第二章:追放と黒き「律」との邂逅〜第9話:陽だまりの守護者〜
第9話です。
第8話での力の覚醒を経て、物語はいよいよ第二章のクライマックスを迎えます。
同期の裏切りという深い傷を負ったハルと、彼を「光」と呼び、守ることを誓った律。
この第9話をもって、ハルが居場所を見つけるまでの「邂逅編」が幕を閉じます――。
データ転送を終えた『アイギス・コード』が静かにスリープモードへと移行する。
モニターの青白い光が消え執務室は再びオレンジ色の穏やかな間接照明に包まれた。
嵐のような情報の奔流が去った後俺を襲ったのは、勝利の予感ではなくひどい脱力感だった。
膝の力が抜け俺はその場にゆっくりと座り込んでしまう。
「……ハル」
律の呼ぶ声が遠くの方で聞こえた気がした。
視界の隅にさっきまで映っていたゴミ川の歪んだ笑顔が焼き付いて離れない。
信じていた。
同期の中であいつだけは俺の味方だと思っていた。
だからこそログに刻まれていた剥き出しの「悪意」が毒のように全身に回っていく。
「……九条さん。俺、やっぱり……馬鹿、ですよね」
俯いたまま絞り出すように言葉を零す。
「あんな見え透いた嘘に騙されていいように利用されて。
……あいつが俺を蹴っ飛ばした時悲しいっていうより、
『ああ、やっぱり俺はゴミだったんだな』って、どこかで納得しちゃった自分がいたんです」
兄さんが遺してくれた力を使ってようやく真実を暴いた。
けれど真実を知るということは、自分がどれだけ踏みにじられていたかを再確認する作業でもあった。
俺が注いできた一年分の真心がゴミ川の手によって黒く塗り潰されていく。
その痛みに俺はまだ耐えられるほど強くなかった。
その時ふわりと冷たい秋の夜風のような香りが近づいた。
律が座り込む俺の目の前に膝をつき視線を同じ高さに合わせた。
「……いいか、ハル。よく聞け」
律の手が俺の肩を強くけれど壊れ物を扱うような優しさで掴む。
彼の瞳はいつもの冷徹な裁判官のようなそれではなく、深く暗い夜の底で静かに燃える灯火のようだった。
「君が馬鹿だったのではない。
君の『真心』を利用した奴らが致命的に浅ましかっただけだ」
「でも……!」
「君のその優しさはこの薄汚れたビジネスの世界では、確かに弱点に見えるかもしれない。
だがそれは同時に誰もが失い、手に入れたいと願う『光』そのものだ。
……かつての私もその光を信じられなかった一人だがね」
律の言葉が冷え切った俺の胸に染み込んでいく。
彼は少しだけ視線を落とし自嘲気味に口角を上げた。
「法は弱者を救うためにあるのではない。
法を知り武器として振るう者を救うためにある。
……私はずっとそう思って生きてきた。冷たい紙の上の理屈だけで世界を切り分けてきたんだ」
律が顔を上げ今度は俺の瞳を真っ直ぐに見据えた。
「だが、ハル。君と出会い君のログを視た時私は初めて『守るべき場所』を見つけた気がした。
……君のように理不尽に踏みにじられながらも最後まで誰かのために祈れる人間。
そんな人間が笑える世界でなければ、私の学んできた法などただの凶器に過ぎない」
彼の指が俺の頬を伝っていた涙をそっと拭った。
「君は君のままでいい。その『陽だまり』のような優しさを失う必要はない。
……君を傷つけその温度を奪おうとするすべてのノイズは私が排除する。
君が誰にも脅かされずただ笑っていられる場所を死守する。
……それが私という弁護士のそして一人の男としての誓いだ」
守護者。
その言葉が俺の頭の中に浮かんだ。
かつて兄さんが俺を盾となって守ってくれたように。
今、目の前のこの人は自分のすべてを賭けて俺の心の「聖域」を守ろうとしてくれている。
「九条、さん……」
「君はもう、一人で戦わなくていい。……ハル。君は、私の誇りだ」
その言葉を聞いた瞬間俺の中に残っていた最後の震えが止まった。
胸の奥にホットミルクよりもずっと温かい確かな「芯」が通ったような気がした。
俺は深く息を吸い込み、律の手を握り返す。
「……ありがとうございます。俺もう大丈夫です」
「そうか。……なら、立ち上がれるな?」
律が立ち上がり俺に手を貸す。
彼の差し出した手は鉄のように硬くけれど驚くほどに温かかった。
「さあ、ここからは反撃の時間だ。……ゴミ川へ送る『断罪状』文案を確定させる。
単なる謝罪や金銭の支払いだけではない。
奴が今まで君から奪った『名誉』のすべてを公衆の面前で清算させる条項を追加する」
律が再び『アイギス・コード』を手に取る。
その顔には先ほどまでの慈愛は消え再び最強の弁護士としての「冷徹な盾」が備わっていた。
「ハル。君が見つけたあの捏造メールのログ……。
あれはゴミ川一人の独断ではない可能性がある。……背後に阿久津の影が見える」
「……え?」
「会社のトップが関与していたとなれば、これは単なる個人の裏切りでは済まされない。
イーヴェル社という巨大な怪物そのものを法の檻にぶち込むための鍵になる」
律の言葉に俺は拳を握りしめた。
ゴミ川。
そして阿久津。
俺と陽向の生活を壊し俺の真心をゴミ箱へ放り込んだ奴ら。
「……やってやりましょう、律さん。俺たちの『ログ』で」
初めて俺は彼のことを名前で呼んだ。
律は一瞬だけ驚いたように目を見開いたがすぐに満足げに頷き漆黒のコートを翻した。
「ああ。……明日、ゴミ川の元に『死神』が届く。楽しみにしておくといい」
窓の外。
雲の切れ間から微かな月光が差し込んでいた。
それは明日から始まる壮絶な断罪の宴を静かに祝福しているかのようだった。
(第二章・完)
第9話を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
これにて、第二章「追放と黒き『律』との邂逅」は完結となります。
そして次回の更新からは第三章「亡霊の招集」がスタートします!
【新章】第三章:亡霊の招集
ハルと律の元に集うのは、イーヴェル社に使い潰され夢を奪われた「亡霊」たち。
その第一弾となる次回、第10話:「【造形師】真希、真っ白なキャンバスの再起」。
対悪徳企業専門ギルド『デシメーターズ』。
過労で倒れ描く意味を見失った天才デザイナー・真希。
彼女の踏みにじられた誇りを、ハルが「ログ」の力で取り戻す熱き再起の物語が始まります。
【皆さまへ】
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