証拠と安全の準備
後日談
小さな声を聞く家族たち
証拠と安全の準備
文子が「娘を守りたい」と言った、その日の夜。
梨花、麻里子、一絵は、旅館の奥の部屋に集まっていた。
机の上には、文子から聞き取った内容を整理したメモ。
笑美の様子。
一之介の暴言。
張り手。
帰宅しない日。
他の女性とのLINE。
そして、文子自身が受けてきた罵倒。
*
麻里子はスマホを手に取った。
「まず、探偵事務所に連絡する」
梨花がうなずく。
「私たちの時にお世話になったところ?」
「うん。あそこなら、動きが早いし、証拠の扱いも分かってる」
一絵も静かに言った。
「一之介さんの行動を記録する必要があるね」
*
麻里子は探偵事務所へ電話をかけた。
「篠田麻里子です。以前お世話になりました」
電話の向こうで、担当者の声が変わった。
「今回、急ぎで相談したい案件があります。DVと児童虐待の可能性、それから不貞行為の疑いです」
麻里子の声は落ち着いていた。
でも目は鋭かった。
*
「対象者は太田一之介、二十八歳」
「妻は太田文子さん、二十六歳」
「娘さんは笑美ちゃん、四歳」
「夫が家に帰らない日があり、別の女性との親密なLINE履歴があります」
「加えて、娘さんへの張り手、暴言があります」
担当者はすぐに言った。
「安全確保を優先してください。調査はできます。ただ、虐待が疑われる場合は、児童相談所や警察相談と並行してください」
「もちろんです」
*
通話を終えた麻里子は、すぐに予定を組んだ。
「一之介の勤務先、帰宅経路、外泊日、接触している女性の可能性。そこを調べてもらう」
梨花が言った。
「文子さんには、無理に証拠を集めようとしないよう伝えよう。危険だから」
一絵もうなずく。
「相手に気づかれたら、暴力が強くなる可能性がある」
*
次に、梨花は弁護士事務所へ連絡した。
かつて自分たちを支えてくれた事務所だった。
「葛城梨花です。緊急性の高い家庭内暴力の相談です」
弁護士はすぐに時間を取った。
梨花は概要を伝えた。
夫による妻への罵倒。
幼い娘への暴力。
不貞行為の疑い。
妻が離脱を希望していること。
子どもの安全確保が最優先であること。
*
弁護士は言った。
「まずは保護命令、接近禁止、子の監護に関する手続き、離婚準備、慰謝料請求、不貞の証拠整理。このあたりを同時に見ます」
梨花は深く息を吐いた。
「迅速に動きたいです」
「分かりました。明日、文子さんご本人と面談しましょう」
*
電話を切ったあと、部屋に少し沈黙が落ちた。
麻里子が言う。
「ここからは時間との勝負やね」
一絵が小さくうなずく。
「でも、焦って文子さんを追い詰めたらいけない」
梨花も言った。
「うん。逃げる準備は静かに。でも、心は急がせない」
*
翌日。
文子には、三人から丁寧に説明した。
「探偵事務所にはこちらから連絡しました」
文子は不安そうに顔を上げる。
「私、何かしないといけませんか?」
麻里子は首を横に振った。
「無理に動かないでください。スマホを覗いたり、問い詰めたりしないでください。危険です」
梨花が続ける。
「今は文子さんと笑美ちゃんの安全が最優先です」
一絵も言った。
「証拠は専門の人に任せましょう」
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文子は震える声で聞いた。
「本当に……逃げてもいいんでしょうか」
梨花はまっすぐ答えた。
「逃げていいんです」
麻里子が続ける。
「それは家庭を捨てることじゃありません」
一絵が笑美の方を見た。
「笑美ちゃんを守ることです」
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その言葉に、文子は涙をこぼした。
「私、ずっと……我慢するのが母親だと思ってました」
梨花は静かに首を振った。
「違います」
「母親は、子どもを守っていいんです」
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そして、三つの動きが同時に始まった。
探偵事務所は、一之介の行動調査へ。
弁護士事務所は、法的手続きの準備へ。
梨花たちは、文子と笑美の避難と心の支えへ。
*
麻里子は資料をまとめながら言った。
「文子さんが声を上げた以上、絶対に途中で孤立させない」
一絵は、笑美のために小さなお弁当箱を用意していた。
「安心して食べられる時間を作ろう」
梨花は病院の記録を確認しながら、静かに言った。
「今度は、私たちが証拠を残す側になるんやね」
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かつて、記録は梨花を守った。
探偵の写真は、一絵を真実へ導いた。
弁護士の言葉は、麻里子たちに戦う道を示した。
その経験が、今度は文子と笑美を守る力になる。
*
旅館の窓の外には、静かな夜が広がっていた。
けれど、その静けさの裏で、三つの家族は動いていた。
小さな女の子の涙を、もう見逃さないために。




