第7話 森の結晶とふたりの距離
朝の森は、静かさの中に不穏な気配を隠していた。
昨日までとは違う。光がほんの少し弱く、風も重たい。
ヒナは杖を胸の前で握りしめ、深呼吸をした。
「……なんか嫌な感じするなぁ」
そうつぶやいた瞬間、足元で小石がコロリと転がった。
「ヒナ、気を抜かないで」
横に立つルカが低い声で言う。いつもの優しい声ではない。その真剣さにヒナは背筋を伸ばした。
森の奥へ進むと、木の幹に大きな爪痕がついていた。
「これ……魔物の痕ですね」
リアンが眉を寄せ触れた指がかすかに震えた。
ヒナは息を呑む。
(魔物って……ゲームの中とか、なろう小説の中だけじゃなかったんだ)
現実に目の前にあると思うと、足が少しすくむ。
「今日は結晶を見るんじゃなくて、魔力の乱れを確認するだけの予定だったんだけど……」
ルカの言葉にヒナは頷く。
「……うん、でも大丈夫。私、逃げ足だけは自信あるから」
言った瞬間、リアンが吹き出し、ルカが呆れながらも小さく笑った。緊張が少しだけほどける。
しかし、その直後だった。
草むらがガサッと大きく揺れ──何か黒い影が飛び出した。
「ヒナ、下がれ!」
ルカの声と同時に、黒い狼のような魔物が地を蹴り上げて突進してくる。
目は赤く濁り、体からは煙のように黒い魔力が漏れていた。
「ひっ──!」
体が固まり、足がすくむ。
杖を構えようとするが、手が震えて力が入らない。
ルカが一歩前に出て、風の魔法を放つ。
突風が魔物を押し返しリアンがすかさず光魔法で追撃する。
二人の魔法が交差し、魔物は後退した。
それでもすぐに体勢を整え、低く唸る声をあげる。
(怖い……怖いけど、逃げてばかりじゃだめだ)
ヒナは震える手で杖を握り直す。
「わ、私も……やる」
ルカがヒナを横目で見て、小さく頷く。
「ヒナ。落ち着いて、魔力をゆっくり溜めるんだ」
「うん……!」
深呼吸。
胸の奥に集めるイメージ。
光が杖の先にじわりと集まる。
ヒナの光が火花のように弾け、魔物の目の前を一瞬真っ白に染めた。
魔物が怯んだ瞬間、ルカが飛び出す。
「今だ!リアン!」
二人の魔法が同時に放たれ、黒い狼は大きく吹き飛ばされて森の奥へ消えた。
しばらくして静寂が戻る。
ヒナはその場にへたり込み、膝が笑っていた。
「ヒナ、大丈夫か?」
ルカが近づき、肩に手を置く。
温かくて、安心して、涙がこぼれそうになる。
「だ、大丈夫……ただ、怖かった……」
「初めてで、あそこまでできれば十分だ」
ルカが優しく微笑む。
その笑顔に、ヒナの胸がきゅっとなる。
リアンも近づき、ヒナに手を差し伸べる。
「ヒナさん、いい光でしたよ。あれがなければ危なかったです。」
「そ、そう……?」
「ええ。森の魔物は最近、異常に凶暴になってきています。おそらく……結晶が関係している」
ヒナはゆっくり立ち上がり、深呼吸した。
「なら……もっと強くならなきゃだめだね」
ルカはヒナの顔を見て、静かに頷いた。
「ヒナ。これから魔物に対抗する魔法を、本格的に教える」
「……本当?」
「──君を、守るためでもあるけど」
「えっ……?」
ヒナの顔が真っ赤になる。
リアンが小さく咳払いし、空気を戻す。
「まずは光魔法の強化ですね。ヒナさん、覚悟してくださいよ?」
ヒナは照れながらも、しっかり頷いた。
「うん。……森の魔物を倒せるくらい、強くなりたい」
森の奥で、遠くからまた魔物の吠え声が響く。
ヒナは杖を握りしめた。
(怖い。でも──絶対逃げない)
異世界での本当の冒険が、ここから始まろうとしていた。
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