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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
四章

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夏の始まり その十九

 一度溢れた涙は決壊したダムのように止まらない。 胸は締め付けられるように苦しい。

 一輝は右手で胸の辺りを鷲掴みにし、左手で涙を必死に拭う。 嗚咽は何とか堪えてもすすり泣くのはどうしても抑えられなかった。

 身体は震え、気持ちが、心が揺らぐ。 息が荒くなる。 神様がもしもこの世界にもいるのなら、母に会わせて欲しいと心から願いたくなる。


 目の前が、この先の未来が、暗く、見えなくなる。 誰か助けて欲しい、誰か──


「お、おいっ! どうしたんだよ一輝!」


 異変に気付いた津太郎は一輝に近付くと右肩を手で掴んで軽く揺らしながら心配そうに声を掛ける。


「──津太郎……君……?」


 我に返った一輝は震えた声を出しながら津太郎の方へと向く。

 数分前の笑顔が嘘のように泣き崩れた表情を見た津太郎は一体何を見たのか疑問に思い、あまりやりたくはなかったがパソコンの画面を少しだけ見てしまった。


(これは……ブログ?)


 どうしてこのブログを見て泣いているのか謎だが、気にする前に津太郎はパソコンを急いで閉じる。


「と、とりあえず今はパソコンから離れた方がいいかもしれない」


 そう言うと、津太郎は再び一輝をテーブルの向かいに座らせて次に遊んでいたゲームを終了させた。


 少し落ち着いたのか一輝は何とか泣き止んでくれた──しかし、目や鼻の周りは擦り過ぎたせいですっかり赤くなってしまっている。

 気を紛らわせようと一応テレビは点けてはいるが、お互い向かい合って何も話さないせいで聞こえてくるのはテレビから流れるニュース番組の女性アナウンサーの声だけだった。

 

(──それにしてもまさかこんな展開になるとは……一階で楽しくしてた時が嘘みたいだな)


 津太郎が今すべきことは落ち込んでいる一輝に元気を出してもらう事だが、どうすればいいかなんて全く分からなかった。

 一輝の素性なんて殆ど知らない上に性格も好きな食べ物も趣味も知らない為、今からどういう話題を振ればいいのかまるで見当もつかない。


(このままでいいんだろうか……いつまでも遠慮して、踏み込まないで、一定の距離を保ったままで……)


 程よい距離感というのは心地いいだろう。 気楽だろう。 何も考えなくていいだろう──だがそれではいつまで経っても相手の事を知らないままだ。

 だが本当にその『人』を知りたければ勇気や危険、嫌われる覚悟をしてまでも『心』に入り込まないといけないだろう。


(俺がもっと一輝の事を知る為にも──思い切って過去に何があったとか、さっきのブログは何だったのか聞くべきなんじゃないか? そうすれば一輝も胸の内を吐き出せてスッキリするかもしれないし)


 津太郎がこういう考えに至る事が出来るようになったのは数日前、津太郎自身も栄子に異世界について打ち明けたという経験があったからだ。

 思い返す度に情けなくなるような苦い経験であったが、その出来事がなければこのような考えが思い付く事は無かったかもしれない。


 ありがとうな、栄子──心の中でそう呟くと、津太郎は俯いたままの一輝に話しかける。


「なぁ一輝、ちょっといいか?」


「えっ……どっ、どうしたの?」


 津太郎の優しく問いかけてくる声に反応した一輝は顔を上げた。


「さっき、どうして泣いてたんだ?」


 前置きや回りくどい言い方はやらず、ただ真っ直ぐ見つめて単純な質問をする。

 頭の中で整理出来ない上に精神が不安定な一輝にはこういう言い方が一番良いと思ったからだ。


 その言葉を聞いた一輝は正直に話した方がいいのではと悩み始めた。

 このままいつまでも悲しんでいても前には進まない。 せっかく手を差し伸べてくれている人が目の前にいるのだから、前へ進む為にも助けて欲しいと打ち明けるべきなのではないか……と。


 津太郎が話しかけてから数秒後、一輝は決断する。


「……最初から説明するとね──僕は今、何処かにいなくなった母さんを探してるんだ。 それで、何か少しでも情報を手に入れる為にパソコンを使わせてもらおうと思って、津太郎君の家に訪れたんだよ」


「……!?」


 一輝の口から出てきた言葉に津太郎は内心驚いていた。 だがまだ話している途中なので口を挟まないようにする。


「それでさっき、母さんが思い出として残しておこうと僕が幼稚園ぐらいの頃からコツコツ書いてた日記になら何か探す手掛かりがあるんじゃないかと思ったけど、七年前のゴールデンウイーク以降は何も書かれてなくて……」


(あのブログの事か)


 津太郎は先程見たパソコンの画面を思い出す。  


「でもせっかく日記を開いたんだし何もせずに閉じるのは嫌だなと思って一番最後の日記を読み終わったら……もう──その、胸が苦しくなって……涙が止まらなくなったんだ」


 一輝は説明している内に感情的になってしまったのか、また涙目になっていた。


「そう……だったのか。 きっとその日記は一輝にとって特別──なんだろうな」


「うん──今はこれだけが僕と母さんの唯一の繋がり……だから」 


 言い終わると一輝は涙を浮かべながらも少し微笑む。 もしかしたら津太郎に胸の内をほんの僅かでも吐き出せてスッキリしたのかもしれない。


「お母さんも絶対に一輝と会いたがってるさ」


 本当にそうであって欲しいと津太郎は思った。 そうじゃなければ異世界から帰って来たのにあまりにも報われなさすぎる。


「あ、ありがとう……そ、それでね──」


 一輝はまた俯く。 しかし先程までの負の感情のようなものは出ておらず、単純に何か言いづらそうにしているだけに見える。   


「ん? どうした?」


「もし──その……良かったらでいいんだけど……助けて──欲しいんだ」


 顔を上げた時の一輝の顔や目からは諦めたくないという意志を感じた。


「助けてって……俺に?」


 突然の事に津太郎は自分に指を差す。


「うん……情けないけど、もう僕一人じゃどうやって母さんを探せばいいか分からなくて」


「──そうだよな、七年も常識や知識、環境……何もかもが全く違う世界にいたら、いざこっちに帰ってきても何をどうしたらいいのかなんて分からなくなるよな」


 異世界で生き抜くというのはこの世界でいう外国で過ごすのとは訳が違うだろう。 しかも七日や七ヵ月といった短期間ではなく七年という気が遠くなるような年月だ。


 仮に異世界へ行った時の年齢が高校生、または成人であればそれまでに染みるぐらい身に付けた知識で何とかなったかもしれない。

 だが当時の一輝はまだ小学五年生で、最低限の知識は身に付けていたとしても未だあらゆる事に関してまだ勉強中の身で染みついてはいない。 だからこの七年ですっかり抜け落ちていても仕方ないだろう。


(そんな状態の一輝を力になれないからって見捨てるとか出来る訳ないだろ……)


 もしそんな事をしてしまえば後で必ず後悔すると思った津太郎は覚悟を決めた。 


「──俺に何が出来るかは分からないけど、少しでも力になれるよう頑張るよ」


 津太郎は少し微笑みながら一輝からの協力を引き受ける。

 日本、もしくは世界の何処かにいるのか全く分からない一人の人間を探すなんて本当の事を言えば不安が全く無い訳ではない──それでも後悔はしたくなかった。


「……! ありがとう──本当に……!」


 津太郎の言葉に一輝は座ったまま深々と頭を下げる。


「ちょっ、ちょっと待ってくれ! そこまで重苦しくされても困るんだが……! もしかしたら──いや、大して役に立てない可能性の方が高いしさっ、あまり期待され過ぎても辛いというか何というか」


 引き受けはしたものの、急に重圧プレッシャーを感じて思わず言い訳のような事を口走ってしまう。


「役に立てないなんてそんなこと全然ないよっ! だってさっき協力すると言ってくれただけで気持ちが凄く軽くなったんだからっ!」


「お、おう……」


 一輝がテーブルに手を乗せ顔を近付けながら必死に訴えてきて圧倒されてしまった津太郎は、とりあえず今はあまり弱気にならないよう気を付けると心掛けた。


(でも、こんなに明るくなるなんて──勇気を出して踏み出して本当によかった)


 まだまだお互い何も知らない事だらけではあるが、この会話を通じて少しは心の距離が近付いたのは間違いないだろう。

 

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