未亡人と高校生
「ただいま」
「おかえりなさい」
今日も少年は泥だらけで帰ってくる、一ヶ月程前から私の元へ。
私はご飯を沢山作って待つ事に慣れてきていたし、むしろ嬉しかった。
少年は成長期食べ盛りのサッカー選手の卵、学校に通い部活で日々汗を流している。
「お腹空いたでしょ?焼肉定食(特盛)お替わりもあるわよ」
「おっおお……」
少年は目を輝かせる、普段無表情で何を考えているのか分からない事が多いのだが、ご飯には素直なのだ。
「アンナさん、毎日ありがとうございます」
少年に料理を振る舞うのはアンナと呼ばれた優しい顔をした女性、「美月アンナ」今年で二十九になり……数年前に夫を亡くしている未亡人だった。
「ハヤト君遅くまで練習してるでしょ?身体大丈夫なの?」
ハヤトと呼ばれた少年、「陽先ハヤト」は席に座りながら答える。
「いや、まだまだ体鍛えてるだけですから、うちの部活昇格テストがありますね」
「へ〜じゃあ今の内にどんどん食べて身体を作らなきゃだね!」
「うす、頂きます」
そうして始まる食事は大の大人でも顔負けな量がハヤトと言う身体に収められていくのだ。
(おー、今日も絶好調ね〜お肉がおかずだとご飯八回はお替わりいくかな?)
アンナはこの時が好きだった。
心に残るモヤが消えてくれる、ハヤトが一心不乱に食べ進める姿がアンナを笑わせて落ち着かせてくれるのだ。
アンナとハヤトに血縁関係は無い。
子供でも親戚でも拾い子でも無かった。
お隣さんとしてハヤトが親元から離れて一人暮らしで来たのだ。
(もう一月になるんだ……こんな関係)
きっかけは些細な事だった、アンナは夫を亡くして無気力だった時にそれまでの習慣で二人分の食事を作ってしまう事があり、その日も気付いたら作っていた。
(やっちゃった……また多くなったなぁ)
作り上げてから食べる者はもう居ない事を改めて悟る、それが心を締め付けていた。
ポンポンポンザッ!
アパートの庭先から何かが跳ねる音に土が擦れる音が聞こえる、アンナは吸い込まれるように玄関を開けてその音がする方を見つめた。
少年が魔法の様にボールを操り、時に身体を俊敏に動かし何かを確かめているようだった。
「……凄い」
思わずアンナは声が漏れ、少年が動きを止めた。
「すんません、うるさかったですか」
「ううん、凄い華麗な動きするなって見惚れちゃった」
「あ、ありがとうございます」
照れたのか少年は俯き頬を掻く、そして……。
ぐぅぅぅぅ……
盛大なお腹の音を鳴らして更に照れてしまった。
アンナは笑いが抑えられず、自分でもよく分からないまま言った。
「ウチに食べに来なさい」
内心では不審者ではないかとドキドキしているのに、身体は手招きして少年を迎えている。
少年も迷いはあったようだが腹の虫に押されてアンナの家に吸い込まれた。
「あ、え、えっとお邪魔します……」
「あ、あ、くつろいでくれて良いから」
家に入れたは良いがギクシャクする二人。
テーブルには既に二人前の料理が並んでいた。
「アレルギーとかある?えっと君は……」
「あ、俺陽先ハヤトです。アレルギーは無いです」
「そう、良かった私は美月アンナ、お隣さんね。さあ食べて食べて作りすぎちゃったから」
ハヤトはソワソワしながら食卓に向かい、目に入った位牌を見つめる。
「ああ……夫なの、亡くなって一年以上経つのに二人分作る癖がね、あはは」
「そうなんですか……」
「お腹空いたんでしょ?食べれるよね?」
「はい、すいません頂きます」
もう三十にもなろうとする女が一人暮らし高校生を部屋に連れ込むのは犯罪なのでは?とチラつきながら食べてくれてるだけだと思い込んで誤魔化していく。
「あの……」
「ん?どうしたの?」
「お替わり良いですか……?」
「え……もうそんなに食べたの!?」
少し妄想に耽っていた間に半分以上のおかずが消えている。
(え?恐るべし食べ盛り高校生!)
結局その日用意していた料理は完食だった。
「スッゲー美味かったです!ありがとうございます!」
「いや〜久しぶりにこんなに食べてもらえるなんて……でも正直足りて無いよね?」
「う、いやいやご馳走してもらって足りないなんて文句は言えないです!家で適当に詰めますから!」
「あはは!ハヤト君……明日も晩御飯の時においで」
「え……あ、はい……」
「ふふ、部活も頑張ってね?おやすみ」
「は、はい!おやすみなさい」
ハヤトを帰して隣のドアが閉まる音を聞いてアンナは悶える。
(ぎゃー!明日もおいでって何様?何様なの!大丈夫かしら!?条例的に大丈夫なのかしら!?)
年の離れた未亡人と高校生、この日から奇妙な日々が始まったのだった。




