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灰かぶりのアッシュ  作者: 神楽坂煌
第五章
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第五章‐4

 アッシュは呼び掛けられて、三人の人影から三十メートルほどの地点で停止する。

(セレストラル星系連邦の軍人……!)

 仇の一味だ。そう思うと、頭が熱くなるのを感じる。

 ちょうどいい。生け捕りにして、目的の島まで案内させよう。探す手間が省けた、と暗い笑みをこぼす。眼鏡を失ったぼやけた視界ではよく見えなかったが、先頭の金髪の人影は名前と声からすると少女のようだった。女の子を痛めつけるのは趣味ではないな、などということを考える余裕がある。まぁ、いい。どちらにしても生け捕りだ。上手くやればスタンダメージを入れるまでもないだろう。相手はまだなにか言っていたが、それを聞く気はなかった。異形の右手を向ける。眼鏡を失ってぼやけた視界でこれだけの距離があると、正確な座標指定は難しい。そう判断すると、範囲指定型の拘束魔法を起動した。

「『鋼の(あぎと)』!」

 固まっている三人の上下に影色の魔法陣が出現し、中心に向かってバクンッと閉じる。

「『ライトニング・アクセル』!」

 魔法陣が閉じる一瞬前に、エリカは咄嗟に高速移動魔法を起動し、その効果範囲から脱出していた。他の二人は魔法陣に捕われ、二人まとめて影色の輪に拘束される。

「はわわっ! サーニャぁ!」

「了解。拘束構造式の解析開始。……見たことのない構造式です。解析には時間が掛かると推測されます」

 どうやら残りの赤毛と銀髪の二人も少女らしい。アッシュは構わず、逃れた一人を拘束するべく近付こうとした。拘束された二人の前に、エリカが立ちはだかる。

「ブラウスパーダ少尉、抜刀」

 宣言して、腰に佩いた魔装剣を抜き放った。それは片刃で反りのないサーベルだ。まるで試合の前の礼のように、その剣を顔の前に立てる。刀身に黄金色の魔力光が灯った。エリカは振り向きもせず、スパンッと一刀で後ろの二人の拘束を切り払う。そして、サーベルの切っ先をアッシュのほうへ向けた。

(剣士タイプ……。戦ったことのない相手だな)

 まだ距離はあったが、近接攻撃型に迂闊に近付くのは危険だろうと判断して、アッシュは停止する。

「今の貴方の行為は、敵対行為と見做されます」

 サーベルの切っ先をピタリとアッシュに向けたまま、エリカが言った。

「警告します。武装を解除して、こちらの指示に従いなさい」

 勿論、アッシュにその言葉を聞く気はない。返事の代わりに再びコマンドを唱える。

「『鋼の(あぎと)』!」

「『アクセル』ぅ!」

「『アクセル』」

 だが今度は予想されていたのか、三人とも高速移動魔法を起動して影色の魔法陣から逃れてしまった。いや、エリカなどは高速移動魔法すら使っていない。アッシュは『彼女』の教えを思い出す。

(拘束魔法は基本的に不意打ち用、か。一度見せたものは通用しないと思ったほうがよさそうだな……)

 しかし、まだ彼我の距離は二十メートルほど。正確な座標指定をする為には、もう少し近付かねばならないようだった。

「……実力行使に移ります」

 こちらの言葉を全く聞く気がないらしい相手の様子に、むっとして、エリカはそう宣言してから、部下に指示を出す。

「ストラビニスカヤ伍長、不可視結界を展開。フィアリス軍曹、全武装使用許可。フォーメーション、A‐3」

「了解。『インヴィジブル・スフィア』、展開します」

「あいあい、まぁむ」

 それぞれに返事をし、サーニャは無表情のまま、直径二百メートルほどの不可視結界を展開した。アリーセはそのそばかすの散った顔に笑みを浮かべて、背負っていたアンチマテリアルライフル型の魔装銃を構える。

 彼女たちのやりとりは、アッシュにも聞こえていた。

(不可視結界……。閉じ込められたか)

 だが、こちらとて逃げるつもりはない。逃げられる心配がなくなって、むしろ好都合だ、と心の中で笑う。

「射撃モードぉ!」

 アリーセの言葉に、魔装銃の長い銃身が、先端と中央部分からガシャガシャッと花弁が開くように展開した。頭の左右から青白い魔力のアンテナを生やしたサーニャが近付き、彼女の肩に手を置いて、感情のない碧眼でアッシュを見る。

「データリンク。座標転送」

「データ受領ぉ。『スカーレット・シーカー』、十六発ぅ、しゅーとぉー!」

 アリーセのコマンドに従って、花弁のような魔装銃から十六発の赤い光弾が飛び出し、アッシュ目掛けて射出された。その後を追うようにして、剣を構えたエリカが飛ぶ。

 弾幕でこちらの足を止めて、後ろの剣士が止めを刺すという戦法だろう。幸い、光弾の弾速はそれほど速くないようだ。ばか正直に真正面から受け止める必要はない。そう判断したアッシュは上昇して弾幕から逃れた、つもりだった。しかし、十六発の赤い光弾は彼の後を追い、くくっと弧を描いて上昇に転じる。勿論、剣士もその後を追って上昇してきた。

自動追尾(ホーミング)……? いや、反応が鈍い。誘導型か!)

 アッシュは、ジグザグに飛行して光弾を振り切ろうとするが、十六発の光弾も後ろの剣士も振り切れない。

「……ちぃっ!」

 これは初手から計算外だった。アッシュは迫り来る光弾に向き直って、後ろに飛行しながらコマンドを唱える。

「『魔神の掌』!」

 アッシュの身体の前に、直径二メートルほどの影色の防御魔法陣(シールド)が展開された。しかし、十六発の赤い光弾は、その防御魔法陣(シールド)の手前で散開し回り込んでこようとする。だが、それは、その光弾が誘導弾だと看破していたアッシュの予想した通りの動きだった。『魔神の掌』は、後ろから突っ込んでくる剣士に対応する為のもの。十六発の光弾に対しては――、

「『嘆きの輪舞』、十六発、いけっ!」

 アッシュの周囲を取り囲むように、十六発の影色の光弾が現れる。影色の光弾がそれぞれ赤い光弾に向かって飛び、まとわりつくようにして次々に消滅させた。それと、同時に打ち込まれる金髪の剣士の一撃を、アッシュは強固な防御魔法陣(シールド)で受け止める。

「嘘ぉ! みぃんな撃墜されたぁ!?」

「魔力弾に反応する自己誘導型の対魔力弾と推測されます」

「えぇー、なにそれぇ!?」

 淡々と分析をする細身の銀髪の少女の言葉に、驚きの声を上げる小柄な赤毛の少女。だが、アッシュには、そんな二人の会話を悠長に聞いている余裕はなかった。今の『嘆きの輪舞』は防御魔法との多重処理(マルチタスク)だった上に、そもそも、対魔力弾――魔力減衰弾の生成数が彼の魔力の限界を超えていたのだ。ミシリッと嫌な音を立てて、『魔人血晶』の侵蝕が右手首から前腕部へと上ってくるのを感じる。続けざまに打ち込まれてくる金髪の剣士の攻撃を防御魔法陣(シールド)を維持して受け止めながら、アッシュは激痛に耐えていた。

(十六発は法外だった……!)

 この剣士の打ち込みも、鋭く速い。アッシュは少々相手を侮り過ぎていたことを認める。それにしても、あの射撃型は厄介だ。なんとか先に潰さねばならない。そう思うのだが、疾風のような金髪の剣士の連撃に押され、離脱する隙を見出せなかった。

「アリーセ、フォーメーション、A‐1!」

 剣撃を途切れさせることなく発せられたエリカの指示に、アリーセは衝撃から立ち直ったようだ。

「あいあい、まぁむ! もう一回いくよぉ!」

「了解。データリンク。座標転送」

 すぐさま、サーニャが応じる。アリーセは叫んだ。

「データ受領ぉ。『スカーレット・シーカー』、二十一発ぅ! いっけぇー、ふぁんねる!!」

(二十一発……、だと!?)

 アッシュは驚愕する。そんな数を何度も迎撃していては、こちらの身が保たない。そうしている間にも、二十一発の赤い光弾が螺旋を描きながら飛来する。アッシュは思い切って、剣士を振り切ることに決めた。確かに、この剣士の打ち込みは速く鋭い。しかし、何度も受けているうちに気付いた。教科書通りというか、パターンがあるのだ。

(格闘ゲームで鍛えた目を嘗めるなよ……!)

 上段からの切り下ろし、下段から剣を跳ね上げ――、

(ここだ!)

 アッシュは『魔神の掌』を解除し、次に続く突きを身体を捌いてかわした。バランスを崩すエリカ。その無防備な背に一撃入れたい誘惑に駆られたが、二十一発の赤い光弾がすぐそこまで迫っている。コマンドを一つ唱えるのが精一杯だろう。アッシュは離脱を優先することにした。

「『銀の車輪』!」

 高速移動魔法を起動したアッシュの身体が、斜め上方に移動する。目標を見失った光弾の群れが、一瞬、ピタリと静止した。その隙に、最大速度でアリーセに向かって飛ぶ。

「はわ! 戻ってぇ!」

 アリーセの指示に光弾の群れが戻り始めるが、遅い。アッシュは、既に彼女の目前まで迫っていた。

(この手の遠距離攻撃タイプは懐に入られると弱いってのが、ゲームでのお約束!)

 一瞬、サマーソルトで迎撃されたらどうしよう、などという考えが頭を過ぎるが、今さら止まれない。

「はわ、はわわ!」

 慌てたアリーセはあろうことか、長大な魔装銃を振り回して迎撃してきた。その大振りな一撃を、難なくかわす。遠心力で後ろを向いてしまった彼女の背にポンと右手を当て、アッシュはコマンドを唱えた。

「『雨音の檻』!」

 立方体の結界が彼女を包むと同時に、制御を失った二十一発の赤い光弾があらぬ方向へと飛び散る。アッシュは、いつの間にか離れていたサーニャに目を向けた。彼女には戦闘能力はないのだろう。結界を解除する為に近付きたいらしく、ふらふらと飛びながらこちらを窺っている。アッシュは視線を切り、体勢を立て直して突っ込んでくるエリカに向き直ると、多重処理(マルチタスク)で続けざまに拘束魔法を起動した。

「『藤花の宴』! ……『茨の冠』!」

 アッシュの右手から伸びた影色の鞭が、エリカに向かって振り下ろされる。エリカは、魔力の込められたサーベルでそれを切り払うと同時に、次の魔法に対処する為、高速移動魔法を起動した。

「『ライトニング・アクセル』!」

 エリカが高速移動でアッシュの背後に回り込み、剣を振り下ろす。アッシュは咄嗟に『黒鉄(くろがね)の城砦』の防御魔法陣(シールド)を展開するが、やはり常駐魔法の防御魔法陣(シールド)程度では強力な近接攻撃は防ぎきれない。防御魔法陣(シールド)を抜けた一撃が、彼の背を浅く切り裂いた。痛みと痺れるような電撃が身体を走る。

()ぅっ! 『電撃付与』ってやつかよ……!)

「『銀の車輪』!」

 高速移動魔法を起動して上方に逃れた。

(だけど、目的は達したぜ)

 『茨の冠』はエリカを狙ったものではない。アッシュの意識がエリカに向いたと判断して結界に取り付いたサーニャが、拘束魔法に捕らわれていた。そこにいるとわかっていれば、見なくとも座標指定は可能だ。

 一方、結界に囚われたアリーセは、それを内側から破壊しようとコマンドを唱えていた。

「『スカーレット・ビート』、二十一発ぅ! あれぇ? 『スカーレット・ビート』ぉ、二十一発ぅ!! あれれぇ?」

 しかし、何度コマンドを唱えても光弾が出現しない。アッシュがほくそ笑む。

(無駄だぜ。『停滞』と『減衰』の魔法使いサマが組み上げた、特製の魔力消沈結界だ!)

 魔力消沈結界、『雨音の檻』の中では、魔力の働きは停滞し、そのエネルギーは減衰させられるのだ。射撃魔法が起動出来ないアリーセは、長大な魔装銃を振り回してゴンゴンッと結界壁を殴りつけるが、勿論、そんなものでは破れはしない。エリカは捕らえられた部下二人の様子を横目で確認する。

(この魔法使い、手強い……!)

 しかも、彼は、防御と移動以外には拘束系の魔法しか使っていなかった。

(拘束魔法に特化した魔法使い……、思った以上に厄介ですわね……)

 改めて彼を見る。エリカは自分が、頭に血が上っていたことを自覚した。部下を危険に晒してなにが小隊長か、と思う。彼女は一度、深呼吸して剣を構え直した。

(サーニャは自分の拘束を解除し次第、アリーセの結界を解除)

(了解。拘束構造式の解析開始)

 念話で指示を飛ばす。

(アリーセは、サーニャが結界を解除するまでおとなしくしていなさい。……アリーセ?)

 アリーセからの返事がない。あの結界は念話すら遮断するようだ。どれだけ強力な抗魔法結界なのだろう、と恐ろしくなる。エリカはサーニャが拘束と結界を解除する時間を稼ぐ為、再び彼に切り掛かった。

 その間に、アッシュは魔法の連続使用とスタンダメージに乱れた息を整えている。

(あと、一人……)

 この金髪の剣士の攻撃パターンは既に見切った。すぐに拘束してやる、と心の中で笑う。距離を詰めた剣士が、上段から剣を振り下ろしてきた。アッシュは、それを横に身体を捌いてかわそうとする。しかし、それはフェイントだった。ピタリと途中で止められた剣が、真っ直ぐに突き出される。

「っ!? 『銀の車輪』!」

「『ライトニング・アクセル』!」

 咄嗟に高速移動魔法を起動して上方に逃れるアッシュだったが、エリカも同時に高速移動魔法を起動してぴったりとついてきていた。そのまま剣を横薙ぎに振るう。コマンドを唱えている時間はなかった。アッシュは反射的に、異形の右手の手刀でその剣を受け止める。黒く変質した装甲はガキンッと音を立てて、魔力の込められたサーベルを弾き返していた。

「なっ!?」

 まさか、魔装剣を素手で受けられるとは思ってもみなかったのだろう。エリカが驚きの声を上げた。

(抗魔法、耐物理の装甲か……。便利じゃねぇかよ)

 アッシュは自嘲する。だが、二度同じことが出来るとは考えないほうがいい。相手は軍人なのに対して、こちらは戦闘訓練も受けていない素人なのだ。

「『魔神の掌』!」

 エリカに出来た隙を突いて、再び、強固な防御魔法陣(シールド)を展開する。

(それにしても、移動先を読まれるとはな……)

 そういえば、先ほどから高速移動では無意識に上にばかり逃げていた。空戦では上を取ったほうが有利、という戦闘機乗りを描いた小説で仕入れた知識が、頭のどこかにあったせいだ。

 エリカが疾風迅雷の如き連撃を繰り出す。だが、今度は先ほどまでとは違う。フェイントを織り交ぜて変幻自在に襲い掛かる剣撃に、アッシュは防戦一方となった。それを防ぎながら拘束魔法を使うなどということは、とても出来そうにない。少しでも気を逸らしたが最後、彼女のサーベルに切り裂かれるだろう。

「……くっ!」

(接近戦に弱いのは、こっちも同じか!)

 なんとか距離を離さねば、拘束魔法を使う余裕がない。

(一か八かだ!)

 『魔神の掌』を解除する。それと同時に、彼女の剣が右腕を浅く掠めた。スタンダメージと電撃を堪えて、コマンドを唱える。

「『銀の車輪』!」

「『ライトニング・アクセル』!」

 エリカが再び上方に高速移動し、剣を振るう。しかし、そこに彼の姿はない。アッシュの身体は真下へと移動していた。彼我の距離が十メートルほど離れる。

(これで、なんとか……!)

 すぐに距離を詰められることはないだろう。その隙に拘束魔法を――。

「『ライトニング・ファントム』!」

 刹那、エリカが分身した。否、それは高速移動魔法の連続使用による残像。残像の尾を引きながら、一瞬で十メートルの距離を詰める。

(まずい! これは格闘ゲームでいう超必殺技級の攻撃だ!!)

 直感したアッシュは咄嗟に、自分に結界魔法を掛けていた。

「『琥珀の封』!」

 回転楕円体型をした強力な耐物理結界がアッシュを包む。自らを結界内に閉じ込めたことにより、彼からの攻撃は一切不可能になった。この結界魔法は本来、防御用ではない。敵を強固に閉じ込める為に開発したものだ。しかし、一方向しかカバー出来ない『魔神の掌』では防げそうにない攻撃を防御する為に、刹那の間に閃いたのが、この手しかなかったのだ。

 結界の全方位から、分身したエリカの剣が襲い掛かる。カキキキキキキキキキキンッと剣撃の音が一連なりに聞こえるほどの、超高速の十連撃。エリカが離脱するのと同時に、その防御力の限界を超えたダメージを受けた結界が、パキンッと軽い音を立てて砕け散っていた。アッシュは驚愕する。

(あと一撃でも多かったら、やられてた……!?)

 しかし、エリカもまた愕然としていた。今の攻撃は、彼女の切り札の一つだったのだ。それを完全に防ぎきられるとは……。汗で頬に張り付いた髪を払い除け、無茶な機動で乱れた荒い息を整える。

(脱出完了ぉ! 小隊長殿ぉ、ご指示をぉ!)

(ご指示を)

 部下たちからの念話が届いた。結界を脱出したことを、相手に悟らせない為だろう。エリカが指示を出す。

(手加減出来る相手ではないようです。フォーメーション、B‐2で仕留めます)

(あいあい、まぁむ!)

(了解)

 部下たちの準備が整うまで敵を釘付けにするべく、再度、エリカは彼に切り掛かった。アッシュも、もう一度、強固な影色の防御魔法陣(シールド)を展開する。

「『魔神の掌』!」

 エリカの稲妻の如き剣舞が再開された。それを防ぎながら、アッシュは考える。切り札の拘束魔法は二つ。だが、そのどちらも使うタイミングが難しかった。彼女の剣撃の隙を見付けるべく、アッシュは、その動きに意識を集中する。

 その間、その二人から五十メートルほど離れたところでは、アリーセとサーニャの準備が進められていた。

「砲撃モードぉ」

 アリーセが小声で魔装銃に指示を出す。花弁のように展開していた銃身が閉じて、今度は、ガシャリッと音を立ててその長大な銃身の口径が二回りほども大きくなった。その形状は、もはや魔装銃ではなく魔装砲だ。青白い魔力のアンテナを立てたサーニャが、アリーセの肩に手を置く。

「データリンク。座標転送。重力偏差、コリオリ偏差、修正」

「データ受領ぉ。たーげっと、ろっくおん。目標確認、殲滅するぅ。『スカーレット・ストライク』、れでぃー――」

 アリーセが腰溜めに構えた魔装砲の砲身の先端に、赤い魔力光が灯った。

(砲撃準備完了)

 サーニャからの念話が届く。エリカも念話で指示を返した。

(よろしい。では、カウントマイナス三から)

(了解。カウントマイナス三)

 念話に意識を割いた分、打ち込みが甘くなる。彼女の動きに集中していたアッシュは、その隙を見逃さなかった。

「『聖者の磔刑』!」

「『ライトニング・アクセル』!」

 またなにかの拘束魔法だろう、と即断して、エリカは高速移動で彼の背後に回る。だが、なにも起こらない。

(発動しない? かわせた?)

(二)

 サーニャのカウントダウンが響く。ともかく、あと一撃入れて離脱しよう、とエリカは、こちらに振り向きながら防御魔法陣(シールド)を構える相手目掛けて剣を振り下ろした。カキンッと音がして、防御魔法陣(シールド)に防がれる。だが、それは構わない。エリカの役目は、砲撃まで敵を釘付けにすることだ。

(一)

 砲撃の射線上から離脱しようとしたエリカだったが、そのとき、信じられないものを目にした。いつの間にか、防御魔法陣(シールド)から影色の鎖が伸びて剣を絡め取っている。

(先刻のコマンドは、防御魔法陣(シールド)に拘束魔法を仕込む為のものでしたの!?)

 そんな魔法は聞いたこともない。一瞬、剣を手放していいものか躊躇した。その一瞬で影色の鎖は剣を這い登ってエリカの腕に絡みつき、その身体を魔法陣に縛り付ける。

「ふぁいあー! って、はわわっ!?」

 アリーセの叫びと共に、赤い魔力の奔流が迸った。

「……気に入らねぇな」

 アッシュは呟いて、エリカを拘束した魔法陣ごと後ろに投げ捨てる。

「『魔神の掌』!!」

 彼は異形の右手を突き出し、押し寄せる赤い魔力の奔流を新たな防御魔法陣(シールド)で真っ向から受け止めた。

「……軍人ってやつは、味方ごと撃つのかよ?」

 アッシュの脳裏に、轟音と共に降り下った光の奔流のイメージが蘇る。頭の中で、なにかが切れる音がしたように思えた。

「違っ……、今のは私が離脱出来なかっただけで――!」

 拘束から逃れようとしながらも律儀に反論するエリカだったが、アッシュには聞こえていなかった。まるで、それを押し戻そうとするかのように、防御魔法陣(シールド)で魔力の奔流を受け止めたまま前進する。赤い魔力の奔流がガリガリと影色の防御魔法陣(シールド)の表面を削り、飛沫となって飛び散るが、彼は魔力を注ぎ込み続けることで防御魔法陣(シールド)を維持した。無茶な魔力運用に、メキリッと右前腕部の『魔人血晶』の侵蝕が進む。

「嘘ぉ! あたしの砲撃を止めてるぅ!?」

 アリーセが、その青い眼を見開いた。数秒の後、魔力の奔流が尽きる。彼女の目前まで迫ったアッシュは『魔神の掌』を解除して、右腕を振り上げた。

「はわ! 『スカーレット――」

「遅ぇ! 『破軍の剣尖』!!」

 アッシュが右手に握った影色の魔剣が、アリーセに振り下ろされる。さらに、返す刀でもう一撃。

「あぅっ……!」

 二発の重いスタンダメージの直撃を受けたアリーセが昏倒し、海に向かって落下した。それを回り込んだサーニャが受け止める。

「『茨の冠』!!」

 アッシュがコマンドを唱えると、アリーセを抱きかかえたサーニャの周りに影色の輪が現れて、きゅっと締まると彼女らを拘束した。続けてコマンドを唱える。

「『凶弾の狩人』、ヘッドショット!!」

 しかし、眼鏡を失ったぼやけた視界では、さすがに精密射撃は無理だった。サーニャの頭を狙った影色の光弾はその左肩に当たり、彼女の無表情な顔に苦痛の色が浮かぶ。アッシュは近接攻撃で止めを刺すべく、サーニャに近付こうとした。そこへ、拘束から脱したエリカが飛来する。

「させませんっ!」

 わざと声を上げて、彼の注意を引いた。おそらく声を掛けなければ、不意打ちで一撃入れられただろう。だが、その間にサーニャがやられる。それを防ぐ為の行動だった。目論見通り、彼が振り返る。

(多分また、あの硬い防御魔法陣(シールド)を展開してくる……)

 とエリカは予想しながら、剣を振り下ろした。剣撃で相手の足を止めながら、早めに次の手を考えねばならない。しかし、その予想は外れた。彼は防御魔法陣(シールド)を展開するどころか、剣を避けもせずに食らったのだ。スタンダメージと電撃の直撃を受けながら、彼は異形の右手をぴたりとエリカの胸に当てた。

「……『罪の痛み』!!」

 零距離から影色の魔剣が射出され、エリカの胸を貫く。彼女は歯を食いしばって、その痛みを堪えた。

(相打ちを狙ってきた!? でも、向こうのほうが蓄積ダメージは大きいはず!)

 エリカは追撃しようと剣を振り上げる。しかし、身体は何故か前進しなかった。まるで空間に縫い止められたかのように、身体が動かない。エリカは信じられない思いで、胸に刺さったままの黒い剣を見下ろした。

(こんなものにまで拘束魔法ですって!?)

「……『罰の重み』……」

 俯いたアッシュが、ゆらりと身体を揺らしながら続けてコマンドを唱えると、エリカの胸に刺さったままの黒い剣から、ザラララッと音を立てて同様の剣が溢れ出す。出現した剣は切っ先を中心――すなわち彼女に向けて円形に配置された。その数、十二本。エリカは、ぞっとした。身動き出来ないまま、こんな数の魔力剣に身体を刺し貫かれては、スタンダメージといえども失神どころか痛みでショック死しかねない。思わず、きつく眼を閉じた。

 しかし、いつまで経っても痛みはやってこない。そっと眼を開けると、スタンダメージが限界を超えて、意識を失った彼が海面へと落下していくところだった。黒い魔剣は、胸に刺さったものも含めて全て消えている。エリカは慌てて降下すると、落下する彼の身体を捕まえた。

「……状況終了。彼を連れて基地(ベース)へ帰投します」

「了解」

 エリカの言葉に、拘束を脱してアリーセを抱えたサーニャが答えた。

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