表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪の記録者(ログ・パニッシャー)  作者: もぐもぐ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/12

第一章:陽光の潰える刻(とき)〜第5話:亡霊たちの呼び声〜

第5話です。


ついに第一章のクライマックス、完結回となりました。

会社という大きな組織の中で踏みにじられ、

使い捨てられてきたのは主人公の陽だけではありませんでした。


私自身この『亡霊リスト』のベースになるものを会社で偶然見つけた事があります。

自分一人の怒りではなく、虐げられてきた者たちの叫びが力に変わる瞬間。


第一章の結末を、ぜひ見届けてください。

挿絵(By みてみん)


 雨の音だけが世界のすべてを塗り潰していた。

築三十年のボロアパート。

その湿った畳の上に俺は文字通り這いつくばっていた。

ずぶ濡れのワイシャツが肌に張り付き体温を奪っていく。

けれど内側から溢れ出す惨めさと情けなさが、寒ささえも麻痺させていた。


「……お兄ちゃん」


背中にかかった震える声。

振り返らなくても分かる。

弟の陽向ひなたが玄関で立ち尽くしている。

俺のたった一人の弟。

この子の将来を守るために俺はあの地獄のような会社で

「生贄」になることを選んだはずだった。

なのにその結末がこれか。


「ごめん……。ごめんな、陽向……」


喉の奥で嗚咽が塊となってつかえる。

会社を追われた事実。

二十万円の減額を受け入れてなお、ゴミのように捨てられた屈辱。

これからどうやってこの子を食べさせていくのか。

薬代を、治療費を、どう工面すればいいのか。

暗闇に沈む未来しか見えず、俺は指先を畳に食い込ませた。


「お兄ちゃん、これ……使って?」


視界に小さな影が入り込んだ。

陽向が差し出してきたのは古びたライオンの貯金箱だった。

お年玉や俺が時折あげていたお手伝いのお駄賃。

この子が「いつかお兄ちゃんと旅行に行くんだ」と言って、

大切に、大切に貯めていたものだ。


「僕……お菓子、いらないから。おもちゃも、もう買わなくていいから。

……だからお兄ちゃん、そんな顔しないで……?」


陽向の冷え切った俺の頬に触れる、小さな手のひら。

その温もりが俺の心に刺さっていた氷を一瞬で溶かした。


――ああ。

――ああ、そうだ。

――間違っていたのは、俺だ。


俺はあの会社に「誠実」を捧げれば、陽向を守れると信じていた。

けれどあの場所は誠実さを「栄養」にして肥え太る怪物の巣窟だった。

俺が尽くせば尽くすほど、俺は痩せ細り陽向の未来は削られていった。

真心なんて奴らには届かない。

誠実さなんて、あいつらには通じない。


なら――。

なら、俺も「人間」であることを辞めてやる。


あいつらの論理で、あいつらが最も恐れる「冷徹な記録コンパイル」で、

すべてを焼き尽くしてやる。


『――ハル。泣くのはもう終わりだ。……記録コンパイルを、開け』


脳裏に数年前に失踪した兄――れいの声が響いた。

いや、それは俺の記憶の中にあった「遺言」だったのかもしれない。

俺はふらつく足取りで唯一の私物である古いノートPCを広げた。

イーヴェル社のネットワークに繋ぐことはもうできない。

けれど俺はこの一年、ある「準備」をしていた。

毒山が、外道が、阿久津が、自分たちの手を汚さずに社員を切り捨てる際、

システムに残してしまう「歪み」。

それを俺は兄から教わった暗号化プロトコルで、

独自の領域に隔離バックアップし続けていたのだ。


「……システム・アーカイブ……アクセス承認」


エンターキーを叩く。

ディスプレイに走る無数のバイナリデータ。

青白い光が俺の血走った瞳を照らし出す。


次の瞬間。

視界を埋め尽くしたのは膨大な名前と日付の羅列だった。


【86人の亡霊リスト】


それは単なる退職者の名簿ではなかった。

そこに記されていたのはイーヴェル社が急成長を遂げる裏側で、

組織的に計画的に「破壊」されてきた犠牲者たちの記録。


「……なんだ、これ……っ」

あるデザイナーは自作の特許を阿久津に盗まれ、精神を病んで失踪した。

あるエンジニアは、一ヶ月で四百時間を超える残業を強いられ、心不全で倒れた。

ある事務員は、外道のセクハラを訴えた翌日に

「横領の濡れ衣」を着せられ、懲戒解雇された。


八十六人。


全員が俺と同じように「代わりはいくらでもいる」という呪いと共に、

社会の闇へと葬り去られていた。

そのリストの最下部に俺の名前――

一ノ瀬陽の名が、八十七人目の犠牲者候補として刻まれようとしていた。


「……許さない」


腹の底から凍てつくような怒りがせり上がってくる。

俺たちはあいつらの贅沢を支えるための燃料じゃない。

使い捨ててもいい、ただの数字じゃない。

この八十六人の無念が、データの奔流となって俺の脳内を駆け巡る。


俺の異能【断罪の記録者ログ・パニッシャー


それは失われた誠実さを「証拠」という名の刃に鍛え直す、復讐のための権能。


『――コンパイル、完了。ターゲット

……株式会社イーヴェル。全ログの統合を開始します』


網膜に映る世界がバイナリの粒子へと分解される。

俺の瞳にはもう迷いも悲しみもなかった。

あるのは自分自身のすべてを代償にしてでも、

奴らを地獄の底まで引きずり倒すという静かな狂気にも似た決意。


「陽向。……もう泣かなくていい」


俺は陽向の頭を優しく撫でた。


「お兄ちゃん今から……悪い奴らを全員『記録おわり』にしてくるから」


玄関に置いていた段ボールから一枚の名刺を取り出した。

以前兄の知人だと言って俺に接触してきた男。


『九条法律事務所・九条律』


俺はこのログを彼に売る。

俺自身の人生という名のチップをすべて積み込み、

この理不尽な世界をひっくり返すための「共犯」になる。


雨はまだ止まない。

けれど夜の向こう側から漆黒の高級車が近づいてくる音が聞こえた。

俺が陽向に誓ったのは誠実な兄であり続けることじゃない。

この子を泣かせたすべてを社会的に抹殺する「悪魔」になることだった。


「阿久津……。君たちの『罪』すべてコンパイルさせてもらったよ。

……審判の時間はもう始まっている」


俺は冷徹な微笑みを浮かべ、土砂降りの外へと歩み出した。

(第一章・完)

第5話を最後までお読みいただき、ありがとうございました。


たった一人で始まった孤独な戦いに、

かつての犠牲者たちの「記録ログ」が味方として加わります。


これにて、第一章が完結となります。

次回、第6話からは第二章が始まります。

最強のバディとなる弁護士・九条律くじょう・りつがついに現れます。

物語はここから、本格的な「反撃」へと加速していきます。


【読者の皆様へお願い】

もし「会社が許せない!」「陽の反撃が見たい!」と感じていただけましたら、

応援していただけますと幸いです。


よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ