第三章:亡霊の招集(デシメーターズ・コール)〜第10話:【造形師】真希、真っ白なキャンバスの再起〜
第10話です。
今回から新章【第三章:亡霊の招集】へと突入します。
舞台はイーヴェル社に使い潰され夢を失った才能たちが眠る場所。
ハルは兄から受け継いだ『バイナリ・サン』を起動し、
最初の「亡霊」――後輩デザイナーの真希を救い出すために動き出します。
九条法律事務所の窓から差し込む朝の光は昨日までの嵐が嘘のように、
残酷なほど透き通っていた。
デスクの上に置かれた『最後通牒』
――ゴミ川へと叩きつけたあの『断罪状』は
すでに九条律の手によって発送されている。
今頃あの男のスマホには人生を根底から揺さぶる一通の通知が届いているはずだ。
けれど俺の心はまだ晴れ渡る空のようにはいかなかった。
「……ハル。次の工程へ進むぞ」
律の声に顔を上げる。
彼は漆黒のシールドタブレット『アイギス・コード』の画面を宙に投影した。
そこに浮かび上がったのは俺の脳内に刻まれていたあの『86人の亡霊リスト』。
イーヴェル社という巨大な怪物の胃袋に放り込まれ消化され、
使い捨てられた才能たちの名簿だ。
「ゴミ川一人の喉元を食い破るだけではこの戦いは終わらない。
組織という巨体を倒すには君の『牙』を支え共に戦うスペシャリストが必要だ。
……まずはこの女性からだ」
リストの一番上に一つの名前が強調される。
【造形師】佐倉 真希。
その名前を見た瞬間、肺の奥がキュッと締め付けられるような感覚に陥った。
俺の後輩。
イーヴェル社で俺が唯一その「真心」を信じ共に汗を流した天才デザイナー。
「真希……」
彼女は今この東京の片隅で死んだように眠っている。
過労。そして魂の摩耗。
彼女が命を削って描き上げたデザインはすべて上司である『クズ井』に盗まれ、
彼女自身は「才能のない給料泥棒」という烙印を押されて放逐された。
俺は立ち上がった。
左眼の奥に静かな、けれど決して消えることのない火を灯して。
都心から少し離れた築年数の古いアパート。
その一室は真昼だというのにカーテンが締め切られ澱んだ空気が支配していた。
ノックに応答はない。
律が事前に手配していた「法的手続きの同行」という名目で、
俺たちは管理人の立ち会いのもとその部屋へと踏み入った。
「……ひどいな」
律が短く呟く。
部屋の中にはかつての彼女の情熱の残骸が散乱していた。
折れたペン。
真っ白なまま放置された液タブ。
床一面に広がる、くしゃくしゃに丸められたラフスケッチの山。
部屋の隅に置かれたベッドにその女性はいた。
佐倉真希。
かつては「世界を塗り替えるんです!」と瞳を輝かせてキャンバスに
向かっていた彼女の面影はどこにもなかった。
痩せ細った体。
生気を失った白い肌。
虚空を見つめるその瞳はまるで色が抜け落ちたかのように濁っている。
「……一ノ瀬、先輩?」
掠れた声が静寂を震わせた。
彼女はゆっくりと上体を起こすがその動作はひどく重々しい。
「何しに来たんですか。
……もう、何も出ませんよ。私は、空っぽなんです。
クズ井さんに言われた通り
……私は、ただのゴミで何も生み出せない機械以下の存在なんです」
自嘲する彼女の言葉の一つ一つが俺の胸に突き刺さる。
違うんだ、真希。
お前はゴミなんかじゃない。
お前の真心はあんな奴らに汚されていいものじゃないんだ。
「真希。お前が描けなくなった理由……。俺には視えている」
俺は一歩踏み出した。左眼に意識を集中する。
ドクン、と心臓が跳ね、
網膜の裏側に兄さんが遺した『バイナリ・サン』の起動シークエンスが走る。
「君が描けなくなったのは君の才能が枯れたからじゃない。
……奴らが君の『記憶』を書き換え君の『誇り』を奪い取ったからだ」
「やめて……。もう、思い出させないで……!」
真希が耳を塞ぎ身を縮める。
だが俺は止まらない。
ここで彼女の傷口を開かなければ、一生彼女のキャンバスに光が戻ることはない。
――映れ。
俺の声が部屋に響いた瞬間、無機質なワンルームが「変質」した。
幾何学的な光のウィンドウが空中に乱舞し真希の周囲を囲む。
それは半年前
――彼女が倒れる直前のイーヴェル社のクリエイティブルームのログだ。
『佐倉、このデザイン……まあ及第点だな。
でもコンセプトが弱い。俺が直してやるからお前はもう触るな。
お前の名前で出すとクオリティが疑われるから、
これは俺の手柄として処理しておく。わかったな?』
空中に当時の上司・クズ井の傲慢な音声が再生される。
真希が震える。
『それからこのログ。見てろ。
……お前の「真心」が本当はどこへ届いていたのかを』
俺が指先で空中のウィンドウをスワイプすると別のログが展開された。
それはクズ井が隠蔽していたクライアントからの真実のフィードバックだ。
【件名:今回のキャラクターデザインについて】
【本文:素晴らしいの一言です!
特に細部の繊細な造形は魂が宿っているかのようです。
これほどまでの「真心」を感じる仕事担当されたデザイナーの方に
直接感謝を伝えたいのですが……】
それに対するクズ井の返信。
【返信:ありがとうございます。すべて私のディレクションの成果です。
下っ端の佐倉という者はミスばかりで修正に苦労しましたよ。ハハハ】
「あ……っ、ああぁ……」
真希の目から大粒の涙が溢れ出した。
彼女が「自分の才能だ」と信じて疑わなかったものは、
クズ井によって組織的に徹底的に「否定」され続けていた。
彼女が描き上げた結晶は名前を書き換えられただのパーツとして消費されていた。
「君が『何も生み出せない』と思っていたあの半年間、
君のデザインは世界中で何百万人もの人を笑顔にしていたんだ。
……これを見ろ。これが、君が捨てたはずのキャンバスの本当の色だ!」
俺は彼女の『バイナリ・サン』を強制起動しネットの海に漂う
「彼女のデザインに対する称賛のログ」を一箇所に集め、
巨大な光の渦として部屋の中に顕現させた。
真っ白だった彼女の視界に色鮮やかな光が戻っていく。
それは彼女が「真心」を込めて描いたキャラクターたちが、
ユーザーの心の中で生き続けている証拠。
「……私は描いて良かったんですか?
私はデザイナーとして……生きていて良かったんですか?」
真希が俺のシャツの裾を掴んで泣きじゃくる。
俺は彼女の細い肩を抱き寄せ静かにけれど鋼のような確信を持って頷いた。
「ああ。……だから今度は俺のために描いてくれ。
いや、俺たちと一緒に奴らが塗り潰したすべての色を取り戻しに行こう」
傍らで静観していた律が一歩前に出る。
彼は『アイギス・コード』を閉じ冷徹な中にも敬意を込めた眼差しを彼女に向けた。
「佐倉真希。
君の受けた屈辱は法的にすべて清算させる。
……クズ井が盗んだ君の著作権、名誉、そして失われた半年分の対価。
一円、一分たりとも逃さず回収してやる。
……私という『盾』の影で君はもう一度その筆を執る勇気を持てるか?」
真希はゆっくりと顔を上げた。
まだ瞳には涙が溜まっている。
けれどその奥には死んでいたはずの「造形師」の火が、
小さく、けれど力強く灯っていた。
「……一ノ瀬先輩。
私……あのクズ井の顔、真っ黒に塗り潰してやりたいです」
その言葉に俺は思わず笑みが漏れた。
お人好しだった俺が覚醒したように彼女もまたその「真心」を牙に変える決意をした。
「ああ、やってやろう。……徹底的に、な」
こうして対悪徳企業専門ギルド『デシメーターズ』の最初の仲間が加わった。
俺、一ノ瀬陽。
弁護士、九条律。
デザイナー、佐倉真希。
まだ三人。けれど、この三人が揃った瞬間俺は確信した。
イーヴェル社という名の巨大なキャンバスはこれから俺たちの手によって、
地獄のような「真実の色」で塗り替えられることになる。
ゴミ川。クズ井。
……震えて待ってろ。
お前たちがゴミ箱に捨てた「亡霊」たちが、今、死の淵から這い上がってきたぞ。
第10話を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ハル、律、真希。
少しずつ、けれど確実に対悪徳企業専門ギルド『デシメーターズ』の輪が広がっていきます。
次回の更新は、第11話:「【重戦車】佐藤、7人分の怒りの鉄拳」。
次にハルが向かうのは過酷な労働環境によって心身ともに「物理的」に壊されてしまったエンジニア・佐藤。「1人で7人分」の苦しみを知るハルだからこそ言える、「一緒にやりましょう」という救いの言葉。
最強のパワーを秘めた「重戦車」が仲間に加わる、魂の再起エピソードです。
【読者の皆様へお願い】
もし「会社が許せない!」「陽の反撃が見たい!」と感じていただけましたら、
応援していただけますと幸いです。
よろしくお願いいたします。




