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七十二章 †燃え尽きし拳†

「……そういうことか。ようやく理解したぜ、あんたの技」


 カガリはニヤリと笑みを浮かべた。

「あ?」

「思ってたんだよ、何で死体を始めから用意してこなかったのか、ってな。今、世界中で物凄い数の人たちが死んでる……死体なんていくらでも用意できたはずなんだ。だが何故かそれをしなかった……いや、できなかったんだ。あんたは死んだばかりの新鮮な死体じゃなきゃ操れねえ」

「くくっ、何故そう言い切れる?」

 攻撃の手を緩めることなくパペティアは問う。

「生物が死ねば肉体に残った魔力は急激に蒸発し、すぐに(から)になるが……あんたはその前に自分の魔力とリンクさせることでそれを防ぎ、手足のように操ってる。それが"死体人形の舞踏会ボール・オブ・ドールズ"の正体だろ」

 カガリの答えを聞いたパペティアは、それでも不気味に笑い続ける。

 推理が当たっているのか外れているのか、その表情から読み取ることは難しいが、カガリは続ける。

「だからあれだけの数の死体を操っても魔力が尽きねえ。ソイツ自身の残留魔力を消費してるんだからな。そして死んだあんたが今も動き続けてるのは、そのリンクした魔力が互いに作用し合ってるからだ。あんたが死んでも他の死体にあんたの魔力が残り続けてるから、あんたの魔法が途切れることもねえ」

「くくっ……それが事実だとして、どうやってあたしを倒すつもりだ?あたしを殺せないってことが明確になっただけじゃねえのか?」

「……ああ、そうだな。すでに死んでるヤツを殺すのは至難の業だろうぜ」

「でもさ〜」

 と、アダー。

「要するにそのリンクってのを断ち切れば、魔法は解けるってことでしょ?」

 その両手に握られていたのは、一メートルほどもある大きなハサミだった。

 カガリとクツミカに守られながら、夢想の絵筆アメツァレン・ピンツェラで描き出していたようだ。

「あ?そんなもんで──」

 パペティアは怪訝な顔をするが、すぐに異常に気付く。

 ジョキン、とパペティアとフリーズの直線上の空間に向けてアダーがハサミを閉じると、地面で踠いていたフリーズの死体が突然動きを止めたのだ。

「えっへへ〜、残念でした〜!このハサミは魔力の糸も切っちゃうよ〜!」

「なっ……!」

 "死体人形の舞踏会ボール・オブ・ドールズ"発動時に死体たちと繋がれた魔力の糸──接続後すぐに見えなくなっていたが、糸自体が消えたわけではなかった。

 それを切ったことでパペティアとのリンクが途切れたのだろう。

「クソッ、ふざけやがって!これじゃ死体が操れねえ!」


「──なんてな」


「!?」

 フリーズの死体は再び動き出し、恐らく"浮遊移動(フロートムーヴ)"によってアダーへと一直線に襲い掛かった。

「くくっ、残念だったな!糸一本切られたくれえで動かせなくなるほどヤワじゃねえんだよ!あたしの魔法はな!」

 フリーズは二本指を向け、"氷結フリージング"を放つ。

 カガリがアダーを抱えてそれをかわすが。

「ぐっ……!」

 魔人たちに囲まれ反応の遅れたクツミカがそれをもろにくらってしまう。

「クツミカ!」

「大丈夫だ!キミはアダーちゃんを!」

 とクツミカはその氷を力づくで破壊する。

 無詠唱かつ魔力自体もメルトとの戦いで減っていたお陰か、氷結フリージングの威力はかなり弱まっていたようだ。

 それでも普通の人間なら防壁無しで受ければただでは済まないだろうが、"竜憑依(ルナ・ゴラド)"によって体表に現れた竜の鱗がダメージをさらに軽減していた。

 しかしそこへパペティアによる追撃の紅蓮拳が迫る。

「ラアッ!!」

 その拳を、横からメルトが斬り落とした。

「メルトくん!助かったよ!」

「へへっ!よく分かんねえけど、とにかく時間稼ぎゃいいんだろ!」

「ああ。カガリちゃんの言うことが正しければ、そのうち彼女らも魔力切れを起こすはずだ。そこのパペティアという魔人が生きているならともかく、死んだ以上はこれから新たに魔力が生まれることはない。いかに残った魔力を共有しようと、総量が増えないのならいずれ尽きるのは自明の理」

「なるほど……どっちが先に力尽きるか、根比べってわけか!」

 二人は青い目を光らせながらパペティアを囲むように立ち、剣と爪──それぞれの刃を構える。

「うふふ、私も忘れないでよね♪」

 と、そこにハルクスも加わる。


 ──面倒くせえな……何なんだよコイツら……やたら強えし死なねえし……。

 パペティアは眉間に皺を寄せ、頭の中にじわじわと生まれる不満に憤りを感じ始めていた。

 ──何でこんなに本気(マジ)になってんだよあたしも……死んでまで戦う意味があんのか……?

 死体となり痛みも疲労も感じない体で、激しい攻撃を続けつつも、心の中では静かに自問する。

 ──あたしは何のために戦ってる……?

 ──ライザーのため?……違う。

 ──弟の敵討ちのため?……違う。

 ──ガキどもの敵討ちのため?……違う。

 ──地上人どもが気に入らない?……別に、興味ねえ。

 ──戦いが好きだから?……まあ、嫌いじゃねえ。

 ──なら死んでもいい?……そこまででもねえ。

 そんな自問自答を重ね、それでも結論が見えないパペティアは。

「……何がしたかったんだろうな、あたしは」

 空虚な顔で呟いた。


 瞬間、全ての死体たちが先程のフリーズと同じように力を失い、崩れるように倒れた。

「!?」

 パペティアは我に返って目を見開く。

 自分の目的を見失い、無意識に魔法を解いてしまったのか、と思った。

 だがそうではなかった。

「……何だ……そりゃ……」

 気が付くと、アダーが十数人ほどに分身し、それぞれの死体の傍に立っていた。

 その手には先程のハサミが握られている。

「プププ、ごめんね〜!魔力の糸、ぜ〜んぶ切っちゃった!」

「な……──!?」

 パペティアも他の死体たちと同じように、がくりと膝をつく。

「やっぱりそうか。糸はあんたと死体の間だけじゃねえ、全ての死体と死体の間にも張り巡らされてた。糸を切ってもフリーズ(あの魔人)が動き続けたのは、他の死体から伸びる糸で操られてたからだ」

 カガリが喋っている間にも、パペティアの体から少しずつ力が抜けていき。

 いよいようつ伏せに倒れて動きを止めた。

「そんで他の死体とのリンクが切れりゃ、あんた自身を操ってた魔力も絶たれる。終わりだ、パペティア」

「……く……そ……──」


 † † †


 薄れゆく意識の中で蘇る、いつかの記憶。


「姉さん、また死体(いじ)ってんの?」

 指先から伸びる魔力の糸を魔人の死体に接続し、傀儡のように動かすパペティアに声を掛けたのは、貼り付けたような薄ら笑いを浮かべる紫髪の魔人、インフェルノだ。

「うっせえな。研究に犠牲は付き物だろ」

 目線すら向けず死体の操作に集中しながらパペティアは答える。

「いや、その死体うちの軍の兵士でしょ?無闇に戦力減らされると困るんだけど……」

「ボケ。あたしが()ったわけじゃねえよ。バレットってヤツが訓練中に殺したのを譲ってもらっただけだ」

「……また彼か……」

 インフェルノは額に手を当て、薄ら笑いが苦笑いに変わっていく。

「そもそも、死体なんて操らなくたって戦えるでしょ?他にもいろいろ魔法考えてるみたいだけどさ、僕と違ってレッカの血を多く継いでる姉さんは、結局紅蓮拳極めるのが一番強いんだよ」

「あ?別に強さなんかどうだっていいだろ」

「いいわけないでしょ。魔獄では強さこそ全て。そんなんじゃいつまで経っても下っ端のままだよ」

「知ったことか」

 やれやれ、と肩をすくめるインフェルノを、パペティアは鼻で笑う。

 そんな姉の態度を気にも留めず。

「僕なんてもう最高幹部に手が届きそうなんだから。さっきポンダーさんに誘われたんだ。新しく任命する七人の幹部のうちの一人に加わる気はないか、ってね。"七落閻(ドミネイトセヴン)"とか言ったっけ」

 インフェルノは自慢げに語る。

「くくっ、肩書きなんかに囚われてんじゃねえよ。どうせどこまでいってもあたしたちは所詮、ライザーの手駒に過ぎねえんだからな」

「けど、自由にやるにはある程度の地位は必要だ。姉さんだって上から命令されんのイヤでしょ」

「だったらあんたの下に付くさ。好きにやらせろよ、せっかく昇進したんならよ」

 その答えを聞いたインフェルノは呆れたように肩を落とし。

「はあ……まあいいけど。何かあったら僕の命令にはちゃんと従ってもらうからね」

 そう言って去っていった。


 † † †


 インフェルノが七落閻(ドミネイトセヴン)に任命されてから数十年後のある日。

「オイ見ろ!動いたぞ!」

 パペティアは魔力の糸で繋いだ死体を携え、勢いよくドアを開けてインフェルノの前に現れた。

「姉さん……何言ってるんだ?死体操作くらい随分前からやってたじゃないか」

「馬鹿、分かんねえのか!?コイツ、自分で動いてるんだぜ!魔力をあたしとリンクさせることで脳機能を一時的に活性化させて、自律行動できるようになったんだ!まだ保持時間は数分ってとこだが、いずれは──……ん?」

 興奮した様子の姉の元に、インフェルノはゆっくりと歩み寄り、その肩に手を置く。

「今、会議中。見えない?」

 そこには七落閻の七人が卓を囲んでいた。

「へえ、この人がインフェルノのお姉ちゃん?」

 と席を立って興味深げに近寄ってきたのは、ツインテールの若い魔人、キュートだった。

 パペティアに顔を近付け、至近距離でじろじろと見回す。

「すっご。インフェルノのお姉ちゃんってことはもう二百歳超えでしょ?見えな~い!すっごい美人だしスタイル良いし、憧れちゃうかも!」

「あら、アタシだってスタイルなら負けないわよ?キュート」

 足を組んで優雅に座る白ネコ獣人のチェインが言うが。

「チェインさんはネコちゃんだしぃ……美人だけどあくまでネコ止まりっていうかぁ、参考になんないじゃん?」

 冷めた顔で毒づくキュート。

 チェインはそれを聞いて小さく舌を打つ。

 そんなやり取りに興味すらない様子の三人──トマホークは腕を組んだまま微動だにせず、バレットは気怠げに頬杖をつき、座れる椅子の無いダイザンは、床に横たわって大欠伸をしている。

 一番奥に座る重鎮ポンダーは、わざとらしく咳払いをした後。

「席に戻りなさい、キュート、インフェルノ」

 と重々しい声で指示する。

「すみませんポンダーさん。ほら姉さん、早く出てってよ恥ずかしいから」

「お、おう……」

 インフェルノに押され、パペティアは部屋を追い出された。


「ちぇっ、何だよせっかく凄え魔法ができたってのに……」

 ──……まあいい。これであたしの死体操術(ネクロマンシー)は完成に近付いた。

 ──互いの魔力を往復させ、魔法を相互作用できるようになれば、絶対に死なねえ無敵の軍団が完成する。

 ──魔法名は……そうだな……うちのガキにでも決めてもらうか……名前付けるのとかあたしニガテだし……。


 † † †


 そしてそれから数年後──現在から見れば、昨日。

「インフェルノが死んだ……?」

 魔獄で待機を命じられている最中、フリーズから聞いた訃報に、パペティアはショックを受けていた。

「ああ、敵の罠に掛かってんだってさ。ポンダーさんが言ってたよ」

「マジかよあの馬鹿……死ぬならあたしの前で死ねっての……」

 がっくりと項垂れ、しゃがみ込むパペティア。

 隣のジールは腕を組んだまま、誇らしげに笑みを浮かべて声を掛ける。

「まあ良いじゃないか。少なくともあの映像で現代兵器が通じない圧倒的な強さを見せつけ、人間どもに恐怖を植え付ける役目は果たした。七落閻(ドミネイトセヴン)としちゃ一番の活躍さ、多分な」

 本心なのか慰めの言葉なのかは分からないが、どちらにせよパペティアには響いていないようだった。

「そうじゃねえよ。あたしの前で死んでくれりゃ、あたしの人形として使えたっつってんだ」

 その言葉に、ジールとフリーズはゾッとして顔を見合わせ、苦笑を浮かべた。

「母さんの操り人形にされんのだけはごめんだね……」

「同感だ。まったくこの魔法馬鹿は……自分の魔法試すことしか頭にねえのか」

 それを聞いたパペティアは立ち上がって、呆れた様子の二人を見る。

「くくっ、だったらせいぜい死なねえよう気を付けな。自分のガキだろうが何だろうが、あたしの前で死んだらその体はあたしのもんだ」


 † † †


 ──ああ……そうか。

 ──あたしはただ、魔法に没頭してたんだ。

 ──この舞踏会場(ダンスホール)の中で、踊り続けていたかったんだ。


「!?」

 カガリたちは目を見開き、思わず後退(あとずさ)った。

 完全に沈黙したと思われたパペティアが、突如手をついて体を起こし始めたのだ。

 ──そうだ……まだ終われねえ。もっと……!


「もっと踊ろうぜ!!烈焔のカガリ!!」


 立ち上がり叫ぶパペティアの拳から、真っ赤な炎が弾けた。

 カガリは何かに勘付いたのか僅かに目を細め、そして口角を上げる。

「ああ、いいぜ……来いよ!」

 そう言って残る魔力の全てを拳に集中させ、同じく炎を散らす。

 それは手持ち花火にも等しい程度の、"炎"と呼ぶのも憚られるほどの小さな火花だったが。

「……手ぇ出すなよメルト」

 心配して起牙丸を構えたメルトに釘を刺しつつ、カガリは自信満々にパペティアを迎え撃つ。

「行くぞぉ!!」

 パペティアは吠えながら地面を蹴り。

 同時に拳から放たれる炎がその全身に燃え移ったかと思うと、みるみるうちに体が灰となって消えていく。

 その拳がカガリに届くことはなかった。

 目の前で消え失せ、風に流されていく灰を見送りながら、カガリは言う。

「敵ながら……凄え執念だ。敬意を表するぜ、パペティア」


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