読切短編 夫が死んだ日、桜が咲いた
三月の終わり、東京の桜が満開になった日に、夫は死んだ。その知らせを受けたのは、開花予想の数値を更新している最中だった。
ちょうど私が予測した通りの開花だった。二十五年間、ほとんど外したことがない。それだけが、少しだけ、誇らしかった。
今年も仕事場のモニターに向かっている。気象衛星のデータが流れ込んでくる。等圧線を引き、気温の推移を読む。桜前線は今年、東京を三月二十八日に通過した。去年より三日遅い。その三日が、なぜかずっと気になっていた。
三日。
夫が最後に病院の窓から外を見た日から、桜が散るまでの日数と同じだった。
「今年の前線、遅いですね」
後輩の予報士が画面を覗き込みながら言った。私は返事をしなかった。遅い、という言葉が、しばらく胸の中で転がっていた。
前線というのは、ふたつの気団がぶつかる見えない境界だ。それは目に見えないのに、確かに地図に線として描かれる。暖かい空気と冷たい空気が押し合い、どちらも引かない場所に引かれる線。桜はいつもその最前線で咲く。押されながら、それでも北へ向かいながら。
夫は几帳面な人間だった。傘を必ず持ち歩き、天気予報を毎朝チェックし、私の予報が外れると困ったような顔をして「珍しいね」と言った。自分が死ぬことについても、きっとどこかで予測していたと思う。ただ私には教えなかっただけで。
四月に入り、前線は北陸を越えた。
四月の半ば、東北を通過した。
私は毎日データを見ながら、前線が北へ上がるたびに、かすかな安堵を覚えた。最初はその感覚の意味が分からなかった。でも五月の声を聞く頃には、はっきりと分かった。
前線が北へ進むほど、去年の春は薄れていく。夫が死んだあの日から、遠ざかる。遠ざかっているのは時間なのか、それとも私の感覚なのか、その区別はもう曖昧だった。
五月の連休が明けた朝、桜前線は北海道の内陸部に到達した。日本列島の先端まで、あと少しだった。本州ではとうに誰も桜の話をしていない。それでも北の木々は今、粛々と準備をしているはずだった。
モニターの中で、前線はゆっくりと北へ動いている。画面の更新を止めた瞬間だけ、世界は少し静かになった気がした。
私はそれを見ながら、今年初めて気づいたことがあった。
二十五年間、私は前線を追ってきたつもりだった。でも前線はいつも、私の感覚より速く進んでいった。今年もそうだ。前線は夫が死んだあの三月を、もうずっと遠くに置き去りにして、北へ向かっている。
それが悲しいのか、それとも、救いなのか。
私にはまだ、分からない。ただ、前線が北上するたびに、あの日との距離が確実に開いていくことだけは分かった。
来年の春、前線はまたあの日を通過する。
でも、その頃の私が、今と同じ場所に立っているかどうかは——私には予測できない。それだけは、二十五年間ずっと予測できなかった。
来年の春も、私は同じように前線を見るだろう。




