第六章‐1
「そこの犯罪者、止まりなさい!」
自分でも、わざとらしいな、と思いながら、エリカ=デ・ラ・メア=ブラウスパーダ少尉は声を張り上げる。黄金色の髪をなびかせて飛ぶ彼女の遥か前方には、アッシュが逃げるように飛んでいた。
「犯罪者ぁー、止まりなさぁいぃー!」
一方、エリカの斜め後方を飛んでいる、部下のアリーセ=フィアリス軍曹は、ノリノリのようだ。頭の右上で括った赤毛をひょこひょこ揺らして、楽しそうに頭を振り振りしながら、時折、射撃魔法を撃つことまでしている。
(当たったら、どうするつもりかしら……)
エリカは思うが、そこはアリーセもわざと外してはいるらしい。アリーセと並んで飛ぶもう一人の部下、サーニャ=ストラビニスカヤ伍長はいつもと変わらず感情の見えない碧眼で、前を飛ぶ彼を見つめている。その無表情からは、内心、なにを考えているのかは読み取れない。
アッシュの策、というのがこれだった。
犯罪者を追っている、ということで、強引に海軍兵士の制止を振り切って当該海域に侵入、例の秘密施設にアッシュが逃げ込んで、それを追ってきたエリカたちが『偶然に』禁制品の魔法兵器を発見する、というシナリオだ。
当該海域が近付き、警備をしている五人の海軍兵士の姿が確認出来るようになった。
「止まれ、貴様!」
と海軍兵士がアッシュを止めようとするが、彼は、
「『銀の車輪』!」
高速移動魔法を起動して、海軍兵士たちの間をすり抜けてしまう。それを追おうとした海軍兵士たちだが、次々にやってくるエリカたちを制止する為に向き直らざるを得なかった。
「止まれ! この先は立入禁止区域だ!」
「陸軍第六辺境警備師団第二連隊第一大隊第八小隊小隊長、エリカ=デ・ラ・メア=ブラウスパーダ少尉です。犯罪者を追跡中です。通らせて頂きます」
「いかん! この先は何人たりとも立ち入らせてはならない、と命令を受けている!」
「ですが、――」
エリカは、海軍兵士と押し問答を始めてしまった。その間に、アッシュは不可視結界に辿り着く。他の方角を警備していたらしい海軍兵士たちが、騒ぎに気付いて集まりつつあった。
(ったく、ばか正直な……。アリーセ! おまえの砲撃で結界ぶち抜けるな?)
アッシュは念話で問う。アリーセからも念話で返事がきた。
(いけるよぉー、アッシュぅ)
(じゃあ、セイフティ解除して、俺を狙え)
(えぇー? 当たったら死んじゃうよぉ?)
(タイミングさえわかれば、避けられる)
(避けられたら、それはそれでショックなんだけどなぁ)
(いいから、やれ)
(あいあい、さぁー)
アッシュと念話で打ち合わせを済ませると、アリーセは叫ぶ。
「砲撃モードぉ!」
アリーセの魔装銃の銃身が拡張し、魔装砲に変形した。念話で打ち合わせを聞いていたサーニャが、表情を変えずにそれに合わせる。
「データリンク。座標転送。重力偏差、コリオリ偏差、修正」
「データ受領ぉ。出てこなければ、やられなかったのにぃ。『スカーレット・ストライク』、れでぃー――」
「カウントマイナス三、二、一」
砲撃体勢に入ったアリーセの射線上から、海軍兵士たちが慌てて退避した。
「ふぁいあー!」
魔装砲から赤い魔力の奔流が迸る。危ういところでそれをかわすアッシュ。赤い魔力の奔流が不可視結界を直撃した。一瞬の後に、パキンッと軽い音がして結界が砕け散る。すると、突如として、海上に細長い小島が現れた。だが、赤い魔力の奔流はまだ止まらない。ちょうど射線上にあった建物に直撃し、その天井を崩した。
アッシュは端が抉られて、形の変わってしまったその小島に目を向ける。
(あそこで……、『彼女』が……)
頭を振って、その思いを振り払った。
「き、貴様! なにをするか!」
慌てた海軍兵士が、アリーセに詰め寄る。
「あれぇ? 間違えて、セイフティ解除して撃っちゃったぁ。失敗失敗ぃ」
青い目を細めて笑いながら、とぼけるアリーセ。同時に念話でアッシュに話し掛ける。
(にはは。やりすぎちゃったぁ)
(いや、ちょうどいい。俺があそこから飛び込む。エリカ、そいつらは相手にしなくていいから、追って来い)
アッシュは念話で指示して、建物を目指して飛んでいった。
(……あぁ、もう!)
どうにでもなれ、という気持ちで、エリカは海軍兵士たちの間を抜けて、島の建物に向かって飛ぶ。アリーセとサーニャが後に続いた。
「待て、貴様ら!」
海軍兵士たちが制止するが、もう止まるわけにはいかない。天井の穴から飛び込んでいったアッシュを追い、エリカたち三人も建物へと飛び込んだ。砲撃による穴は二階の床にも開いている。倉庫はこの下のようだ。先に下りたらしいアッシュに続いて、エリカたちも一階へと下りた。崩れた天井の瓦礫が散らばる倉庫内には、そこかしこに木箱やダンボールが積み上げられている。その数は、昨夜、アッシュたちが侵入したときよりは減っていたが、まだ相当な数が残っていた。そこでは、荷運びをしていたらしい作業員に、アッシュが影色の魔剣を突き付けている。両手を挙げた作業員の足元には、運んでいたダンボールが横倒しに転がっていた。その中から紅い石を収めたプラスチックケースが、大量に床にこぼれ出している。
(これが『魔人血晶』……? こんなに、たくさん……)
エリカは魔装剣を掲げ、身分証の立体映像を表示させて宣言した。
「陸軍第六辺境警備師団第二連隊第一大隊第八小隊小隊長、エリカ=デ・ラ・メア=ブラウスパーダ少尉です。魔法犯罪捜査の権限により、この建物を検めさせて頂きます」
「違うよぉ、エリカぁ。そこは棒読みでぇ、るぱんを追ってたらとんでもないものを見付けてしまったー、って言うところだよぉ」
アリーセがおかしなことを言ってくる。
「……アリーセ、またマンガかなにかの話ですか?」
呆れたように言うエリカに、アリーセが反論した。
「アニメだよぉ」
アリーセは赴任してきて以来、この星のマンガやアニメに夢中だった。エリカも部下の趣味にまで、口を出すつもりはないが、任務中にそういう話をするのは困ったものだ、と思う。
「お二人さん、漫才はいいから、さっさと証拠集めだろ」
アッシュが口を挟んできた。エリカは、はっとして部下に指示を出す。
「失礼。そうでした。では、私とアリーセで手分けしてここの荷物の映像記録を、サーニャは『転移門』の管理ログを取得しなさい」
「あいあい、まぁむ」
「了解」
アリーセとサーニャが返事をして、それぞれの作業に取り掛かった。アッシュが言う。
「じゃ、俺は、ちょいと外の連中と遊んでくるな」
エリカが聞き返した。
「どういうことです?」
「やつら、ここを見られたからには口を封じにくるぜ」
物騒なことを答えるアッシュ。
「そんな……! まさか、連邦軍人ともあろうものが――」
言いかけるエリカだったが、外から聞こえる海軍兵士の、
「陸軍の連中もろとも処分しろ!」
という声に、口を噤まざるを得なかった。だが、すぐにまた口を開く。
「待って下さい、アッシュ。それでは、貴方だけを危険な目に――」
「まぁ、任せとけ。俺にはエリカみたいなスピードも、アリーセみたいな火力もないが、足止めだけは得意だ。あんたらが作業を終えるまで、やつらの足を止めてみせるぜ?」
そう言ってエリカの制止を振り切り、アッシュは飛び立った。天井の穴から外に出ると、周囲から海軍兵士たちが続々と集まってくる。
(とは言ったものの、これだけの人数は、ちょっと厄介だな)
拘束魔法は、あまり対集団戦には向いていない。一人二人拘束したとしても、他の相手をしているうちに、仲間に拘束を解かれてしまうからだ。アッシュは、周囲から間断なく放たれる魔力弾をかわし、あるいは『黒鉄の城砦』の防御魔法陣で防ぎながら考えた。考えながらも、目に付く海軍兵士を、『鋼の顎』や『茨の冠』で拘束している。しかし、やはり拘束する端から別の兵士に解除されてしまう。足止めにはなっているが、これでは、いたちごっこだった。
(やっぱり、一気に片付けるしかないか。テストもしてないし魔力消費が大き過ぎるから、出来れば使いたくなかったけど……)
だが、エリカたちを危険に晒すわけにはいかない。言うなれば、自分の我が儘で彼女たちを巻き込んでいるのだ。アッシュは覚悟を決めた。
「『銀の車輪』!」
高速移動で、海軍兵士たちの真ん中に飛び込む。同士討ちを避ける為、一瞬射撃が止んだ。アッシュは、胸の前に異形の右手をかざしてコマンドを唱える。
「『時の鳥籠』!」
彼を中心にして、海軍兵士二十人を全て閉じ込める球状の結界が出現した。そして、その結界内の時間が止まる。否、結界内の全ての生命体の生体時計を停滞させることによって、擬似的に時間が止まったかのような空間を作り出したのだ。激しい魔力消費に、メキリッと右前腕部の『魔人血晶』の侵蝕が進む。これだけの魔力を消費しても、時を止めていられるのはほんの数秒。だが、敵の攻撃に邪魔されない、そのほんの数秒を稼ぎたかったのだ。アッシュは異形の右手を前に突き出し、続けて次のコマンドを唱えた。
「『罪業の輪廻』!」
右手の先に、影色の魔剣が出現する。その両側から、ザララララッと音を立て、上下に螺旋を描いて同様の剣が展開された。それらは切っ先を外に向けて、アッシュを中心に球状に配置される。その数、実に六十二本。限界を超えた数の魔剣の生成にまたしても、メキリッと右前腕部の『魔人血晶』の侵蝕が進む。アッシュは激痛に耐えながら、六十二本の魔剣全ての軌跡を脳裏に思い描いた。そして、時が動き出す。
「いけぇっ!!」
アッシュの叫びと共に、六十二本の魔剣が二十人の海軍兵士に向かって飛んだ。海軍兵士たちは一人につき三、四本の魔剣に貫かれて、空間に縫い止められたまま気絶する。アッシュは荒い息を吐きながら、討ち漏らしがないか確認した。周囲に動くものの姿はない。次に右腕を確認した。『魔人血晶』による黒く刺々しい装甲への変質は、前腕部の半ばを越えて肘の下辺りにまで達している。
(ちょっとサービスし過ぎたかな……)
一人苦笑して、建物の中に戻った。まだ、やらねばならないことが残っている。否、それこそ、彼が再びここに来なければならなかった理由だった。
「アッシュ! ご無事でしたか。外のほうは?」
天井に開いた穴から倉庫に下りると、エリカが振り返って声を掛けてくる。アリーセとサーニャは、まだ作業中のようだ。
「ああ。全員『止めて』きたぜ」
アッシュの意味ありげな言葉に、エリカは、あの黒い剣の魔法を使ったのだろう、と悟る。
(死者が出ていなければいいのですが……)
そんなことを思っていたとき、アッシュが『転移門』の中に入るのに気が付いた。
「アッシュ、なにをしているのですか!?」
アッシュは軽く笑って言う。
「あぁ、ちょっと行って、ボルジモワとかいうクソヤロウを一発ぶん殴ってくる」
そして、彼は『転移門』を起動した。エリカが慌てて止めようとする。
「お待ちなさい! 貴方、最初から、そのつもりで――」
「悪いな。危険なことに巻き込んで」
その言葉を残して、アッシュの姿が消えた。




