第五章‐5
「……覚醒しました」
こちらを覗き込んでいた、銀髪碧眼おかっぱ頭の少女は表情一つ変えずにそう言うと、身体を離す。目を覚ましたアッシュは、自分の状態を確認してみた。拘束魔法の青白い光輪で、身体が拘束されている。どうやら捕まったらしい。戦闘の最後のほうは、頭に血が上っていたのか、よく思い出せない。
「眼が覚めましたか?」
アッシュが寝かされているのはソファのようだった。テーブルを挟んで向かい側に座った、金髪ロングヘアの少女が声を掛けてくる。
(嘗めるなよ。この程度の拘束、三秒で解いて――)
「下手な真似はしないほうが、身の為です。おかしな動きをみせたら、撃ちます」
金髪の少女の言葉に、隣に立っていた赤毛のショートカットを頭の右上で括った少女が、銃身を花弁のように展開した長大な魔装銃を、ガシャリッと構えた。
「……っ」
アッシュはひとまず抵抗を止める。
「……ここはどこだ?」
「ここは私どもの小隊の駐留基地です」
金髪の少女の返事に、アッシュは周りを見回した。自分の寝かされているソファ、テーブルを挟んでテレビが置いてある。その隣にはディスプレイを三台も並べたパソコンデスク。彼女は『基地』と言ったが、どう見ても普通の家の居間にしか見えない。部屋の隅に、唯一、これはなんだかわからない巨大な装置が鎮座していた。そのテーブル状の上部には、立体映像でこの星のミニチュアのようなものが表示されており、その前には操作パネルらしきものが付いている。このSF映画にでも出てきそうな装置だけが、周りから浮いていた。
「あんたたちは――」
「質問するのはこちらです。貴方にはいろいろと尋ねたいことがあります」
言いかけたアッシュの言葉を、金髪の少女が遮る。懲りずにアッシュが尋ねた。
「その前に身体を起こしてもいいか? このままじゃ話しづらい」
「……どうぞ。一応、怪我の手当はしてあります。痛むところはないはずです」
彼女の承諾を得て、アッシュは拘束された身体をなんとか起こし、ソファに座り直す。彼女の言った通り、身体に痛むところはないようだ。その動きを慎重に見定めてから、再び金髪の少女が口を開いた。
「まずは、貴方の姓名と所属、何故、私たちに攻撃を仕掛けたのか、そして、その右手はなんなのか、それから――」
ゴトリッと氷漬けの腕をテーブルに置く。
「この腕はなんなのか」
「返せっ!!」
アッシュは一瞬で切れた。単純な魔力の放出だけで拘束を引き千切り、『彼女』の右腕を奪い返す。右前腕部にミシリッと侵蝕される痛みが走った。アッシュは『彼女』の右腕を抱きかかえると、まるで動物が威嚇するように、ふぅーっふぅーっと荒い息を吐く。
「! 『スカーレット――」
慌てて撃とうとする赤毛の少女を、金髪の少女が片手を上げて制止した。
「どうやら、大切な方のもののようですね。貴方の身元を調べる為に、荷物を検めさせて頂きました。断りなく手を触れたことは謝罪します」
金髪の少女が頭を下げる。
「落ち着いて、話を聞かせて頂けませんか? そうでないと、最悪、貴方を殺人、死体損壊の容疑で捕縛せねばなりません」
静かに告げる彼女の言葉に、アッシュは少し冷静さを取り戻した。『彼女』の右腕を抱えたままソファに座り直す。戦闘の熱狂が醒めた今では、不思議なくらい心を落ち着けることが出来た。彼の様子を見て、再度、金髪の少女が繰り返す。
「まずは、貴方の姓名と所属を――」
「人に名前を聞くときは、自分から名乗るもんじゃないのか?」
アッシュのその無礼な言い草に、金髪の少女は少し、むっとしたようだったが、軽く息を吐くと言った。
「先刻も名乗りましたが、では改めて名乗りましょう。私はセレストラル星系連邦陸軍第六辺境警備師団第二連隊第一大隊第八小隊小隊長、エリカ=デ・ラ・メア=ブラウスパーダ少尉です」
金髪の少女――エリカはそう名乗った。アッシュは改めて彼女を観察する。黄金色の真っ直ぐな長い髪、意志の強そうな金色の瞳。卵型の小さな顔は、緊張しているのか、今は硬い表情を浮かべている。服装は簡素なブラウスに、活発そうなサブリナパンツ。テーブルの前にきちんと正座している。その脇には、彼女の魔装剣が鞘に納められて置かれていた。
「こちらは部下のアリーセ=フィアリス軍曹と――」
エリカは、隣に座る赤毛のショートカットを頭の右上で括った少女を示す。くりくりした青い眼が印象的だ。にぱぁっと屈託のなさそうな笑顔を浮かべた顔には、まだそばかすが散っていた。
「よろしくぅ」
と片手を上げる。痛い目に合わされたというのに、特に含むところはないらしい。彼女は長袖のTシャツの上に短いキャミソールを重ね着して、下にはデニム生地のミニスカートを穿いている。縞々のオーバーニーソックスに包まれた足は、行儀悪くテーブルの下に投げ出されていた。警戒を解いたのか、今は魔装銃は後ろに置いてある。
「サーニャ=ストラビニスカヤ伍長です」
続けて、エリカがアリーセの隣の、銀髪碧眼おかっぱ頭の少女を示した。彼女は今は魔力のアンテナは生やしていない。額冠型の魔装具を着け、ゴスロリ風というのか、フリルがふんだんに使われた白いブラウスに、ウエストをコルセットのように締め付けた、これもまたフリルがふんだんに使われた黒いロングスカートを穿いている。そのスカートのフリルに飾られた裾から覗く白いソックスの足の位置から見るに、いわゆる女の子座りをしているようだ。彼女は無言のまま、無表情で敬礼してみせた。
「この国の言葉、上手いんだな」
アッシュは、わざとそんなことを言ってみる。
「二年も駐留していれば、上手くもなります」
だが、エリカの返事は彼の予想とは違っていた。自動翻訳アプリは使っていないらしい。
(どうやら、嘘は言ってないようだな……)
記憶力には自信がある。彼女の長い名乗りは、先刻の戦闘前に聞いたものと寸分違わなかった。なにしろ、これで一度騙されている。それを確認する為に、わざと相手から名乗らせたのだ。ふと、そこでアッシュは気が付いた。
「……陸軍?」
「はい。陸軍の辺境警備隊です」
エリカが首肯する。アッシュは重ねて尋ねた。
「じゃあ、海軍のボルジモワ提督ってやつとは――?」
その名前が出たことに少し驚いたようだったが、エリカは余計なことは言わずに頷く。
「陸軍と海軍とでは、組織が全く違います。無関係と言ってもいいでしょう」
「……は、ははは……」
勝手に口から笑いが漏れた。異形の右手で顔を覆う。どうやら自分で思っていた以上に、頭に血が上っていたらしい。とんでもない早とちりで、全然関係のない部隊に戦闘を仕掛けていたのだ。
「……なにがおかしいのですか?」
怪訝そうにエリカが尋ねてくる。アッシュは笑うのを止めて答えた。
「いや、なんでもない。こっちの話だ」
エリカはまだ訝しげだったが、話を進めるのを優先することにしたようだ。
「それでは、貴方の姓名と所属をお聞かせ願えますか?」
「倉嶋篤志。……呼びづらければ、アッシュで構わない。この国の普通の高校生だよ」
アッシュが答える。エリカは、ちらりと彼の白髪が四分の一ほど交じった黒髪に視線を走らせて言った。
「なるほど。『灰かぶり』のアッシュというわけですか」
「え?」
『彼女』と同じことを言う。思わず、アッシュは過敏に反応していた。
「……失礼。軽口でした。謝罪します」
その反応に、気を悪くされたと思ったのだろう。エリカが謝る。
「では、アッシュと呼ばせて頂きます。アッシュ、貴方は私たちが別の星の人間だと知っても驚かれないのですね?」
「ああ。あんたらの前に、同じ星の人間に出逢ってたからな」
その返事に、やはり、という納得顔で頷くエリカ。そして、視線を彼の右手に落とした。
「しかし、アッシュ、貴方は普通の高校生には見えません。その右手はいったい、なんなのですか? それに貴方は、この星には存在しないはずの魔法を使っていました。その、私たちの前に出逢ったという方に魔法を――?」
「あぁ、こいつか? ……これは、『魔人血晶』だ」
右手を目の前に掲げたアッシュの答えに、エリカは金色の眼を見開く。
「『魔人血晶』とは……、あの? 連邦法で禁じられている非人道的な魔法兵器……? しかし、確か『魔人血晶』は、もっと小さくて通常は眉間に埋め込んで使われるものだったはずです。それに、『魔人血晶』に寄生された人間がこうして無事で自我を保っている例など、聞いたこともありませんわ!」
話しているうちに興奮してきたのだろう。彼女の言葉遣いが変わる。そのとき、突然、それまで無言だったサーニャが口を開いた。
「九十八パーセントの確率で、その紅い石は『魔人血晶』だと推定されます」
「なんですって!?」
「先ほど彼を治療したときに、解析を済ませました。いくつか未知の魔法オブジェクト等が発見されましたが、構造はデータバンクにある『魔人血晶』と、ほぼ同一です」
サーニャはいつの間にか魔装機の操作端末を開いて、モニターに感情の見えない碧い目を注いでいる。エリカが確認した。
「確かですの?」
「九十八パーセントの確率で、『魔人血晶』だと推定されます」
サーニャが淡々と先ほどの言葉を繰り返す。エリカは呆然と口を開いた。
「そんな……。そんな危険なものがどうして……? それに、何故、そんなところに……? そうですわ、それに魔法のことも――」
立て続けに問うエリカに、アッシュは言う。
「それを説明すると長くなる。その前に一つ、頼みがあるんだが」
「……なんですの?」
乗り出しかけていた身を引いて問い掛けるエリカに、アッシュは答えた。
「腹がペコペコなんだ。なにか食わせてくれないか?」
「そぉだよぉ、エリカぁ。取調べのときはカツ丼を出すものだよぉ」
「それは都市伝説です」
異星人のくせに、妙にベタなこの国の警察ドラマ等で使われる常套手段を持ち出したアリーセに、サーニャが冷静に突っ込んだ。
「えぇー? そぉなのぉ?」
尋ね返すアリーセに、無言でサーニャが頷く。そんなやりとりを横目にしながら、エリカはアッシュのことをどう扱っていいか計りかねているようだった。
「ねぇ、エリカぁ。そういえば、あたしもお腹空いたよぉ」
そんなエリカの様子にも無頓着に、アリーセがお腹に両手を当ててそんなことを言い出す。エリカはアッシュからアリーセに視線を移し、最後にサーニャに目を向けた。サーニャまでもが無表情のまま、こくんと頷く。エリカは嘆息して立ち上がった。
「……わかりましたわ。私たちも夕食がまだですし、お話は食事の後にゆっくりと聞かせて頂きましょう」
エリカはキッチンへ向かうとエプロンを掛けて、長い金髪をポニーテールにまとめる。そして、冷蔵庫の中を確認し始めた。
アッシュは、こんなときでも腹は減るんだな、と考えておかしくなった。そういえば、『彼女』も目覚めた後、話の前に飯を要求してきたんだった、と、たった一週間ほど前のことを懐かしく思い出す。やはり、魔法使いというのは腹が減るものらしい。
エリカが食事の用意をしている間に、アッシュは残った二人に、なにげなく気になったことを聞いてみた。
「あんたたち、陸軍の辺境警備隊って言ってたな。具体的にはなにしてるんだ?」
「文明レベルの低い有人惑星に駐留し、その星の文明レベルを超えた技術による犯罪もしくは災害を未然に防ぎ、または、それらが発生した場合にはそれに対処します」
無表情のまま、サーニャが教科書を読むように淀みなく答える。
「要するに、魔法を使った犯罪とかを取り締まってるわけか」
アッシュは簡単にまとめた。アリーセが同意する。
「そーだねぇ。あとは、魔法とかあたしたちの星のことがバレないようにするとかかなぁ」
「ふーん。……それにしても、みんな若いな」
アッシュが言うが、アリーセは首を傾げた。頭の上で括った赤毛が、ぴょこんと跳ねる。
「そぉお? ふつーだよぉ?」
そう言われても、エリカがせいぜい自分と同年代、アリーセとサーニャなどは自分より二つ三つ歳下に見えた。しかし、そういえば『彼女』も、自分の星では六年の基礎学校を終えたら就職する、と言っていたな、とアッシュは思い返す。
「小隊って、あんたら三人だけか?」
「そーだよぉ」
「あんたらの他にも、この星に駐留してる部隊があるのか?」
「ないよぉ。あたしたちだけぇ」
アッシュの問いに、アリーセがあっけらかんと答えた。
「ってことは、つまり、あんたらはたったの三人で日夜この星の平和を守って下さってる、ってわけだ。ご苦労なことだな」
アッシュは多少、皮肉交じりに言う。しかし、アリーセはけろっとした顔で答えた。
「そーでもないよぉ。先々週、街を飛び回ってた海軍さんを注意しに行ったのが、初めてのお仕事だもん。その次の日にも、また魔力反応があったから行ってみたけどぉ、すぐ消えちゃったから、なにがあったのかわかんないまま帰ってきちゃったしぃ――」
それは、『彼女』を追っていた海軍兵士のことと、翌日のアッシュが『魔人血晶』の侵蝕を止めたときのことだろう。
「夕べも海軍さんが主砲撃ったりしたから調べに行ったんだけどぉ、結局、なにもさせてもらえないままで追い返されちゃったしぃ。その帰りに、あなたと戦闘になったのぉ。だから実戦は、さっきのが初めてぇ」
「アリーセ!」
料理の皿を運んできたエリカが、アリーセを叱責する。余計なことを言うな、ということだろう。しかし、もう聞いてしまった。アッシュはエリカを見る。
「二年間駐留してて、出動が三回? しかも、先々週が初めて?」
エリカは気まずそうに眼を逸らした。
「税金泥棒だな」
「く……っ」
内心、自分でも忸怩たるものがあったのだろう。エリカは、なにも言えずに唇を噛む。アッシュは、それを見て少し気の毒になった。
「……済まん。軽口だった。忘れてくれ」
「……はい」
気を取り直したエリカが、テーブルの上に料理を並べる。
「ありあわせですけど」
メニューはご飯に味噌汁、作り置いて冷凍してあったらしいコロッケに野菜炒め、という意外過ぎるほどに庶民的なものだった。ここに駐留してから覚えた料理なのだろう。和やかに、とはいかないまでも、意外なことに、特にギスギスした雰囲気もなく食事が始まる。アッシュは、すごい勢いで食べ始めた。考えてみれば、昨夜からなにも食べていない上に、何度も戦闘を行ったのだ。これだけ魔法を使って体力を消耗すれば、腹が減って当然だった。丸一日食べていなかった分を一度に取り戻すかのように夢中で食べる。彼はご飯のお代わりまでして、ようやく人心地ついた。
「ごちそうさん。美味かった」
「お粗末さまでした」
アッシュの言葉に、エリカが応じる。彼女は食べ終わった食器を流しに片付けると、エプロンを外し、ポニーテールも解いて、改めてテーブルの前に正座した。ちなみに、テーブルの上の各人の前には、緑茶の入った湯飲みが置かれている。なんだか、どこまでも庶民的だった。そもそも、この部屋もどこかのアパートの一室のようだ。エリカは表情を引き締め、アッシュに尋ねた。
「それでは、事情を話して頂けますね?」
「ああ。ちょっと長くなるぞ」
前置きして、アッシュは話し始めた。『彼女』との出逢いの最初から、『魔人血晶』に融合されたこと、それを魔装機として『彼女』に魔法を習ったこと、二人でボルジモワ提督の秘密施設に忍び込んだこと、……そして『彼女』が光の奔流の中に消えたことまで、包み隠さず話した。ただ一点だけを除いて。
「……信じられませんわ。ボルジモワ司令が大量の『魔人血晶』を……、だなんて。それに、人間相手に艦砲射撃を行うだなんて、明らかにヴェデルザール条約違反……」
「信じられないか? だが、こいつがその証拠だ」
呆然と呟くエリカに、アッシュは右手の『魔人血晶』を示してみせた。
「それに、昨晩、戦艦の主砲が発射されたことはあんたらだって確認してるんだろ? なにか不自然じゃなかったか?」
「それは……、確かに……。でも……」
まだ信じられない様子のエリカ。そのとき、突然、食事中もほとんど黙っていたサーニャが口を開いた。
「広域指名手配犯第五六〇三二号、レーナ=アンヴィル。容疑は不法侵入、窃盗等。当該犯によると目される未解決の窃盗事件は現在二十八件」
またいつの間にか、魔装機の操作端末を開いている。モニターをくるりと回して、アッシュのほうに向けた。
「間違いないですか?」
そこには、青いロングヘアの少女の写真が表示されている。少し幼いように見えたが、間違いない。『彼女』だった。アッシュは、自分が『彼女』の写真の一枚も持っていないことに気付く。
「……ああ」
言葉少なに、サーニャに答えた。サーニャはモニターを自分のほうに向け直すと、新たなウインドウを開く。
「海軍第七艦隊の航海ログを調べました。直近一年の旗艦ドラスネイルの動向に、彼の発言通りの不審な動きが確認されます」
今度は、モニターをエリカのほうへ向けた。どうやら、ここからは本星のグローバルネットとやらに繋がるらしい。
「……」
エリカはそれを見て黙り込んでしまった。アッシュは畳み掛けるように言葉を紡ぐ。
「信じられなければ、自分の目で確かめてみればいい。そして、確たる証拠を掴むんだ。あんたたちの星では、陸軍と海軍の対立なんてもんはないのか? 軍閥はないのか? 陸軍のあんたたちが、海軍のお偉いさんの犯罪行為を告発出来れば、かなりの点数稼ぎになるんじゃないのか?」
「……それは……」
エリカは言葉に詰まった。彼の言ったような対立は、やはりあるらしい。眉根を寄せて暫く考えていたエリカが、自分を納得させるように呟く。
「……確かに、もしも、その話が本当だとすれば、そのような大規模な犯罪行為を見過ごすわけには参りませんわね……」
どうやら潔癖な性格らしく、点数稼ぎ云々には興味はないようだったが、正義感には訴え掛けられたようだ。
「しかし、証拠を掴むと言っても、私たちは当該海域にすら入れてもらえませんでしたし、どうすれば……」
先ほどの事情説明で隠した唯一の点というのが、これだった。確たる証拠は、『彼女』の右手が着けたままの魔装機の中に既にある。だが、これを渡してしまったら、おそらくアッシュはもうあの島へは行かせてもらえないだろう。彼はどうしても、もう一度あの島へ行かねばならなかった。
「それについては、俺に策がある。とにかく、その島に向かおう」
「……今からですの?」
アッシュの言葉に、問い返すエリカ。アッシュは頷く。
「のんびり構えてる時間はないぜ。……証人は消した。次にやることは、なんだ?」
「あ……、証拠の隠滅……?」
「そういうことだ。急がないと、全部なかったことにされちまう」
アッシュはそう言うと、立ち上がった。エリカが手を伸ばして制止する。
「貴方まで行く必要はありませんわ。私たちだけで参ります。貴方はここで――」
「いや、あんたらが海軍の兵隊に止められずにその島に行く為に、俺が必要なんだよ。言ったろ、策があるって」
エリカは少しの間考えていたようだが、結局、アッシュの言葉に従った。
「わかりましたわ。では、協力をお願い致します。その策とやらは、当該海域に向かいながら聞かせて頂きましょう」
そう言って、エリカは玄関に向かい靴を取ってくる。アリーセとサーニャもそれに倣った。窓辺に向かう三人に、アッシュは尋ねる。
「おい、ここから飛んでいくのか? 誰かに見られでもしたら――」
「非常時ですもの」
エリカは黄金色の髪をひるがえらせて振り向くと、なんでもないことのように答えた。
「それに、案外、人は空など見上げないものですのよ?」
『彼女』とは逆のことを言う。これは、非合法活動をしていた『彼女』と、公的機関に所属する彼女たちとの差なのだろうか。アッシュは少しおかしく思いながら、彼女たちの後を追って、自分の靴を持って窓辺へと歩み寄った。




