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断罪の記録者(ログ・パニッシャー)  作者: もぐもぐ


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第一章:陽光の潰える刻(とき)〜第1話:【5/20】陽光の潰える刻、とある兄弟の誓い〜

数ある作品の中から目に留めていただき、誠にありがとうございます。


本作は私自身が経験した

「生活を脅かすほど不当な給与減額」や「1人で数人分の業務を押し付けられた」

という実体験をベースに物語としてのカタルシスを加えた現代復讐劇です。


「代わりはいくらでもいる」


あの時私自身が喉まで出かかった怒りと、

やるせない想いを主人公・はるに託しました。


実は今回の会社での出来事がきっかけで人生で初めて小説を執筆しています。

未熟で不慣れな点も多々あるかと思いますが、物語として昇華し最後まで書き切りたいと思っています。

もしお気づきの点などあれば、ぜひ感想やご意見で背中を押していただけますと幸いです。


理不尽な目に遭いながらも誠実さを捨てきれなかったすべての方に、

この「断罪」が届きますように。

※本作は現代を舞台にした復讐・ざまぁ要素を含む物語です。

挿絵(By みてみん)


 設定温度十九度の役員室は、五月の陽気とは無縁の冷気に包まれていた。

高級な革張りのソファが、俺の体重を受けて低く沈み込む。

微かに漂うシガーとバニラが混じったような権力者特有の鼻を突く匂い。

正面に座る三人の男たち――株式会社イーヴェルの頂点に君臨する面々を前にして、

俺、一ノ瀬陽いちのせ・はるは、膝の上で無意識に指先を震わせていた。


「――一ノ瀬くん。単刀直入に言おう。君の代わりは、この会社にはいないよ」


CEOの阿久津誠あくつ・まことが、三日月のような不気味な笑みを浮かべて口を開いた。

その言葉を聞いた瞬間、俺の胸に温かい熱が広がった。

ああ、報われた。そう思った。

この一年、俺がどれだけのものを切り捨ててきたか。

運用部長の毒山から「他もやっていることだ」と強弁され、

かつて七人で回していたディレクション業務をたった一人で押し付けられてから、

俺の世界はディスプレイの光と、深夜のオフィスに響くキーボードの打鍵音だけになった。


睡眠時間は平均三時間。食事はゼリー飲料。

充血した瞳で数万行のログを追い、システムに潜むわずかな歪みを修正し続ける日々。

習慣として朝と夜に湯に浸かり脳と体を無理矢理覚醒させていたが、

鏡を見るたびに土気色になっていく自分の顔に恐怖を感じることもあった。


けれど、俺は笑った。

俺がここで踏ん張れば、現場のデザイナーも、エンジニアも、みんなが助かる。

何より入院生活を続ける弟、陽向ひなたに最高の治療を受けさせてやれる。

その一心で俺は「真心ログ」を積み上げてきたつもりだった。


「ありがとうございます、阿久津さん。そう言っていただけると、

七人分の業務を回してきた甲斐があります……!」


俺はいつものように、少し照れくさそうに「えへへ」と笑って深く頭を下げた。

期待していた。これだけの成果を出したんだ。

これからはもっと陽向と一緒にいられる時間が持てるかもしれない。

だが、隣に座る人事部長の外道げどうが、

薄笑いを浮かべたまま一枚の書類を机に滑らせた瞬間、部屋の空気が変わった。


「だからこそ、だ。一ノ瀬くん、君の健康を考えて、

来月から『専門業務型裁量労働制』を解除することにした。

代わりに本社への定時出社を義務付ける。

……それに伴って基本給および諸手当を見直し、月々の給与は二十万円減額とする」


「……えっ?」


耳から入った言葉が脳に届くまでに永遠のような時間がかかった。

減額?しかも、二十万円?

思考が真っ白なノイズに埋め尽くされる。

俺が必死に回してきた七人分の仕事はどうなる?

それだけの業務を抱えながら、

毎日定時で物理的に会社に縛り付けられるというのか?


「ちょ、ちょっと待ってください……!僕は成果を出しています!

利益も前年同期比で一五〇パーセントは上げました!

それに裁量を外して定時制にするなら、この業務量は物理的に……」


「一ノ瀬、言葉を慎め」


阿久津が氷のような声で俺の言葉を遮った。

その瞳には先ほどまでの偽りの称賛など微塵も残っていない。

そこに映っているのは人間ではない。

磨り減ったら交換すればいい、安価な消耗品を見るような底冷えする蔑みだった。


「これは会社としての決定事項だ。嫌なら辞めてもいいんだぞ?

……『代わりはいくらでもいる』からな」


ドクン、と心臓が跳ねた。

数秒前同じ口が吐いた「代わりはいない」という言葉は、

俺をさらに高くから突き落とすための踏み台に過ぎなかったのだ。


視界がぐにゃりと歪む。

俺が積み上げてきた誠実さも。

深夜静まり返った部屋で一人、誰かのためにと削り続けた命のログも。

この男たちの靴底を汚さないための、ただの雑巾に過ぎなかった。


それからの数日間は新しい労働条件に頑なに同意をしない俺に対して、

会社からの嫌がらせの連続だった。

まるで灰色の霧の中にいるようだった。


六月十五日。正式な通知が届くのとほぼ同時に俺の社内アカウントは全停止された。

あれだけの業務量をこなしていた俺に会社は俺から仕事を奪い取った。


「お疲れ、一ノ瀬」


物理的な荷物を詰めた段ボールを抱えオフィスの入り口に立ち尽くしていた俺に、

同期のゴミ川が十人の取り巻きを連れてニヤニヤと近づいてくる。

俺が七人分の業務を死守している間、適当にサボって要領よく立ち回っていた連中だ。


「お前のIDもう消えてるぜ?『二十万円も損するなら辞めます』ってか?

元の給料が安いと貧乏人は大変だよなあ!

お前の仕事?ああ、俺たちが適当にボタン押してやっといてやるよ。

あんなの誰がやっても同じだろ?」


ギャハハ、と下卑た笑い声が背中に突き刺さる。

俺は何も言い返せず逃げるように会社を後にした。

外は予報にない土砂降りの雨だった。

傘はない。冷たい雨が体温を奪っていく。

財布の中には今月の陽向の薬代を払えばほとんど残らない数千円。

情けなくて、惨めで、涙すら出ない。


「……ただいま、陽向」


アパートのドアを開けると狭い玄関にパタパタと足音が響いた。

いつもの俺の心を繋ぎ止めていた唯一の救い。


「お兄ちゃん!おかえりなさ……い?」


弟の陽向がずぶ濡れの俺を見て、ハッと息を呑んだ。

少し大きめの俺がお下がりにあげたパーカー。

その袖をギュッと握り締めて陽向が震える声で問う。


「お兄ちゃん、雨?風邪ひいちゃうよ。……何か、あったの?」


「……ごめん。ごめんね、陽向。

お兄ちゃん……仕事、なくなっちゃった。

お前の、治療費……稼がなきゃいけないのに……」


床に膝をつき、俺は子供のように声を上げて泣いた。

世界がこれほどまでに理不尽で悪意に満ちているなんて知りたくなかった。

誠実に生きればいつか報われる。

そう信じていた自分を今すぐ殺してしまいたかった。


その時、陽向がパタパタと自分の部屋へ走り何かを抱えて戻ってきた。

それは陽向がずっと大切にしていたライオンの貯金箱だった。


「これ……使って?お菓子も、おもちゃもいらない。

だから……お兄ちゃん、もう泣かないで?」


陽向の小さくて温かい手が俺の冷え切った頬に触れる。

その瞬間。俺の中で張り詰めていた「何か」が爆発した。

ああ、そうだ。俺の真心はあの会社には届かなかった。

けれど俺が守るべきものは、あんな汚らわしい場所には最初からなかった。

俺の技術は、俺の情熱は、俺の「記録コンパイル」は。

この子の笑顔を守るためにこそ、あるべきだったんだ。


『――システム・アーカイブ……アクセス承認。……全ログのコンパイルを開始します』


耳の奥で数年前に失踪した兄――一ノ瀬零いちのせ・れいの声が響いた気がした。

視界が青白いノイズに覆われ、やがて網膜に鮮やかなデジタルログが走り始める。

そこには俺がイーヴェルのサーバーから密かに抜き出していた、

【86人の亡霊リスト】のデータが脈動していた。

使い捨てられ、踏みにじられ、消されていった仲間たちの無念。

それが、俺の怒りと共鳴し社会を穿つ「弾丸」へと変わっていく。


「ありがとう、陽向。……もう、大丈夫だ」


俺は陽向を強く抱きしめ顔を上げた。

その瞳に宿るのはかつての朗らかな輝きではない。

全ての罪を暴き、記録し、断罪する――パニッシャーの冷徹な光。


「阿久津、毒山、外道。……君たちの『不誠実』、

すべて記録コンパイルさせてもらったよ」


物語はここから加速する。

俺の「真心ログ」をゴミ箱へ捨てた代償を、その身に刻ませてやるために。


第1話をお読みいただき、本当にありがとうございます。


会社のために精一杯尽くしてきた場所から背中を蹴落とされるような痛み。

私自身が味わったあの瞬間の絶望とそれでも捨てきれなかった「何か」を

主人公のはるに託して書きました。


次回、第2話「誠実という名の生贄」。

陽がこれまで耐え抜いてきた「1人で7人分」という異常な現場の実態。

そして、彼をさらに追い詰める卑劣な悪意が書かれます。


【読者の皆様へ】

人生で初めての小説執筆ということもあり、

皆様の一つ一つの反応が今の私にとって本当に大きな支えになっています。


もし「先が気になる」「この兄弟を応援したい」と

少しでも思っていただけましたら、応援していただけますと幸いです。

皆様からいただくお気持ちが、この物語を最後まで書き切るための何よりの勇気になります。


よろしくお願いいたします。

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