表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪の記録者(ログ・パニッシャー)  作者: もぐもぐ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/35

第六章:最終審判(グランド・ログ)〜第28話:プロトコル『Re:Birthday』〜

第28話です。


自分自身の加害性に打ちのめされたハルを襲う、桜庭瞬の非情な宣告。


「私はこの国を最適化するために来た」


国家という巨大なシステムの前に、一個人の「真心」はあまりにも無力。

絶体絶命の瞬間、ついにあの男がホログラムとしてハルの前に姿を現します。


「プロトコル『Re:Birthday』、発動」

         挿絵(By みてみん)


 左眼が脳を直接火で炙られているように熱い。

 視界の半分を占める黄金の幾何学模様は今や侵食してきた赤黒いノイズによって、塗り潰されようとしていた。


 廃工場の地下。

 空調の唸りとサーバーの排熱が混じり合う異様な空間で、俺はその場に膝を突いた。


「ハル!これ以上は無理だ、システムを遮断しろ!脳が焼き切れるぞ!」


 律さんの叫びが分厚い水の中から届くように遠く聞こえる。


 だが俺の意識はすでに現実を離れバイナリの深淵に引きずり込まれていた。


 モニターの中で灰色の瞳をした「過去の自分」が俺を指差して嘲笑う。


 お前の善意がシステムという名の怪物を肥大化させた。

 お前の誠実さが誰かを踏み潰す歯車を滑らかにした。


 俺が救いたいと願った陽向の笑顔。

 その無垢な喜びさえも俺が回し続けた不毛な労働という犠牲の上に成り立つ、危うい均衡に過ぎなかったのか。


「……ふむ。内面の自己矛盾による精神的拒絶反応。

……典型的な『良心の機能不全』ですね」


 その冷徹な声がノイズの嵐を切り裂いて届いた。


 桜庭。

 彼は混沌とするサーバールームの中央で、まるで聖域に佇む神官のように静かにタブレットを掲げていた。

 彼の背後では巨大なサーバーたちが彼の意図に従い白銀の光を放って整列している。


「桜庭……。あんたは……何なんだ……」


「一ノ瀬陽。君に真実パーミッションを与えましょう。

あなたが抱くその矮小な真心では決して到達できない世界の形を」


 桜庭が指先を弾く。


 瞬間、地下施設の壁一面に民間企業のロゴではない、厳格な十六弁の菊紋に似た電子紋章が浮かび上がった。


「私の所属は内閣官房直轄・特殊案件整理担当

――『国家最適化室(National Optimization Office)』。

……目的はこの国に蔓延る『非効率』という名の癌を摘出しリソースを再編することです」


 国家最適化室。


 その言葉が持つ重圧に背後にいた源さんや佐藤さんまでもが息を呑む。


 それは単なる法律や企業の競争を超えた「国家というシステム」を維持するために、障害となる存在を闇に葬る超法規的な執行組織だった。


「阿久津誠は優れた技術を私物化し腐らせていただけの『バグ』に過ぎない。

……だが君も同罪だ。

一ノ瀬零が遺したこのリソース(バイナリ・サン)を個人の復讐や真心などという、不確かな変数のために浪費することは国家にとって最大級の非効率だ」


 桜庭のタブレットから放たれた『オプティマイザー・ロジック』が、俺のバイナリ・サンを完全にハックしにかかる。

 白銀の鎖が俺の思考を縛り上げる。


「一ノ瀬零はこの国の再構築のために必要なパーツでした。

しかし彼は逃げた。……代わりに君という『欠陥品』を盾にして。

その眼、私が正しく回収デリートします」


(……ああ。……俺はやっぱりただのノイズだったのか……)


 思考が絶望の深淵へと沈んでいく。

 俺という存在そのものが巨大な国家の論理の前に消去されるべきデータに思えてくる。


 その時だった。


『――そこまでだ、桜庭。……そして前を向け、ハル


 暗闇を。

 鏡の中の亡霊を。

 白銀の鎖を。

 そのすべてを優しく、けれど絶対に折れない鋼のような意志が貫いた。


 地下空間の電源が一斉に「黄金色」へと変色する。

 サーバーラックの影から高精度なプロジェクターが放つ光の粒子が一人の男の形を編み上げた。


 濡れたようなしっとりした髪。

 鋭くも慈愛に満ちた俺と同じ形をした瞳。

 二年前、雨の中に消えたはずの……俺の兄さん。


「兄……さん……」


「……検体:一ノ瀬零。

すでに社会的には抹消されたはずのあなたがホログラムで介入してくるとは。

……論理的には不合理だ」


 初めて桜庭の顔に動揺の色が走った。


 兄さん――一ノ瀬零は跪いた俺の前に立つとそっと俺の頭に手を置く仕草をした。


 バイナリ・サンを通じて脳内に「手のひらの暖かさ」というログが直接送り込まれてくる。

 それはどんな高精細な映像よりも生々しい兄さんの生命ログだった。


「陽。……お前が鏡の中で見たのは偽りの姿じゃない。

それは不器用なお前が誰かを想って戦ってきた『痛み』そのものだ。

だがお前の左眼は絶望を視るために作ったんじゃない」


「でも、兄さん……!

俺の真心が誰かを追い詰めていたんだ……!」


「いいか、よく聴け。

……国家の論理では一人の死を『マイナス一』という数字として処理する。

だがその一人の背後には愛する家族がいて守りたかった小さな幸せがある。

……陽、お前の真心だけがその数字の中に隠された『一滴の涙』を拾い上げることができるんだ」


 兄さんが俺のデバイスに触れる。

 その瞬間、俺の視界を支配していた赤黒いノイズが透き通るような純金の色へと転換された。


「発動しろ、陽。

……これがお前に託した本当のログ。

プロトコル――『Re:Birthday』だ」


 脳内に膨大な量の「生命ログ」が流れ込んでくる。


 それは奪われた八十六人の亡霊たちの悲痛な叫びだけではなかった。

 彼らが愛した家族との時間。


 仕事の合間に見せた何気ない笑顔。

 計算不可能な、非効率な、けれど代えのきかない「一回きりの人生」の全記録。


「桜庭。あんたの論理は一人の親子のたった五分間の幸福を、何パーセントの効率として計算できるんだ?」


 俺の声が地下空間に響き渡る。

 左眼から溢れ出した黄金の光が桜庭の白銀の領域を次々と書き換えていく。


『バイナリ・サン、最終フェーズ接続――世界を再定義リビルドします』


 俺は立ち上がった。

 もう震えてはいなかった。

 国家の論理が何だ。

 絶対的な効率が何だ。


 俺の隣には俺を護ってくれる律さんがいる。

 そしてこの瞬間のために道を作ってくれた兄さんがいる。


「桜庭。あんたの論理は世界を動かせるかもしれない。

……でも俺の真心は世界を『守る』ためにある」


 俺の放った光が桜庭のタブレットを貫き白銀のシールドを粉々に砕いた。


「……馬鹿な。

……国家の演算能力を個人の意志が……上回るだと?」


 桜庭が愕然として後退る。

 兄さんは満足げに微笑むとホログラムの粒子を徐々に霧散させていった。


「兄さん……待って!なぜ二年間も……!」


『陽。

……お前と陽向に国家の牙が向かないよう俺は死人になるしかなかった。

……だがもうお前は一人じゃない。

……あとはお前たちが決めるんだ。

……このログの本当の結末エンドを』


 兄さんの姿が消える。

 投影が終了し、静寂が戻った廃工場に俺の荒い呼吸だけが響く。


 一ノ瀬零の真実。

 それは死者を弔うためでも強者に復讐するためでもない。

 奪われた真心を取り戻しそれを二度と奪わせないための「最後の防壁」になること。


「皆さん……行こう。

……俺たちの本当の『決着』をつけに」


 俺は光り輝く出口へと歩み出した。


 俺の左眼は夜明けよりも明るい黄金の光を湛えていた。

挿絵(By みてみん)

第28話を最後までお読みいただき、ありがとうございました。


ついに兄・零との「再会」が果たされました。

生身の接触ではありませんでしたがデバイスを通じて伝わる「熱」は、

ハルにとって何よりの救いとなったはずです。


そして明かされた桜庭の正体、『国家最適化室』。

彼は単なるビジネスライバルではなく国家の存続という大義を背負い、

個人の感情を「バグ」として切り捨てる、文字通りハルの天敵でした。


次回の更新は、第29話:「一ノ瀬陽の決断」。


桜庭が放つ、国家規模の強制介入。

「一ノ瀬陽。君がその眼を使い続けるならこの国を混乱に陥れるテロリストとして認定する」


【皆さまへ】

もし「面白い」「先が気になる」と少しでも思っていただけましたら、

ブックマーク、下の★★★★★評価で応援のほどよろしくお願いいたします。

30話とエピローグで完結予定です。最後までよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ