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断罪の記録者(ログ・パニッシャー)  作者: もぐもぐ


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6/11

第二章:追放と黒き「律」との邂逅〜第6話:漆黒の高級車と鉄面皮の聖者〜

第6話です。


ここから物語は第二章へと突入します。

すべてを失い、雨のガード下で立ち尽くす陽。

これから始まる「逆転劇」への希望を、新キャラクターである九条律に託して書きました。


孤独だった陽の戦いに最強の味方が加わる瞬間を、ぜひ見届けてください。

挿絵(By みてみん)


 六月十五日、午後四時三十分。

空は止む気配を見せず東京の街を厚い鉛色の雲が覆い尽くしていた。

病弱な弟、陽向ひなたには「少し早く仕事が終わっただけだ」と嘘をついた。

眠る弟の寝顔を見つめながら俺は震える手で

たった一つの段ボール箱に自分の人生の残骸を詰め込んだ。

会社支給のノートPCは既に文鎮と化し

俺を繋ぎ止めていた数多の連絡先は消去された。


残されたのは兄・れいが遺した古いデバイスと、

俺が血を吐くような思いで書き溜めた業務メモ、

そして先ほど脳内で産声を上げた『八十六人の亡霊リスト』だけだ。


「……待ってろよ。必ず、すべてを取り戻すから」


そう呟き俺は再び雨の中へと飛び出した。

向かう先は兄の遺したメッセージにあった『九条法律事務所』。

電車を乗り継ぎたどり着いた目的地の最寄り駅。

だが駅から外へ出た瞬間、暴力的なまでの豪雨が俺を襲った。


「くそっ、……前が見えない」


俺は駅に隣接するガード下に逃げ込んだ。

腕に抱えた段ボールは駅からここまで歩くわずか数分の間に

雨を吸い無残にふやけている。

底が抜けそうになり俺はそれを地面に置くこともできず、

しがみつくように抱きしめた。

ふやけた紙の匂いとアスファルトの跳ね返りの匂い。

ガード下を走り抜ける電車の轟音が俺の鼓動をかき消していく。


ずぶ濡れでボロボロの段ボールを抱える俺。

帰宅を急ぐ人々は俺を一瞥しては

「関わりたくない」と言いたげに視線を逸らし足早に過ぎ去っていく。

数時間前まで俺もあの群衆の一人だった。

会社という看板を背負い誰かの役に立っていると信じて疑わなかった。

けれど今はどうだ。

看板を剥がされシステムから拒絶された俺はこの街の風景に

馴染むことさえ許されない「異物」でしかない。


「……はは、……ハハハ……っ」


喉の奥から乾いた笑いが漏れた。

誠実に働けば報われると信じていた。

自分を削れば誰かが救われると思っていた。


その結末がこれだ。


設定温度十九度の部屋で冷笑を浴びせられ、

雨のガード下でゴミのように打ち捨てられる。

怒りよりも先に情けなさが涙となって溢れそうになった

――その時だった。


アスファルトを叩く激しい雨音を切り裂き、

重厚で洗練されたエンジン音が近づいてきた。

ガード下に面した車道。

水飛沫を上げ俺の目の前でぴたりと止まったのは、

漆黒の輝きを放つ大型の高級セダンだった。

雨粒を弾く完璧な撥水ボディ。

その威圧感に通行人たちの足が止まる。


後部座席のドアが滑らかに開いた。

一人の男が地上へ降り立つ。

仕立てのいいチャコールグレーの三つ揃いのスーツに、

漆黒のロングコート。

男は手慣れた動作で一本の大きな黒傘を広げると、

車道から歩道へそして俺のいる薄暗いガード下へと、

迷いのない足取りで近づいてきた。


男は俺の前で足を止めた。

氷のように無機質でけれど深淵のような深さを湛えた瞳が、

真っ直ぐに俺を見据える。

整いすぎた顔立ちは一切の感情を排した大理石の彫刻のようで、

その鉄面皮からは冷徹さ以外の何も読み取れない。


「――一ノ瀬陽くん。……で間違いないかな?」


男の声は激しい雨音や電車の轟音の中でも、

驚くほどクリアに響いた。

まるで、その場の空気そのものを支配しているかのような静謐な声。


「……九条、律さん……? なぜ、僕がここにいるって……」


俺が震える声で名を呼ぶと九条律は無言のまま、

手にしていた傘を俺の頭上に差し向けた。

叩きつけるような雨の音が一瞬で遠ざかる。

傘の中に閉じ込められたのは俺と彼、そして張り詰めた沈黙だけだった。


「兄君である一ノ瀬零れいから、

君に『万が一』があった際は力を貸すようにと以前から依頼されていた」


「兄さんから……。でも、連絡もしていないのに」


「君がこちらに向かっていることは分かっていた。

……それに。君の脳内で今まさに疼いている『断罪の種』。

その波動を私の『法典アイギス』が感知した」


律の瞳の奥で微かに青い光が明滅した。

その瞬間、俺の視界が歪んだ。  


『――ターゲット……九条律。……属性……不明。

……リンク……確立。……出力制限解除アンリミテッド


「……っ、ぐあ……!」


脳内で響く冷徹な機械音声。

俺の左眼が燃えるような熱を帯び律の周囲に

青白いバイナリデータの粒子が舞い上がるのが見えた。

昨日までの世界とは違う。

現実の皮膜を破って生々しい「情報」が網膜に焼き付いてくる。


「落ち着きたまえ。……拒絶反応はすぐに収まる」


律は感情の消えた声で淡々としかしどこか慈しむような

響きを込めて言葉を続けた。


「この世界には極稀に強い絶望や意志をトリガーとして、

常人には見えない『世界の理』を書き換える力を得る者がいる。

君の兄もそして私もその一人だ」


「……世界の理、を……?」


「そうだ。君が手にしたのは兄が遺した特殊な

深層プログラムと共鳴し現実をデータとして再構成する異能……

『聖域の残響アーカイブ・エコー』。

数百万人に一人と言われる稀有な覚醒だが今の君にはまだ

その膨大な情報の奔流を制御しきれないだろう」


律が俺の濡れて乱れた髪に手を伸ばした。

まるで壊れ物を扱うようなあるいは迷子を保護するような手つきで

一瞬だけ指を触れすぐにその手を引く。


「……君のその力はまだ未完成の原石だ。

だが材料は揃っている。

君がこの一年あのブラック企業で泥水を啜りながらも

積み上げてきた真心ログ

そして君が密かに抽出していた八十六人の犠牲者の記録。

……それらを法という名の絶対的な刃に鍛え直す方法を、

私は知っている。……詳しい話は車内で。

このままでは君が命懸けで持ち出した『遺産』が雨に溶けてしまう」


律は、車道の高級車を顎で指し示した。


「君を使い捨て嘲笑った者たちを記録の底に沈めたいか?

それともこのまま社会の塵として消えていくか。

……答えは、選ぶまでもないはずだ」


俺は律の瞳を見た。

そこには憐れみも同情もない。

ただ俺という存在を、俺の怒りを、そして俺のこれまでの努力を、

絶対的に肯定する強固な意志があった。

陽向の未来を奪おうとした阿久津。

俺を部品として使い潰した毒山。

彼らへの怒りが心臓の奥で青い炎となって燃え上がる。


「……お願いします。僕の記録ログを完成させてください。

あいつらに自分が何をしたのか分からせてやりたい」

俺の言葉に律は一瞬だけ、本当に一瞬だけ、

その氷のような表情を綻ばせたように見えた。


「了解した。……以後、君の背後は私が守る。

君を傷つけるあらゆる『ノイズ』は私が法的に、社会的に、すべて排除しよう。

……一ノ瀬陽、君はただ世界を正しく記録コンパイルすることだけに集中すればいい」


律の先導で俺は漆黒の車内へと滑り込んだ。

高級レザーの香りと静寂。

外の豪雨が嘘のような絶対的な安息の空間。

車が動き出す。

バックミラーの隅、遠く霞む雨の向こう側にかつて俺が心血を注いだ

イーヴェル社の本社ビルが微かな影となって消えていった。

一ノ瀬陽の「誠実」は死んだ。

今、この瞬間から俺は世界を裁く

【断罪の記録者ログ・パニッシャー】として、

九条律と共に、地獄の淵から反撃を開始する。


第6話を最後までお読みいただき、ありがとうございました。


ついに鉄面皮の弁護士・九条律と合流しました。

兄・零がなぜ彼に陽を託したのか、その謎も少しずつ明かされていくことになります。


次回、第7話:「契約は「ホットミルク」一杯で」。


律の事務所へと招かれた陽。

契約を交わす際、律が求めた意外すぎる「代償」とは……。


【読者の皆様へお願い】

もし「会社が許せない!」「陽の反撃が見たい!」と感じていただけましたら、

応援していただけますと幸いです。


よろしくお願いいたします。

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