夏の始まり その十四
「~~~~っ! やっと解放された感じがするわ~っ」
月下小織は校門から抜けると、その場で思いっきり背伸びをする。 学校という名の閉鎖空間から抜け出せたのが本当に嬉しいのだろう。
「ほんとならこのままファミレスにでも行きたい所だけど──」
「お~~~~~いっ!!」
まだ小織が話している最中にも関わらず、校門の向こう側から大声を出しながら凄い勢いで走ってきているのは赤城光花だった。
「光花ちゃん、教室からすぐ出て行っちゃったからもう帰ったのかと思ってた……」
小織の向かい側にいる清水栄子は光花を見ながら言ってる内にすぐ近くまで迫って来ていた。
それから間もなく校門を通過して止まると、息を切らしながら肩とポニーテールを揺らす。
「ハァ……ハァ……フゥ~! いやー別のクラスに行って他の子と話してたらもう教室に小織と栄子ちゃんがいないから焦っちゃったよ~、あははは!」
光花は息を整えて学生カバンから白のタオルを取り出すと首や手に付いている汗を拭きだした。
「別に普段から一緒に帰るわけじゃないのに今日に限って珍しいじゃない、どうしたのよ」
「いやー、せっかく自由の身になれたんだし今から近くにあるファミレスにでも誘おうと思ってたからさー。 ここにいなかったら一人寂しく行く予定だったよ~」
汗を拭き終わった光花はタオルをカバンへ仕舞うと今度は水筒を取り出して麦茶を飲みだした。
「あら、アタシも行こうと思ってたから丁度いいわね」
「──ぷはぁ!……本当!? じゃあ小織は決定! ということだけどー……栄子ちゃんと教見君はどうするー? もし二人が来たら教見君は女の子三人に囲まれてハーレムだねぇ」
水分補給を済ませた光花は水筒を片付けながら二人に質問をする。 ハーレム云々に関しては津太郎の顔を見ながらニコニコしながら言っていた。
「いや、俺は遠慮しておくよ。 きっと会話に付いて行けそうにもないからな」
教見津太郎はあまり悩む事なく断った。
「物凄くあっさりしてる~! この前の後輩ちゃんについてじっくり聞こうと思ってたのにー!」
どうやらそういう魂胆があったらしい。
「じゃあ私も……遠慮しておこうかな」
栄子も断るが声はいつもよりも低く、笑顔を振る舞ってはいるが何処か影があるようにも見える。
「……」
その様子を見た小織は何も言わず栄子に近付くと何も持っていない右手を掴んでゆっくり引き寄せた。
突然の出来事に栄子は「ど、どうしたの?」と言いつつ驚きの表情を隠せない。
「それじゃあアタシ達三人は今からファミレスに行くわ」
小織は栄子を側に寄せて手を離すと、津太郎にニコリと笑顔を見せつけた。
「でも栄子を一人にするのは不安──」
「安心しなさい、帰る時は三人で栄子の家まで一緒に行くから。 光花も別にいいでしょ」
その後、小織は津太郎の言葉を遮ると同時に説得をする。
いきなり引っ張られた時は慌てていた栄子も、小織の言葉を聞いてから少し微笑んでいるように見えた。
「時間ならいくらでもあるし全然問題ないよー! ていうか栄子ちゃんの家に見た事無いからすんごく興味ある! んふー!」
軽くハイになっている光花は即座に承諾すると、栄子の家に興味あるのか鼻息を荒くしながら目を輝かせていた。
「月下がそう言うなら……それに二人がいるなら安心か。 でもちゃんと彩おばさんに連絡しとくんだぞ。 それに──」
津太郎は少し考えた後、二人に栄子を頼む事にした。
だがそれでも不安を取り除けないのか色々と気を付けなきゃいけない事を助言している。 その姿はまるで妹を心配する過保護な兄みたいだ。
この様子を見た光花は小織の側に寄るとヒソヒソと話しかけてきた。
「前から思ってたけど教見君って何で栄子ちゃんにベタベタなのか不思議だよねー。 あれで付き合ってないっていうんだから謎だよ謎」
すぐ近くにいる栄子は津太郎の話を聞くのに集中しているのか光花の声は耳に入っていないようだ。
「……ほんとね、どうしてかしら」
その言葉を聞かされた小織は二人を見つめながらポツリと言った。
「え~、小織も何も知らないんだ。 知ってるなら聞きたかったのに」
「いつも一緒にいるからって別に栄子の全部を知ってるわけじゃないわ。 それと気になるからって追及は栄子にも迷惑だし止めてよね」
小織はせっかくのファミレスで空気が悪くならないよう先に釘を打っておく事にする。
「そんな嫌われムーブやらないから安心してよー……ねっ♪」
光花は小織を見つめながらウインクをする。 あまり悪い雰囲気にしたくないのか流石に質問責めはしないようだ。
「まぁ……それならいいけど」
それから間もなく助言が終わって別れの挨拶を済ませると、栄子達三人と津太郎はそれぞれ真逆の方向へと歩いていく。
だが歩き始めてから間もなく、まだ若干ながら不安だった津太郎はやっぱり自分も一緒に行けばよかったと少し後悔していたが今となっては遅かった。
◇ ◇ ◇
津太郎は一人黙々と家に向かって歩いていた。
一度だけ栄子はどうなっているのか気になって電話をしようかと考えた事もあったが、流石にそれは向こうの三人にも迷惑と思った津太郎はスマートフォンをポケットの中に片付ける。
栄子の家の前に来ると一応、清水彩に報告しておいた方がいいんじゃないかとインターホンのボタンを押す──しかし家からの反応は無かった。
何処へ出掛けているのかは分からないが、報告する為だけに門扉の前で待っているのも仕方ないので大人しく帰る事にする。
それから特に何も起こる事は無いまま家に着くと早速玄関のドアを開けた──が、ある異変に気付く。
何故か冷房特有の冷えた心地よい風がドアの隙間から入り込んできたのだ。
(母さん、電気代節約するからって朝はエアコンつけないって言ってたのに……)
どうしてとは思ったものの、そこまで深い意味は無いだろう──津太郎が気にする事を止めて家の中に入ると、玄関先には見知らぬ高級そうな黒のブーツが一足置かれてあった。
「……!?」
これには流石に驚かずにはいられず、危うく声を漏らす所だったが歯を噛み締めて何とか堪える。
(これ、誰の靴?)
津太郎は帰って来た後の挨拶もせず開けたドアを音を立てないようゆっくりと閉めてから、その場で立ち止まって靴を見つめる。
少なくとも津太郎はこのような足首の部分に固定する為のベルトが装着してある黒のブーツは持っていない。 かといって親の私物の可能性は〇パーセントといってもいいだろう。
(本気で全然分からん……誰か親戚の人でも来てるのか? でもこんな靴を履く人なんかいたっけ)
津太郎がブーツを見つめたまま考えていたらリビングの方から何やら話し声が聞こえてくる。
「ごめんなさいねぇ、津太郎ったらまだ帰ってこないのよ~。 とりあえずこれでも飲んでてね」
「えっ、あっ、すみません……」
一つの声は間違いなく母親の教見美咲だが、もう一つの声はまだ若そうな男性の声だった。
(男の人?──ってこの声どっかで聞いた事あるような……)
頼むから知ってる人であってほしいと祈りつつ津太郎はとりあえずリビングへ向かった。
「た、ただいま──ん?……えっ!?」
津太郎が少し緊張気味にリビングへ入ると白のソファーに座っていたのは黒髪に黒の瞳、中学生ぐらいにしか見えない幼げな顔立ちをしている東仙一輝だった。
服も上は麻で作られた白のシャツ、下は麻で作られた黒の長ズボン、そして白の靴下を履いている。
「あっ! 久しぶり──じゃなくて……こっ、こんにちわ、津太郎君!」
一輝はソファーから立ち上がると津太郎に頭を下げて挨拶をするが、若干緊張しているように見える。
「お、おう……こん……にちわ」
あまりの突然の事に心の準備が出来ていなかったとはいえ、最初の挨拶は何処かぎこちなかった。
せっかく約一ヵ月ぶりに会えたというのに、二人の間には微妙な空気が流れていた。




