でよろしいですか?」

「……それは、助かる」

「そっちの方が俺も好き勝手できますから」


 三十七人を三か月管理するとして計算される予算をやり繰りするよりは、死蔵することになりそうな金を使っていく方が考えることも少なく済む。リーナたちにも一応説明をするけれど、二人とも生活水準の高さに落ち着かない素振りを見せているからそのあたりは問題なく許してくれるはずだ。


 そうなると、残る問題は一つだけ。


「人、ですね」


 ネデルランが戦略兵器として召喚する転移者三十七人を保護して匿うわけだから、彼らの存在がエグラント王国内にあると露見すれば即座に戦争へと繋がる国防上のトップシークレットという扱いになる。情報漏洩の危険性を考えると少なくとも彼らを送還するまでの三か月間は屋敷の中から一歩も外へ向かわせたくないし、その上で異世界……現代日本からやって来る高校生たちに満足なサービスを提供できる人材の見当が俺には付かなかった。


「アテはあるがな」

「あるんですか。流石は閣下……情報局の繋がりですか? 騎士団で?」

「いいや。貸しを作っている相手だ」

「ほう」


 そこが一番良いアテだと確信しているらしい団長の目が俺の方へ向く。

 俺には人脈なんてものは無いから彼に頼りたいわけだが、その視線は何か俺に判断を求めるようだった。使える手立ては使いたいと思っているし、彼女らが危険視される存在になる前に早く調整に映りたいから、話も聞かず小さく頷く。


「外交省に話を付ける……副大臣のところだ」

「…………なるほど」


 ……………………なるほど。


 王国内外に起こる国防上の懸念を精査する情報局員として俺は王城内の人事であればメイドの一人まで覚えている。

 当然に外交副大臣の顔もぱっと思い浮かぶから、団長の視線の意味もよく理解した。


「一緒に来てもらいたい」

「かしこまりました」


 今の外交副大臣はダンカン・ファーディナンド閣下だ。

 現ファーディナンド伯爵の弟にあたり、二年ほど前から秘密裏に彼の姪を外交省に引き入れている。



 ****



 外務副大臣閣下と面談をすると、団長の考えた通りの手配が行われた。

 王国の南東部、ファーディナンド伯爵領の城内にある迎賓館でならば転移者たちを三か月間匿えるだろうとして、人員の選出など早速調整に取り掛かってくれるそうだ。


 そして、現場の責任者として彼が最も信頼できる部下を付けるとのことだった。

 ブロンドの髪と鈴の音の声が揺れ、深い蒼の瞳が細められた瞼に隠れる。


「元気そうで何よりですわ、レイ……感激でハグでもしてしまってよろしいかしら?」

「お戯れは勘弁してください」

「ふふふふ。お話は色々伺ってましたけれど、ああ、本当にまた美しくなられて」


 ファーディナンド伯爵の娘、シャーロットである。彼女に俺が情報局員であることを教えることになった。


「レイもリーナと一緒に遊びに来ていただいても歓迎しましたのに」

「招待もされていない場所へ向かいませんよ……」

「お忙しいかと思って」


 ただ、そんなものほとんど茶番である。

 彼女はリーナが王都に住み始めてからは月ごとに王都の邸宅へ招待していた。参加者は学園のサロンでリーナが世話になった旧友ばかりで断る理由もないので、彼女は毎回招待に応じている。


 それ自体はリーナも楽しそうだったから問題はないのだが、一度そこで詮索があったらしく、その時の自分の態度で俺の裏側が露見したのではということにリーナがちょっと頭を悩ませていた。それから学園に居た時もらちらちらと探るような言動があったことに思い至り始め、申し訳なさそうに謝られたのである。


 そういう経緯もあってほとんどの目星が付いていたのだろう。

 彼女は口ばかりで何の驚きもなくにこにこしている。


「それでもカイルとウィルフレッドとは今も仲良くしているようで、羨ましかったんですよ?」

「あれは、押しかけて来るだけですから」

「私も足を運んでみましょうか」

「お戯れは勘弁してください」


 更にはどうにもカイルとウィルフレッドが去年から情報局に名を連ねたのにも勘付いているらしい。内通者を探す役目などもあって騎士団員にも知らぬものが多い諜報機関だというのに、ここまで探られるのは大丈夫なのだろうか。

 尤も、俺が今も彼らと友誼を結んでいることは公にしていいて、特にラスを王都の家の小屋に泊めていた時期にはカイルがウィルフレッドを連れて遊びに来ることが何度かあったから本当にそのことを言っているだけなのかもしれないが。


 まあ、前大臣の影響力も外交省には未だ過分に残し、実質的に支配する血族の娘が適当に情報を取り扱うこともないだろう。


 頭の中で損得を天秤にかけて、彼女に対してどう対応するか決めた。


「実は私、転生者と呼ばれる類の者でして。今回転移してきた彼らのことを他人事だとは思えないのです。それで色々と無理を通すつもりですが、シャーロットに助けていただけるのであれば心強いです」

「わたくし、とても重大な仕事を任されたのですね」

「どうかお力添えを願います」

「分かりましたわ、レイ。よろしくお願いします」


 振り回されるのではなく振り回す側として主導権を握るために情報を吐き出す。

 転生者という言葉に彼女がわずかに瞳を揺らしたのが分かった。どうやらまだ、彼女の中で繋がっていなかった情報もあったようだ。

 それでもやり取りの間に不自然な間が一つも生まれなかったのは、彼女が既に社交界の鮮やかな花にして知らぬ者を陥れる毒として相当な場数を踏んでいることを示していた。


 今の彼女の表の姿は、国内外の方々で浮名を流すお騒がせ娘だ。

 噂を耳にしてからはある種の潔癖なところがあると思っていたから意外過ぎて、半分自分の興味として実情を調べてしまった。


 これでやりやすくなったかな、と油断しているところにシャーロットは微笑む。


「ああ、わたくし一つご相談があって」

「なんでしょうか?」

「ファーディナンド家の用意できる女性のメイドと騎士に限りがありまして……できればどなたか連れて来ていただけると助かるのです。心得のある方で構いませんから」

「……かしこまりました。調整してみます」

「ふふふ、どんな方が来てくれるか楽しみです」


 やはり一筋縄ではいかない相手である。

 まあ、情報局員として騎士団に取り込まれている今となっては特に身を守る必要も何もないから戯れのようなものだけれど。

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