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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
三章

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遭遇 その25

 自殺未遂事件のマンションから清水栄子(しみず えいこ)の家に向けて出発した後、月下小織(つきした こおり)は明らかに不機嫌だった。

 教見津太郎(きょうみ しんたろう)は機嫌が直るかどうかは分からないが、あの時どうすればいいのか無我夢中だったり、それからも色々な事が起こり過ぎて記憶が曖昧になっていた事を懸命に説明する。


 津太郎が真面目に事情を説明する姿を見て、小織も何とか自分のモヤモヤする気持ちを落ち着かせる。


 小織自身も津太郎があの時、無我夢中で行動してくれてた事は頭の中では分かっていた。

 しかし家まで付いてきてくれてたあの日の出来事は二人だけの思い出と思っていたのに、津太郎が覚えていなかった事に対して自分だけ浮かれていたような気がして、小学生みたいな態度を取ってしまう。


 ただ、いつまでも子供みたいに拗ねているのも自分らしくない。

 それにせっかくの二人きりで、いつまでも不機嫌なのは勿体無いと考えて普段通りに接する事に決める。


 津太郎もようやく機嫌を直してくれた小織を見て一安心した。

 しかしジュースを買ってあげた事がそこまで印象深い出来事なのか、津太郎にはあまりピンと来ていなかった。

 一応聞く事も可能ではあるが、これ以上余計な発言をしてまた不機嫌にさせる訳にもいかないので止めておく。


──歩き始めてから数分後、目的地である栄子の家に着く。

 あまりの暑さに津太郎の夏服は背中の部分が汗で湿っているように見え、小織も歩いて暑くなったのかカバンの中に入れていた青のラベルが貼られた黄色の炭酸飲料を飲んでいた。


「ふぅ……もう栄子も待ちくたびれてそうね──さ、早く中へ入りましょ」


 小織は白のキャップを使ってペットボトルを閉めるとカバンに片付け、重苦しく感じてしまう門扉(もんぴ)にあるインターホンを押そうとする。


「俺はここまででいいよ。 これ、頼んでいいか?」


 津太郎は肩に掛けたカバンから預かったノートとプリントを取り出すと、小織の方へと差し出す。

 小織はインターホンを押すのを止め、横にいる津太郎の方へと振り向く。


「別にいいけど……なんか意外ね。 てっきり栄子の顔でも見たいと思ってたから──それとも遠慮でもしてるの?」


 意外というのは別に皮肉でも何でもなかった。

 いつも一緒にいる相手の体調が良くなったと聞いたのだから、一目だけでも見て安心したいという気持ちが出てきてもおかしくはない。


「別に遠慮っていうわけじゃないけど、単純に月下がいるなら俺はいらないなと思って」


「……栄子はアタシよりも教見に会いたいと思ってるわよ」


 小織は小声で呟いた後、差し出された物を受け取ってから今度こそインターホンを鳴らす。


「あの~! ごめんくださ〜い、月下小織でーす! 栄子さんのお見舞いに来ました~♪」


 そしてマイクに向かい、先程とは真逆の高い声で元気良く挨拶をした。


「さっきなんて言ったんだ?」


 小織が言い終わるのと同時に津太郎はまた聞いてみる。


「栄子のパジャマ姿を見れなくて後悔するわよ──って言ったんだけど?」


「パ──!?」 


 津太郎がパジャマ!? と言いそうになった所でマイクの方から清水彩(しみず あや)の声が聞こえてくる。


「津(しん)ちゃん、コーちゃん、いらっしゃ~い♪ そっち開けに行くからちょっと待っててね~♪」


 そう言ってから間もなく門扉から十メートルほど離れた所にある家から彩が出てくる。

 今は家事をしてなかったのか、いつもの白い割烹着ではなく下は黒のジャージで上は白のTシャツの格好だった。

 

「おまたせ~!」


 彩がそう言いながら笑顔で門扉の前へ来ると、カードキーを使って鍵を開ける。


「栄子から話は聞いてるわ♪ ささっ、入って入って!」


 家の中へ入る手振りをする彩を前に小織は門扉をくぐる──が、津太郎はその場に立ち止まっていた。


「あら? 津ちゃんは家に入らないの?」


 微動だにせず小織と彩の方を見続ける津太郎を気にかける。


「今日は月下がいるんで俺はもう帰ろうかと──あの、栄子の体調は良くなったとはさっき聞いたんですが明日から学校、大丈夫そうですか?」


 夜に連絡しなくても済むように、聞ける事は今のうちに聞いておく事にした。


「栄子ならもう大丈夫そうよ~。 一応コーちゃんが来る前に熱計ってみたけど平熱のまんまだったし、食欲もあって元気そのものだもの~♪」


 彩は栄子の体調が良くなった事が嬉しいらしく、見ている方も釣られて笑顔になってしまいそうな程の微笑みを見せる。


「──それを聞いて安心しました。 じゃあ明日また迎えに行きますので」


 津太郎は別れの挨拶のつもりで頭を下げる。


「う~ん、まぁ無理して引き止めるのも悪いし~……じゃあまた明日から宜しくね、津ちゃん♪──あ、そうだ!」


 急に何か思いついた彩は笑顔のまま津太郎の側へ近寄る。ただ、その笑顔には何か企みを含んでいるように感じた。


「ど、どうしました……?」


 突然の接近に津太郎は少し戸惑う。


「栄子の可愛らしいパジャマ姿の画像、後で美咲(みさき)ちゃんに送っとくわね♪」


「それは絶対に止めてください」


 この後に津太郎はそんな事されたら母に何を言われるか分からないと言葉を付けたし、フリではなく本当にしないよう頼み込むと彩は仕方なく承諾した。

 話も一段落したところで帰る事にした津太郎は挨拶を済ませると、二人に見送られながら栄子の家を後にする。




   ◇ ◇ ◇




 雲や日陰といった逃げ場所も無く、周りは家を囲う壁しかない一本道。

 今のところは津太郎以外に人も見えず、車も走っていないその道は自分の呼吸する音が聞こえるぐらいとても静かであった。

 だが、そんな道を歩いていると地面の熱気を下から──そして上からは相変わらず容赦なく日差しが襲い掛かってくる。


 今こそ暑さに対抗すべく小織に買ってもらったジュースを飲むべきだと感じた津太郎は、早速カバンから取り出そうとその場に立ち止まった──その時だった。


 何の前触れもなく津太郎の目の前の地面の一部が白く光りだす。

 そして光の部分を囲うよう数メートルにも及ぶ円が浮かび上がる──この非現実的な光景を前にした津太郎は、ただ茫然と立ち尽くすしかなかった。


(なっ……!)


 何が起こっているのか分からないこの状況に頭の中で整理が出来ず、言葉が浮かばない。

 ただこの未知への恐怖、そして日常が非日常に変わっていく感覚を津太郎は身体ではなく脳が覚えていた。


 ほんの一瞬であるが、空に現れた魔方陣や黒い穴が津太郎の頭の中をよぎる──あの二つを見た時に嫌という程に味わったあの感覚が再び甦ってくる。


 そして突然、光の中に残像のようなものが映し出されると地面に描かれていた円は瞬く間に消えた。

 だが、津太郎が一番驚いたのは次の瞬間だった──何故なら、僅か数秒前まで誰もいなかった筈の場所に人が膝を地に着けた状態でいたのだから。


 顔は下に向けていて見えないが、身長は低めに感じる。

 髪色は黒で、ジャケットを着用しており下に履いているのも黒の長ズボンで全体を通して黒づくめのその姿は、この時期にしては暑そうだ。


「あれ? ここ何処だろ──もしかして失敗……」


 真正面にしゃがみ込んでいる青年が急に声を出すと同時に顔を上げた途端、津太郎は目を合わせてしまう。


「「あっ」」


 二人から咄嗟に出た言葉は偶然にも全く一緒だった。

 違うのは上から見るか、下から見るか、それぐらいだろう。


 そのままお互いが話しかけようとしないまま無言の間が続き、津太郎はただ見るしか出来ない。


──しかし、この青年の幼げさを残しながらも整った顔を津太郎は初めて見たような気はしなかった。

 だが僅か一分の間に起こった事がまだ頭と心の中で整理が出来ておらず、思い浮かべるのは非現実的な現象の事だけで人の顔は全く出てこない。


 どうしようと悩んでいる内にも沈黙は続く──が、先に口を開いたのは青年の方だった。


「あ、あのっ! いきなりですみませんが──教見津太郎さん……でしょうか……?」


「はいっ?」


 出会ったばかりの人にいきなり名前を一文字も間違えず正確に言われてしまい、津太郎は混乱する。

 偶然当たった可能性なんてそれこそ携帯電話の暗証番号を一回で当てるより低く、〇パーセントに等しいだろう。


「あの~……?」


 青年が不安そうに津太郎を見つめてくる。質問の答えが当たっているか不安なのだろうか。


 しかし津太郎は素直に、はいそうですと答えたくなかった。

 このまま何も答えず後ろに向かって逃げる事も考えたが、足がまともに動くのか不安だった上に逃げようとした事によって何をしでかすか分からない。


「いっ、いいえ! 違いま──」


「津太郎じゃない。 こんな所で何してるの……ってあら? 前にいるのはお友達?」


 後ろから声を掛けてきたのは教見美咲(きょうみ みさき)だった。

 手にはレジ袋を持っており、買い物帰りに偶然見つけたのだろう──ただ、出会うタイミングは最悪だった。

 津太郎としては否定してその場を立ち去りたかったのに、青年の前で思いっきり名前を呼ばれたらそれはもう答えを言われたのも同然だ。


「ぼ、僕は他人です……」


「は? 何言ってるのよ。 母親が実の息子の顔を間違えるわけないじゃないの」


 津太郎の苦し紛れの嘘のせいで青年に誤魔化しきれない量の情報を与えてしまい、もうこれ以上は何を言っても駄目だろう。


「じょ、冗談だってっ! あははははっ……俺らはまだここで話してるから先に帰ってていいよ!」


「冗談ってどんな冗談よ。 まぁいいわ、盛り上がり過ぎて近くの家の人に迷惑かけないようにね」


 美咲がそう言うと、津太郎の前を通り過ぎて既に立ち上がっていた青年の側に近寄る。


「えーっと、初めまして──で合ってるかな? 津太郎と同じ学校のお友達なのよね? お名前は何て言うのか教えてもらっていい?」


 津太郎の時とは違い、爽やかな笑顔を見せつけて優しく問いかけた。


「はっ、はい! 僕の名前は東仙一輝(とうせん いっき)と言います!」


(東仙一輝……!?)


 一輝が自分の名前を緊張気味に言った瞬間、津太郎は運動場で出会った時の顔を思い出す。


(そうか、だから初めて顔を見たとは思えなかったんだ……! でも、どうして今頃になってここに……?)


 もしも津太郎が学校で待たなければ、マンションで小織と話さなければ、栄子の家に行っていれば、こうして一輝と遭遇する事は無かっただろう。

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