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運命力ゼロの悪役令嬢  作者: 黒米
第4章 王立ルミナス学院 3年目

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9. 忍び寄る影

前回のあらすじ

・学院祭3日目

・模擬戦に参加

・第一王子のスピーチ

王立ルミナス学院の朝は、いつもより少しだけ緊張感に包まれていた。


中庭には、2年生たちが整列し、訓練用の軽装に身を包んでいる。

その中には、銀髪を揺らす少女――セレナ・ヴェルディアの姿もあった。


彼女は、緊張した面持ちで深く息を吸った。

(姉様も、演習で活躍した。私も、頑張らなきゃ)


その隣には、第二王子ユリウス・グランフェルドが立っていた。

彼は、いつも通り柔らかな表情を浮かべながら、周囲の空気を静かに見渡している。


「緊張してる?」

ユリウスが、セレナに声をかける。


「……少しだけ。でも、姉様が言ってたの。『剣は、誰かを守るためにある』って。だから、私も……」


ユリウスは微笑みながら頷いた。

「君なら、きっと大丈夫だよ。僕も、君を守るから」


学院の教官たちは、去年の演習で起きた“獣の襲撃事件”の反省を踏まえ、今年は引率者を倍に増やしていた。


剣術教官、騎兵隊員、サバイバル術の専門家――それぞれが、厳しい目で生徒たちを見守っている。


「今年は、万が一にも事故を起こさせるな」

副学院長マティルダ・クローネは、引率者たちに厳命を下していた。


*


学院の門が開かれると、馬車と騎乗の列がゆっくりと敷地を出ていく。


セレナは、ノクターンに似た黒毛の馬に乗りながら、遠く学院の塔を振り返った。

そこには、姉クラリスがいる――制度の象徴として、そして、誰よりも強く、自分の道を進む彼女がいる。


(私も、姉様のように……)


ユリウスは、セレナの隣で馬を操りながら、静かに言った。

「行こう。演習が始まる」


*


学院の中庭では、クラリスが教室へ向かう途中、遠くに出発する馬車の列を見つめていた。

銀髪が風に揺れ、瞳にはわずかな不安が宿っている。


(セレナ……気をつけて。何も起きませんように)

クラリスは、そうして教室の扉を開いた。


*


王立ルミナス学院の講義室には、午前の柔らかな光が差し込んでいた。


クラリスは、窓際の席に座り、筆記用具を整えながら講義に集中していた。


今日の授業は「制度と倫理」。制度の導入によって生まれた社会的階層と、その倫理的課題について議論する内容だった。


教師は、黒板に「選ばれた者の責務」と書きながら、生徒たちに問いかける。

「運命力によって選ばれた者は、社会に対してどのような責任を負うべきか。クラリス・ヴェルディア、あなたの意見を聞かせてください」


クラリスは、静かに立ち上がり、言葉を選びながら答えた。

「選ばれた者は、選ばれなかった者のために、秩序を守るだけでなく、寄り添う姿勢が必要だと思います。数字だけでは見えないものを、見ようとすることが、責務の一つです」


教室が静まり返る。教師は頷きながら言った。

「見事な答えです。制度の象徴としてだけでなく、一人の生徒としての視点が感じられます」


クラリスは席に戻り、ノートに静かに言葉を記した。

(セレナも、今頃演習地に着いた頃かしら。無事に終わりますように……)


そのときだった。


教室の扉が、突然勢いよく開く。


教師が振り返ると、学院の伝令係が立っていた。制服の袖には、緊急連絡を示す赤い紋章が縫い込まれている。


「クラリス・ヴェルディア様。大至急、生徒会室へお越しください。」


教室がざわめく。

クラリスは一瞬だけ動きを止めたが、すぐに立ち上がり、静かに一礼して教室を後にした。


学院の回廊を歩くクラリスの足音は、いつもより少しだけ速かった。


胸の奥がざわつく。


生徒会室の扉が開かれると、そこには副学院長マティルダと剣術教官レイナが立っていた。


マティルダは、資料を手にしたまま、クラリスに向き直る。

「クラリス・ヴェルディアさん。冷静に聞いてください。演習中に、事故が発生しました」


クラリスの瞳が揺れる。

「……セレナは?」


マティルダは頷いた。

「セレナさんが、何者かに襲撃されました。そして――第二王子ユリウス・グランフェルド殿下が、それを庇い、瀕死の重傷を負ったそうです」


クラリスは、言葉を失った。

「……襲われた……?誰に…?」


レイナが静かに言葉を継ぐ。

「詳細はまだ不明。獣ではなく、人間による襲撃の可能性が高いそうだ。セレナは無事だが、精神的に強いショックを受けていて、現在は学院へ搬送中」


クラリスは、拳を握りしめた。

(どうして……どうして、また……)


*


王立ルミナス学院の医療棟前には、重苦しい沈黙が漂っていた。


クラリスは、建物の前に立ち尽くしていた。

制服の袖を握りしめ、懐中時計の蓋を開いたまま、秒針の音に耳を澄ませている。


(セレナ……早く、帰ってきて)


空は曇り、風が冷たく頬を撫でる。

学院の喧騒は遠く、ここだけが別の世界のように静かだった。


やがて、馬車の車輪の音が遠くから聞こえてきた。


クラリスは顔を上げる。


医療班の旗を掲げた黒塗りの馬車が、ゆっくりと門をくぐってくる。

扉が開き、最初に降りてきたのは、医療班の隊長だった。


その顔には疲労と緊張が滲んでいる。

「クラリス・ヴェルディア様。セレナ様をお連れしました」


クラリスは駆け寄った。

だが、馬車の中から現れたセレナの姿を見た瞬間、息を呑んだ。


セレナは、まるで魂が抜けたような顔をしていた。

銀髪は乱れ、制服は泥にまみれ、目は虚空を見つめている。

その瞳には、光がなかった。


「セレナ……!」

クラリスは妹の肩に手を添えた。


だが、セレナは反応しない。

まるで、クラリスの存在すら認識していないかのように。


「セレナ、私よ。クラリスよ。…もう大丈夫」

クラリスは、震える声で呼びかけた。


だが、セレナはただ、ぼんやりと前を見つめたまま、何も言わなかった。


医療班の者が静かに言った。

「殿下のおかげで身体に外傷はほとんどありません。ただ……精神的なショックが非常に大きく、受け答えすることも今は難しいかと」


クラリスは、セレナの手を握った。

その手は冷たく、力が入っていなかった。

(なんでこんなことに……)


そのとき、クラリスの脳裏に、マティルダの言葉がよみがえる。

「何者かによる襲撃の可能性が高い」


(誰かが……セレナを襲った?なぜ?どうして?)

クラリスは、セレナの肩をそっと抱き寄せた。

「大丈夫よ、セレナ。私が、絶対に守るから」


だが、セレナの瞳は、まだどこか遠くを見つめていた。


読んでくださりありがとうございます。


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