遭遇 その26
教見津太郎は今までずっと会いたかった東仙一輝を目の前にし、バレないよう奥歯を噛み締め、驚きを隠すので精一杯だった。
教見美咲からすれば一輝は何処にでもいる高校生ぐらいの青年にしか見えていないだろう。
美咲よりも低い身長に、あどけなさが残るその顔は何も聞かされていなければ中学生と勘違いされてもおかしくないぐらいだ。
津太郎からしても見た目だけなら同じように判断していた──しかしその中身は出生、出身、年齢等々、全てが謎に満ちた得体の知れない存在である。
油断は出来ないが、運動場の時同様に危害を加えそうな気配は無いのは数少ない救いだった。
「東仙君はもう私服に着替えてるみたいだけど、学校から家まで近いのねぇ。 うちは微妙に遠いから津太郎が羨ましがってたでしょ?」
教見美咲としてはなんて事の無い冗談交じりの言葉だったのだが──。
「えっ!? えーっと……学校……から家は──」
一輝はどうすればいいのか困っている。
少しでも何か情報が欲しくて周りを見渡すも、辺りは壁と家の二階部分ぐらいしか確認出来ずにいた。
「えーっと……あ、もしかして知らない人と話すのはちょっと苦手だったりする?」
一輝の方から答えが返ってこないまま時間が過ぎてしまい、気まずい雰囲気になってしまったと思った美咲は気を遣う。
「そ、そうなんだよ。 とう……一輝は軽い人見知りな所があるから、初めて見る人の前ではこんな感じなっちゃうんだ」
津太郎が割り込む形で一輝のフォローに入る。
本当かどうかも分からず失礼な事を言っている自覚はあるが、余裕が無い今の状態で他に気の利く言葉が見つからなかった。
「後、家は学校から歩いて五分ぐらい……だよなっ!」
津太郎は一輝の方へ仲良さそうな態度を取りながら顔を見ると、アイコンタクトで『話を合わして下さい!』と訴えかける。
「──! う、うんっ! さっきも津太郎君、ゆっくり出来て羨ましいとか言ってたよねっ!」
「っておい! それ言うなってっ!」
津太郎の意思が通じたらしく話は合わせてくれた──しかしお互い肩に力が入り過ぎて何処かぎこちないようにも見える。
美咲としては、ただの会話なのにどうして二人が凄い張り切っているのか不思議だった。
とはいえ初対面の一輝は人見知りである事を知った美咲は、あまり追及して気を遣わせるのも悪いと思い、これ以上はやめておく事にする。
「……まぁ仲良いのはいいことだし──東仙君、これからも津太郎を宜しくね」
一輝に美咲は優しく微笑みかける。
「は、はい!」
発言からして、どうやら美咲は一輝が津太郎の学校の友人だと認識してくれたらしい。
「それにしても私服に着替えてここまで来てるのは、何処かへお出掛け中?」
「まぁそんな感じ。 俺も一人で帰るの退屈だったし、丁度いいと思って一緒にここまで来たんだよ」
一輝の代わりに津太郎が答える。だが念には念をと栄子の事はここで口にしなかった。
「じゃあ私がいつまでもここにいたら東仙君の邪魔にもなるし、そろそろ家に帰ろうかしらね──あ、そうだ。 今すっごく暑いし、喉渇いたでしょ?」
美咲が左手に持っている白のビニール袋の中に右手を突っ込むと、袋特有の音を立てながら何かを探している。
色々な雑貨が入っているのか探すのに少しだけ手間取るも、袋の中から一本のペットボトルを取り出した。
「東仙君、はいどうぞ。 さっきスーパーで買ったばかりでまだ冷えてるから安心して」
そう言いながら一輝に差し出したのは津太郎の好物でもある赤のラベルが貼られた中身が黒色の炭酸飲料だった。
「あっ、いや……でも……」
「大丈夫大丈夫、家にまだ何本かあるけど安かったからとりあえず買っただけだし」
「──あまり謙虚過ぎるのも印象悪くなるし、ここは素直に受け取っておいた方がいいんじゃないか?」
津太郎が美咲の後押しをすると、一輝は申し訳なさそうな顔をしながらペットボトルを受けとる。
「す、すみません……ありがとうございます、頂きます」
一輝はありがたみを噛み締めつつ頭を深々と下げた。
(なんかこの感じ、新田さんを思い出すな……)
手に持ったペットボトルを見ながら少し前に色々と親切にしてくれた新田浩二の姿を思い浮かべる。
「……東仙君、ジュースをニコニコしなからじーっと見つめてるけど、そんなに嬉しかったのかしら?」
美咲は自分の世界に入っている一輝を見ながら、隣にいる津太郎にしか聞こえない程の小声で話し掛ける。
「……多分」
津太郎も何を考えているのか実際の所はよく分からないので曖昧な返事しか出来なかった。
その後、津太郎がもう少し休憩してるから先に帰ってていいと伝えると、美咲は一輝に軽く別れの挨拶を済ませ、一足先に家の方に向かって歩いていく。
二人は美咲が遠くに離れていくまで見送ると、何とかやり過ごせた事に安堵して津太郎は溜め息を吐く。
「──さっきはすみませんでした。 何か急に馴れ馴れしく話しかけてしまって……」
津太郎は再び敬語で一輝に話し出す。
「あ、いえいえ。 僕は全然大丈夫ですから」
少し会話を交わした後、二人は顔を合わせずにいた──これからどうすればいいか分からず気まずい沈黙が続く。
(いやいや、ここで運動場の事を聞かなくてどうするんだ!)
(母さんを探す為にこの人と会ったのに……こんなんじゃ駄目だよね)
それぞれ考えは違っていても、自分から積極的に行動しなければいけないという思いは一緒だった。
「「あのっ!」」
お互いが真剣な表情で顔を合わせた後、また二人は同じ言葉を同じ瞬間に発する。
「……あー、えーっと、そちらからどうぞ!」
津太郎は遠慮して一輝へ発言権を譲る。
「ぼっ、僕は後でいいので先にどうぞ!」
しかし一輝もまた津太郎へ譲ろうとした。
互いが互いを譲り合い、平行線が続いてしまって次へ進めない状態となっていた──が、津太郎が先に動き出す。
「えっと……とりあえずお互い敬語で話すのを止めにしま──しない? ほら、さっきは母さんの前だから合わせるようにしてもらったけど……これからはそういうの関係なく……さ」
このままでは何も解決しない、何も終わらない──そして何も始まらないと感じた津太郎は自分から一歩踏み出す。
(加賀も言ってたよな──現時点で出来る事のベストを尽くさないのが一番怖いって……その気持ちが今なら凄い分かる)
津太郎は加賀愁と二人で学校の中を歩いていた時に言われた事を思い出していた。
「そ、そういう事でしたら──じゃなかった……! そういう事なら……教見さんの言う通りにするね……」
一輝もまた、津太郎から信用してもらうように歩み寄る──ただ、それ以外にも別の思いがあった。
(コルトが言ってた、何もかも一人で抱え込むなという気持ち……この人なら色々と打ち明けられるかもしれない──いや、違う……打ち明けないと何も変わらないよね)
山の中に転移し、コルトルト・ブルーイズに手を握られながら言われた出来事が脳裏に浮かぶ。
「さっきみたいに下の名前で呼んでくれて全然大丈夫だから。 俺もまだ人の事言えないけど、もっと……その、気楽に話し合おう」
「う、うん……じゃあ僕の事もさっきみたいに呼んでもらって大丈夫だから──えーっと、津太郎……君は今、何歳?」
ほぼ初対面に等しい二人が、いきなり仲の良い友達のように気さくな会話をするのはなかなか難しかった。
「俺は十六歳で、今年十七になるけど……」
津太郎はいきなり歳を聞かれて見た目とは裏腹に実は年上で、年齢に関する上下関係が厳しい人なのかと思った。
「あ、じゃあ僕と同じだね……! それ聞いてちょっと安心したかな」
一輝は先程よりは話し方に硬さが無くなり、表情にも余裕が生まれる。
「え? どうして?」
「もし僕の方が年上だったら、自分が……こう、話をリードしないといけなくなるのかな~とか、津太郎君が僕に気を遣って敬語で話すかも……とか考えてたんだ」
同い年ならそういう気遣いも必要ないと感じて安心したのだろう。
「あー、なるほど。 そう言われてみれば同い年と聞いて気が楽になるのも分かる気がする……ちょっと気構えが無くなるというか」
「うん、ほんとそんな感じ」
お互いの年齢を知り、軽く話をしただけでぎこちなさも少しだけ無くなっていた。しかし二人はまだそれに気付いていない。
津太郎は一輝が手に持っているペットボトルを見て、カバンの中から月下小織に買ってもらった同じ種類のジュースのペットボトルを取り出す。
「よし、せっかくだし一緒に飲もう」
「え?」
津太郎が唐突に言い出した事に一輝は戸惑う。
「一輝がさっきから持ってる冷たいジュースもそのままだと温くなるし、俺も喉渇いてたから飲みたくてさ」
このままだと遠慮して美咲から貰ったジュースを飲まなそうと思った津太郎は、同じ事をして一輝にも気楽に飲んでもらおうと考えた。
勢いのまま赤のキャップを開けた後に津太郎は「遠慮せず開けなよ」と言ったら、一輝も同じようにキャップを開ける。
「えーっと、それじゃ……乾杯」
津太郎は飲んでいいよという合図のつもりで、少し照れながら一輝に向かって言う。
「あ、その……か、乾杯」
一輝も、ありがとうございます、いただきますという意味を込めて津太郎に向かって同じ言葉を言う。
その後、何も言わず二人はペットボトルをジョッキのように当てた。




