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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
四章

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四話 夏の始まり その一

 二〇XX年 七月中旬。


 その日は平日という事もあり、教見津太郎きょうみ しんたろうのスマートフォンから目覚ましのアラームが部屋全体に届くような大音量で鳴り響く。


「あっつい……それとセミ……」


 しかし津太郎は既に起きていた──というより暑さに我慢出来ず起きてしまっていたという方が正しいだろうか。


 弱い風に揺れ動くカーテンから漏れる強い日差し、そして薄っすら遠くの方もはっきり見える美しい青い空。

 何よりアラームの音よりも大きな蝉の元気な鳴き声が一定の間隔で聞こえてくるのは、今が夏だという事を嫌でも伝わってくる。


 だが津太郎は冷房をずっと稼働させたまま寝る事はあまりしないようにしている。


 教見美咲きょうみ みさきから「電気代が勿体無いし、どうしても暑苦しくて寝れない時以外は我慢しなさい」と言われたというのもあるが、一番の理由は単純だが風邪を引かないようにするためだ。

 もし冷房が原因で津太郎が風邪を引いてしまえば清水栄子しみず えいこを送り迎えする事が出来ない──それだけは絶対に避けたいと考え、暑いのは辛いが何とか耐えている。


 夏用の触るとひんやり冷たい掛け布団やシーツを使ってはいるが、この時期は無いよりマシというのが津太郎の中での正直な意見だ。


「はぁ……早く冬にならねぇかな」


 私服の黒の無地Tシャツと黒の短パンを寝間着として使っている津太郎は、暑さについて愚痴りつつベッドから降りると夏服に着替えて一階へ向かう。


 水面所で歯磨きや洗顔を済ませた後、リビングへ行くとそこには無地の白シャツの上に赤色のエプロンを身に付け、青のジーパンを履いている美咲の姿があった。


「おはよう津太郎。 今日も朝から暑いわね」


 美咲は朝食の準備をしながら津太郎に挨拶をする。

 朝早くから様々な家事をこなすのに動き回っているのと、気温の高さが原因で額には汗が少し見えている。


「おはよう母さん。 こんなに暑いのが毎日続いてるともう学校行くのが嫌になるよ……」


 津太郎は片方だけ網戸の状態にしている窓から外を見つつ日差しの暑さを再確認しながら言う。

 母さんもそんなに暑いならエアコン付けたらいいのに、と思ったが口には出さないでいた。


「もうすぐ期末テストの結果が分かるんだし、暑いぐらいで学校休まないでよ?」


「いやいや小学生じゃないんだから休まないって……あーでもテストの方はそろそろ返ってきてもおかしくはないと思う」


 美咲に赤点を取らないよう言われてから十日以上過ぎたが、この間に学生なら誰も避けては通れない期末テストが行われていた。

 栄子に色々と教えてもらったおかげで赤点自体は回避したと思っているが、やはり実際にテスト用紙を見るまでは落ち着かない。


──ただ、テストの結果の他にも気になっている事はあった。


(結局、あれから来なかったな)


 東仙一輝とうせん いっきと口約束を交わしてから今日まで、どのタイミングでも津太郎の家に来てもおかしくはなかったが結果的に向こうから訪れる事は無かった。

 特にテスト真っ最中の朝に家に来ていたら、どうして大事な試験中にも関わらず学校をサボって家に来ているのか質問責めに遭うのは間違いなかっただろう──そういう点では来なくて本当にホッとしている。


「そんな暇そうに外を眺めてるぐらいなら自分の使う食器とか用意でもしたらどう?」


 外を眺めたまま立ち尽くした状態でいる津太郎に対し、美咲は朝食の準備を手伝うように指示をする。


「へっ?──あ、ごめんボーっとしてた……えーっと、何て言ったの?」


 我に返った津太郎は台所にいる美咲の方へ顔を向け、やる気の無さそうな声を出す。


「……朝から暑さにやられたんじゃないでしょうね──まぁいいわ、とりあえず自分の分だけでも箸とかコップの用意をしなさい」


 美咲は気の抜けた返事に不安を感じながらもう一度指示を出すと、津太郎は言われた通りに動き出す。

 ついでに炊飯器から茶碗にご飯を乗せたり麦茶の入った水筒みずつつを冷蔵庫から取り出し、テーブルまで持っていく。


 終わってやる事が無くなった津太郎はテーブルの手前にある椅子に座って、何となくリビングにあるテレビでニュースを見ていた。


 今報道されているのは最近の若者達の間で流行っている飲食店でのイタズラ行為をSNSに上げるという行動に関しての内容で、編集された動画が終わるとコメンテーター達が自分達の意見を熱く語っている。


 こんなイタズラやって何が面白いのか全く分からないと思いながらずっと見ている内に今やっている特集が終わると、すぐ次のニュースへ移った。


「続いては、自殺をする人が年々増加している事に関しての特集です」


 髪を薄茶色に染めている女性アナウンサーがカメラに目線を向けて言う。


「十年前をピークに徐々に減少していた自殺した人の数ですが、ここ近年再び増加傾向にある模様です。 特に十代から三十代の世代が増えており、原因の一つとして将来の不安があると考えられていますが──」


 その後もアナウンサーは淡々と原稿を読み続け、終わると同時に

隣にいる黒のスーツを着た男性キャスターはコメンテーター達のいる右の方へ全身を向ける。

 そして一番左側に座っている薄毛が目立つ五十代ぐらいの男性コメンテーターにどのような意見があるか尋ねると、男性は口を開いた。


「その、今はどうしてもインターネットやSNSを使って思っている事を好きなだけ吐き出せる時代ですから、辛い、悲しい、といった後ろ向きな発言だけを鵜呑みにしてしまい、不安ばかりを感じてどんどん自分を追い詰めてしまう人達が増えているのかもしれません。 やはり負の感情というのは見る人読む人に強烈な印象を与えてしまいますから、記憶にも残るんでしょうね」


 男性が言い終わると、今度は真ん中に座っている二十代前半のギャルみたいな見た目をした女性が緊張しながら話し始める。 


「ホントこういうニュースって嫌になるわよねぇ。 この辺りでも最近あったじゃない、こういう事件」


 美咲は朝食の惣菜が乗っている皿をテーブルに置きながら放送している特集について反応した。


「うん……」


 六月の終わり頃、津太郎が偶然にも見かけた中年男性が自室から飛び降りそうになった事件。


 その時は何とか男性達のおかげで飛び降りを防ぐ事が出来たものの、次の日の朝に津太郎の家から徒歩で十分ぐらいの所にある公園の木々の中で首を吊っている姿が目撃されていた。


 津太郎の家からそこまで離れていない所で起こったという事もあり、何処に住んでいて何処で自殺したのかが人から人へ、噂話としてあっという間に町中で広まってしまう。

 津太郎自身も学校から帰ってきた時に美咲からその事を伝えられ、流石にこの時は驚きを隠せずにいた。


 ニュースとして報道されてから少しの間、亡くなった人が住んでいたマンションの入り口付近に警察や報道陣の人達が陣取っていて、学校へ向かうのにその道を通らないといけない津太郎と栄子にとっては非常に居心地が悪く、あまり良い気分ではないものの我慢するしかなかった。


 ただ、今はもうそのマンションには警察も報道陣もおらず自殺した人のニュースも一切されなくなり、学校で話題に出る事も無く完全に終わった事件として扱われている。


「学校での騒動が落ち着いたと思っていたらまたこうやって事件が起きるなんて……今年は本当に異常よ、二時間サスペンスドラマじゃないんだから」


 美咲は台所で使い終わった調理器具を洗いながら言う。 だがこういう事が起きているからこそ平和のありがたみが分かるのかもしれない。 


「まぁ、確かに……」


 少し前から頻繁に色々な事に巻き込まれている津太郎は、美咲の発言に納得せざるを得なかった。


「最近色々あって物騒な事は変わりないけど、それを言い訳にテストに集中出来なかったとか言うのは無しよ? 他の皆も条件は一緒なんだから」


(いや全く違う──あ、でも他の人も俺が知らないだけで色々と苦労とかしてるかもしれないし、自分だけ特別扱いするのもおかしいか……)


 津太郎は頭の中でそう言い聞かせると、冷たいお茶を飲んでから美咲の問いに返答をする。


「テスト中は動揺してないし集中出来てたからそこは大丈夫だって。 せっかく栄子に教えてもらったのに赤点取ったら申し訳ないし」


 今日までの間、一人で勉強するには限界があるとすぐに感じた津太郎は栄子に登下校中や休み時間、昼休みだけでも色々と勉強を教えてもらっていた。


「とっても賢い栄子ちゃんに勉強を教えてもらって良かったじゃない。 まぁテスト関係なく毎日してくれても私としては助かるんだけど──そうね、今すぐにでも彩ちゃんにお願いしとこうかしら」


 途中までは声のトーンが普通だったのに最後の所だけやたら低く、本気なのかと疑ってしまう。


「そ、それは本当に勘弁して……いやマジで」


 ようやくテストから解放されたのにまた勉強するのは本当に嫌だった津太郎は即座に否定する。

 美咲が食器を洗い終わって二階の掃除をする為にリビングから出ると、一人になった津太郎はようやく朝食を食べ始めた。


「行ってきます」


「行ってらっしゃい」


 それから学校へ向かう準備をした津太郎は、美咲といつも通りの挨拶を済ませて外へ出る。


「うっわ、あっちぃ……」


 通学路に出ていきなり襲い掛かってくる太陽の強い日差しに思わず右手を上げて日を遮る。

 そのまま軽く空を見上げると、夏が始まったんだなと津太郎は改めて実感した。

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