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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
四章

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夏の始まり その十八

(まさかのパソコンとか予想外過ぎるだろ。 でも……)


 一輝は返事を待ち構えて真剣に見つめていた。 津太郎にとっては大した事じゃなくても一輝には非常に重要なんだろうというのが伝わってくる。


「──俺のパソコンなんかでよかったら遠慮せず使ってくれ」


 一輝の頼みを津太郎は嫌な顔をせず受け入れた。

 だがそのパソコンをわざわざ家に来てまで使わせて欲しいと頼むなんて、一体何を調べるつもりなのか気にはなっていた──しかし相手の事情に踏み込み過ぎるのは良くないと思い、こちらから聞くのは止めておく事にする。


「ほ、ほんとっ!? ありがとう! 本当にありがとう!」


 パソコンを使わせてもらえるのが余程嬉しいのか一輝はテーブルを回り込んで津太郎の手を繋いでくる。


「あはは……」


 ここまで子供のように喜びの感情を素直に出されては流石にどういう反応をすればいいか困ってしまう。

 勿論、喜んでもらえるのは津太郎としても嬉しい事ではあるが。


「じゃあちょっと待っててくれ」


 その言葉に反応して一輝が手を離した後、早速使うかどうか聞くまでも無いと考えた津太郎は立ち上がると机の上に置いてある黒のノートパソコンを開けて起動させた。

 それからパスワードを入力し、少し待つと背景が全て青のスタート画面と幾つかの検索サイト、動画サイトのアプリが左上に表示される。

 これでパソコンを使う準備が出来た──が、津太郎は気になる事があった。


「念の為に聞くけどさ……俺が何も言わなくても大丈夫?」


 津太郎は後ろを向くと、座ったままじーっとパソコンの画面を見つめている一輝に質問をする。 もしかすると異世界で長い時間を過ごしていて使い方を忘れている、または異世界へ行く前から使い方を知らないという可能性があるからだ。


「あまり自信無いけど……キーボート──だっけ? それの打ち方とか小学生の頃に授業で習ってた記憶あるから多分、大丈夫と思う」


「いや、キーボートじゃなくてキーボードなんだが……」


「あっ……」


 お年寄りが言いそうな間違えを指摘されて少し顔を赤くした一輝を見て津太郎は、本当に大丈夫なのか若干の不安を感じながらも椅子に座らせる。


「試しにちょっとマウスを動かしたりキーボードで文字を打ってみてもらってもいいか?」


 先程のキーボート発言が原因で本当に助言しなくても操作出来るかどうか気になってしまってしまい、一度この目で確認する事にした。


「う、うん」


 津太郎の指示で一輝はマウスを手に持つと矢印のカーソルを赤、黄、緑、青の色で『G』の文字を色鮮やかに表現した検索サイトへ合わせるのに通り過ぎたり戻り過ぎたりを何度も繰り返す。


「あ、あれ? ピタっと合わないなぁ……」


 最初は少々焦っていたが慎重にマウスを動してカーソルを合わせた後、ダブルクリックをしてようやく検索サイトへ入るのに成功した。


(よし……! でも問題はここからだ)


 いくら何か調べたくてもキーボードで文字を入力出来なければどうしようもない。

 音声入力の方も考えたが、調べ物について声が丸聞こえになってしまい一輝としても非常にやりにくいと思って提案はしなかった。


 とりあえず今は何も言わず一輝が人差し指だけでゆっくり文字を打つ所を見ているが、どうやら大半の人と同じくローマ字による入力なのは分かった。

 だが、どのキーでどの文字が入力されるのかあまり覚えていないようで『あいうえお』は打ててもそれ以外は思った通りに出来ておらず、画面には意味不明な文字の羅列が並べられている。


「ごめん……ちょっとキーボードの打ち方教えてもらえないかな」

 

 この光景を見た一輝は、どうやら自分の力だけでは限界を感じたようですぐに津太郎へ助けを求めた。 ただ、思っていたより出来なかったのがショックだったのか少しだけへこんでいるように見える。


「分かった、じゃあまずは──」


 それから津太郎が基礎的な事を十分から十五分ぐらい教えると、あっという間に大抵の文字は入力出来るようになり、他にも漢字変換やエンターキー、スペースキーも使いこなせるようになっている。

 流石にキーボードの打ち方はまだ人差し指だけのままで、非常にゆっくりではあるがこればかりはすぐに早くなるものではないので仕方ない。


「ありがとう、これで何とかなりそうだよ」 


 一輝は座ったまま津太郎に礼を言う。


「こっちも力になれてよかったよ。 じゃあ俺は邪魔にならないよう……そうだな、ゲームでもしてるから満足するまで調べてくれ」


 津太郎はそう言うと一輝に気を遣ってその場から離れ、テレビの前にある座椅子に座ってゲーム機の電源を点けた。


 その様子を見た一輝は津太郎に心の中で使わせてくれてありがとうと感謝しつつ、改めてパソコンの前へと身体を向ける。


(ここまで来て何も情報を手に入らないまま帰るなんて絶対に嫌だ……! とりあえず心当たりのある事を調べてみよう)


 一輝はそう決めると、まず母親がやっていたブログのタイトルを入力してみた。


(消えていませんように消えていませんように……!)


 必死に願いつつ一輝がエンターキーを押すと、そこには有名人も使う超大型無料ブログサービスの会社名が小さく書かれており、その下には大きく『東仙家の日記』と表示されている。


(……!? あ、あった! よかった! 消えてなかった!)


 嬉しさが心の底から込み上げてくる。 そして改めて本当に元の世界に帰ってきたんだと実感した。

 このブログを見れば母親を探す手掛かりが見つかるかもしれない。 もしかすると今住んでいる居場所そのものが分かるかもしれない──そう考えたら急に手が震えそうになる。


(落ち着いて、落ち着くんだ……!)


 そう自分に言い聞かせつつカーソルを合わせ、一度深呼吸をした後、クリックを──した。 


(……え?)


 一輝が目にしたのは確かに間違いなく小学生の頃に一緒に見ていた、母親が付けていた日記だった。

 家族で遊んだ、旅行に出掛けた、小学校の運動会、小学校の学習発表会──数え切れない程の思い出が詰まっているこの日記。


 本当ならここで様々な楽しい思い出が蘇り、嬉しさのあまり感極まっていただろう。

 本当ならここで母親を探すきっかけを見つける事が出来て、飛び跳ねる程に喜んでいただろう。


──しかし実際は両方どころかどちらの反応でも無く、一輝はただパソコンに表示されている画面を延々と見つめるしか出来なかった。 


 何故ならその日記は、七年前のゴールデンウイークで更新が止まっていたからだ。


(そっ、そんな……しかもこの日って──)


 一輝は確かに母親に関する情報を得る事が出来なかったのはショックだった。 しかしこの日は何か心当たりがあるらしく、その事に意識が向いていた。


(僕と母さんがキャンプに行く前の日だ……)

 

 すると母親探しに関する現実逃避なのか母親との思い出に浸りたいのか分からないが、一輝は無意識の内に『明日は息子と初キャンプ』と書かれたタイトルをクリックしていた。


「前々から計画していたキャンプがいよいよ明日となりました。 天気も今日と同じく晴天で、行くにはすごくピッタリみたいです。 先程とても楽しみにしている息子の部屋を覗いてみたらもう寝ていました。 はしゃぎすぎて疲れちゃったのか、明日に備えてなのかは分かりません。 でも普段は大人しい息子があんなに元気よくしていたのは珍しかったので前者の可能性が高いです」


 ここまで読み終わった一輝は当時の記憶が甦ってくる。


(そういえばあの時は楽しみ過ぎて落ち着いてなかったような気がする……) 


 昔を思い出して少し懐かしい気持ちになった後、また日記を読み始めた。


「でもあんなに無邪気にはしゃぐなんてよっぽどキャンプが楽しみで仕方がないんでしょう。 昔よりは大きくなって落ち着いたといってもまだ小学五年生になったばかりですからね。 これからどんどん成長していって、中学生、高校生になっても親子仲良く何処かへお出掛け出来たら私はとても幸せです」


 母が楽しみにしていた願いは叶わないまま終わってしまった事に対し、一輝は胸が苦しくなる。   


(母さん……)


 日記はまだ続いている。 これ以上先へ進んでも母親に関する情報が載っていないのはほぼ確実だろう──しかし一輝はそれでも、辛くても、悲しくても、読むのを止めなかった。


「さて、明日はいつもより早起きしないといけないので私もこの日記を書き終えたらすぐに寝ようと思います。 明日のキャンプが全く不安じゃないと言ったら嘘になっちゃいますが、この日の為に色々と調べたり勉強もしましたし、それに沢山寝て元気満タンな息子と一緒ならどんな事もきっと乗り越えられるでしょう」


 そして行数を少し空けてからこう書かれていた。


「息子へ、明日はいっぱい楽しい思い出を作ろうね」


 まるで寝ている子供に囁きかけるような文章を最後に、日記は終了した。


「母…………さ……ん……!」


 必死に堪えていた涙が目から溢れ、頬をつたり、床へ落ちた。

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