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運命力ゼロの悪役令嬢  作者: 黒米
第4章 王立ルミナス学院 3年目

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8. 学院祭の終わりに

前回のあらすじ

・のんびりとした2日目

・突然のお誘い

学院祭3日目の朝。


王立ルミナス学院の中庭には、模擬戦のための特設演習場が設けられていた。

石畳の広場の中央には、白と金の装飾が施された円形の舞台。

周囲には観覧席が設けられ、王族、貴族、学者、市民――あらゆる階層の人々が集まっていた。

クラリスは、剣術用の軽装に身を包み、控え室で静かに目を閉じていた。


銀髪はきっちりと束ねられ、胸元にはいつもの懐中時計。秒針の音が、彼女の呼吸と重なるように静かに響いていた。


「クラリス様、準備はよろしいですか?」

控え室の扉を開けたのは、ロジーナ・エルスだった。


彼女は緊張した面持ちで、クラリスの剣を手渡す。

「ええ。今日は、“制度の象徴”としてではなく、“私自身の剣”で戦うわ」


クラリスは剣を受け取り、静かに立ち上がった。


観覧席の最上段には、父ヴァルターと母リヴィアの姿があった。


ヴァルターは腕を組み、無表情のまま娘の登場を見つめている。

リヴィアは、少し緊張した面持ちで、手を胸元に添えていた。


「クラリス……」

リヴィアは、娘の背中に、かつての幼い姿を重ねていた。


模擬戦の開幕を告げる鐘が鳴る。

司会の声が響く。


「本日の模擬戦は、特別選抜クラスによる演武形式で行われます。

第一試合――クラリス・ヴェルディア VS ゼノ・ヴァルハルト」


観客席がざわめく。


「運命の剣と、騎士団長のせがれの対決だ」

「クラリス様は、演習で獣を退けたって話だぞ」

「ゼノ様は、王国騎士団の流派を継いでいるらしい」


クラリスは、円形舞台の中央に立つ。

対するゼノは、無言のまま剣を構えている。


「始め!」


号令とともに、二人は動いた。

クラリスは、守りの型から入り、ゼノの鋭い踏み込みを受け止める。


剣が交差し、火花が散る。

観客席からは、息を呑む音が聞こえる。


(ゼノの剣は、やっぱり速い。でも、私は……)


クラリスは、レイナから教わった攻めの型を思い出す。

一瞬の隙を突き、踏み込み――剣先がゼノの肩に届く寸前、ゼノが体を捻ってかわす。


「……見事だ」

ゼノが初めて口を開いた。

「君の剣は、誰かを守る剣だ。だが、攻めにも迷いがない。成長したな」


クラリスは、静かに頷いた。

「ありがとう。私も変わったの。誰かを守るために、時には誰かを攻撃しないといけないことを」


*


試合は引き分けで終了。

観客席からは、拍手が巻き起こる。


ヴァルターは、満足げに頷いた。

「見事だ。やはり、我が娘だ」


リヴィアは、目元に手を添えながら呟いた。

「クラリス……あなたは、もう自分のやりたいことを見つけたのね」


*


その後、クラリスはロジーナと控え室に戻る。


「今日は、私の剣で戦えた気がする」

クラリスは、剣を鞘に収めながら言った。


「クラリス様の剣は、誰かを守るための剣です。今日、それが皆に伝わったと思います」

ロジーナは、微笑みながら答えた。


そのとき、セレナが駆け込んでくる。

「姉様、すごかった!ゼノ様と互角なんて……!」


クラリスは、妹の頭をそっと撫でる。


こうして、学院祭3日目の模擬戦は幕を閉じた。


クラリスの剣は、“制度の象徴”ではなく、“クラリス・ヴェルディア”としての剣だった。

そして、その姿は、王都の空の下で、多くの人々の心に刻まれていた。


*


模擬戦が終わり、観客席からの拍手が静かに収まる頃。

クラリスは控え室で剣を鞘に収め、深く息を吐いていた。


そのとき、控え室の扉がノックされる。


「クラリス、入るぞ」

低く、感情のない声――父ヴァルターだった。


続いて、母リヴィアも控えめに入ってくる。

「お疲れさま、クラリス」


その声には、安堵と誇らしさが混ざっていた。

クラリスは立ち上がり、二人に向かって軽く頭を下げた。

「見てくれてありがとう」


ヴァルターは腕を組んだまま、クラリスの姿を見つめる。

「見事だった。剣の動きも、立ち振る舞いも、制度の象徴として申し分ない。王族の婚約者として、恥じぬ姿だった」


クラリスは、少しだけ目を伏せた。

「……ありがとうございます。ですが、今日は“制度の象徴”としてではなく、“私自身”として戦いました」


ヴァルターの眉がわずかに動く。

「それは、どういう意味だ?」


「私は、数字に選ばれた者です。でも、今日の剣は、誰かに見せるためではなく、誰かを守るために振るいました。私が選んだ剣です」

クラリスの声は静かだったが、確かな芯があった。


ヴァルターはしばらく黙っていたが、やがて短く言った。

「……そうか。ならば、選ばれた者としての責務を忘れるな」


それだけ言い残し、控え室を後にした。


リヴィアは、クラリスのそばに歩み寄り、そっと肩に手を置いた。

「あなたの剣、ちゃんと見ていたわ。あなたが、自分のやりたいことを見つけたのね」


クラリスは、母の言葉に少しだけ微笑んだ。

「ええ。まだ迷うこともあるけれど……でも、私は、私の剣を信じたい」


リヴィアは、娘の銀髪をそっと撫でながら言った。

「あなたが選んだ道なら、私は信じるわ。制度の中でも、あなたらしく生きてほしい」


*


学院祭3日目の夕暮れ。


王立ルミナス学院の講堂には、柔らかな光が差し込んでいた。


模擬戦の熱気がまだ残る中、生徒たちは整列し、来賓たちは静かに席に着いている。

壇上には、学院旗と王国旗が並び、銀の燭台がゆらめいていた。


その前に立つのは、第一王子――レオニス・グランフェルド。

完璧な制服姿。姿勢、表情、言葉の間合い――すべてが計算され尽くした“王族の顔”。


彼は、ゆっくりと壇上に歩み出ると、講堂全体に響く声で語り始めた。

「皆さん、三日間にわたる学院祭、お疲れさまでした。王国の未来を担う皆さんの姿に、私は深い感銘を受けました」


拍手が起こる。


だが、クラリスは静かにその言葉を聞いていた。

壇上のレオニスの瞳は、まっすぐに前を見据えている。


その視線は、制度の中に生きる者としての“確信”に満ちていた。

「この王国は、運命力という指標によって秩序を築いています。数字は、偶然ではなく、可能性の証です。選ばれた者は、その数字にふさわしい責務を果たすべきです」


クラリスの胸に、開会式のスピーチの記憶がよぎる。


“数字だけがすべてではない”

“制度の外側にも目を向けるべき”


その言葉とは、正反対の響きだった。


「制度は揺らいではならない。感情に流されることなく、数字に従い、秩序を守ること。それこそが、王国の安定を支える礎です」


講堂は静まり返っていた。


誰もが、レオニスの言葉に耳を傾けていた。

その声は、冷静で、力強く、そして――揺るぎなかった。


レオニスは、最後にこう締めくくった。

「選ばれた者は、選ばれなかった者のために、迷わず進まなければならない。それが、運命力に選ばれた者の使命です」


拍手が起こる。


王族席では、エレオノーラが満足げに頷き、ヴィクトルは無表情のまま資料を閉じていた。


クラリスは、静かに目を伏せた。

その背筋は、まっすぐに伸びていた。


彼女は、制度の象徴としてではなく――クラリス・ヴェルディアとして、次の一歩を踏み出そうとしていた。


こうして、学院祭は幕を閉じた。


読んでくださりありがとうございます。


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