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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
三章

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遭遇 その24

 そして放課後──突然の梅雨明けのおかげもあって雲一つ無く、まだ昼間かと勘違いしてしまいそうになる程に明るい日差しはとても強い。

 しかし急激な気温上昇により、暖かく気持ちいいというよりは暑くて不快という人の方が圧倒的に多いだろう。

 授業が終わって学校から外に出ていく生徒達も手で顔をあおいでいたり暑い暑いと愚痴ったりしている。


 外にいる人達が暑さに苦しむ中、まだ教室にいた教見津太郎きょうみ しんたろうはクラスメートの女子から今日一日分の授業を書き写したノートを預かる。

 そして次は職員室へ向かうと、担任からは今日配ったプリントを手渡された。


 これは今日休んだ清水栄子しみず えいこの家に持っていく物で、両方とも学生カバンに入れたのを確認したら早歩きで校門へ向かう。


「悪い、待たせたな。 でもこんな暑い時にわざわざ日の当たる所で待たなくてもよかったんじゃないか?」


「別に問題ないわ。 こっちも丁度いいタイミングだったし──それにアタシが教室で待ってたらわざわざ職員室から戻らないといけないじゃない、そっちの方が時間の無駄よ」


 校門を抜けた所で月下小織つきした こおりが強い日差しを気にすることなく澄ました顔でスマートフォンをいじりながら待っていた。

 津太郎が来ると手に持っていたスマートフォンをコンクリートの上に置いていたカバンの中に入れ、持ち上げる。


「まぁ……確かにそうだな。 それはそうと丁度いいタイミングっていうのは?」


「──ん? あぁ、栄子に今から家まで行くってSNSで連絡してたのよ。 流石に何も言わずに行くのは失礼だしね」


 見た目は派手な方なのにこういう所は律儀なんだなと思わず言いそうになったが、何とか堪える。

 言えば間違いなく怒らせる上に何をされるか分からない。


「健斗みたいに痛い目を見たくないしな……」


 今朝の光景を思い出して思わず顔を横に向け、小声で呟く。


「え? なんか言った?」


「い、いやなんでもないっ!」


 別に聞かれても問題ない筈なのに、本能が危険を訴えているのか反射的に大袈裟な反応をしてしまう。


「何か怪しいわね……まぁいいわ、早く行きましょ。 さっきも『熱なら昼過ぎに下がったよ♪』ってすぐ返事が来たし、栄子もずっと寝たきりで退屈に違いないわ」


 熱が下がったという言葉に津太郎は胸を撫で下ろす。


「そうか、体調が良くなったのか……よかった」


 つい無意識の内に微笑む津太郎を見た小織は無言で反対側へと振り返る。


(あの後アタシが熱下がったって連絡したとしても……こんな風に喜んで──くれたのかしら)


 もしも過去に戻れたら試してみたい。でも違っていたら怖い──純粋に心から心配してくれる栄子の事が少しだけ羨ましい小織だった。




   ◇ ◇ ◇




 二人が学校を出てから数分後、津太郎にとってはあまり思い出したくない通り道を通過しなければならなくなった。


 真ん中に白線が引かれておらず、対向車同士がすれ違う時はお互いがギリギリまで避けて何とか当たらずに済む程の狭さの道路。その横には二人ぐらいなら横に並ぶ事が出来る歩道がある。


 周りに色々な形をした家や集合住宅が並んでいる中、五階建てのマンションが存在する通り道──そう、それは今日の朝に津太郎が飛び降り未遂事件と遭遇した場所だ。

 結局あれは何だったのか何も分からず終わっていた為、気になっていた津太郎は昼休みにスマートフォンを使って調べていた。


 するといつも見ているニュースサイトに事件の記事が載っており、飛び降りようとしていたのは年齢四十三歳の会社員だったらしい。

 外の騒ぎに気付いた同じマンションに住んでいる大家が男性の部屋の合鍵を使って開け、他の住居者達三人が協力してベランダにいた男性を取り押さえたという。


 鍵を閉めたから誰も入ってこないと思い込んでいたのと、興奮状態で周りが見えておらず背後から近づいてきているのが全く分からなかった可能性が高い。


 もしも警戒して鍵以外にもチェーンを掛けてドアが開かなかったり、音に敏感で背後から人が来ているのが分かったとしたら、結果は大きく違っていた可能性は十分にある──コンクリートで作られた地面が、血の海で染まる凄惨で残酷な結末に。


 そんな結果を回避出来た今、狭い道を塞ぐ程に人が溢れて大騒ぎしていた朝とは違って道路を走る車の音しか聞こえず、道端を歩く人もあまり見かけない。

 津太郎自身、自殺未遂事件さえなければ今日も特に意識する事もなく歩いていただろう。


 二人が他愛ない会話をしながらそのマンションの横を通過しようとした時、津太郎はつい立ち止まってしまう。

 朝にいた警察官達やパトカーの姿も見られず、男性がいたベランダにも人は勿論いない。


「どうしたのよ、急に立ち止まったりなんかして」


 この事件を知らない小織には、どうして津太郎が急に歩くのを止めたのか不思議でならないだろう。


「あー……実は今日の朝、ここで男の人が飛び降りそうになってたんだ」


 言った後、津太郎は最上階の男性がいたベランダに人差し指を向けた。


「はぁっ!?」


 津太郎の口から出てきた予想外の言葉に小織は驚き、勢いのまま大声を出してしまった。


「そ、それで……どうなったのよ……!」


 小織は現場となったマンションを津太郎よりも見渡し、その後の事を恐る恐る聞いてみる。


「俺も下から見ててヒヤヒヤしたけど、ここの住人の人達が何とか未然に防いでくれてさ」


 ベランダの背後から男性が取り押さえられた後にすぐ警察が来た事と、ついでにこの事件のせいで学校は遅刻しそうになった事も説明した。


「──だから学校に来たのあんなに遅かったのね。 今日は栄子がいないから遅刻ギリギリまで家でダラダラしてたのかと思ったわよ」


「んなわけないって……」


 ただ、今日はそうすればよかったと指摘されて思った。


「でもそんなヤバイ事があったなら栄子は今日休んで正解だったかもしれないわ。 下手すると最悪な所を見てたかもしれないし……」


「それは俺も思った。 だからそういう意味では栄子もラッキーだったかも──ただ……」


 津太郎はまたベランダの方を見上げながら言う──しかし言葉が途中で詰まる。


「ただ……どうしたの?」


 なんだか津太郎の声に力が無くなった気がした小織は少し心配そうになった。


「あの時……今みたいにずっとこうやって下から眺めるしか出来なくてさ。 自分の中で必死に何もやれる事が無いって言い訳してたのが情けないというか……」


 別に人を救ってヒーローになりたい訳ではなかった──ただ、何一つ行動を起こせなかった自分が悔しかった。


 この時、津太郎は左手首を握手するかのように右手で掴まれてしまい、健斗のように皮膚を掴まれるかと想像した──が何もしなかった。

 そしてこの状態を維持しながら小織は口を開く。


「そんなの百人いたら九十九人は同じことしてるし、似たようなこと考えてるわよ。 別に教見だけが悪いわけじゃないわ」


 次に小織は躊躇なく津太郎と左手で握手を交わしてくる。


「仮に百人の中の一人になれるとしたら、それは本当に大事に想ってる人を助けたいと強く願った時かもしれないわね──救いの手は、その時の為に取っておきなさい」


 これは小織なりに津太郎を励ましてくれているのだろうか。

 淡々とした話し方は冷静に感じるが、その握っている手の暖かさは人ならではの温もりが伝わってくる。


「お二人さん、あついねー! ヒューヒュー!」


自転車に乗った五、六十代の男性が二人の真横を通り過ぎる時に冷やかしともいえる事を言われ、小織は顔を真っ赤にしながら両手をパッと離した。


「まっ、まぁアレよっ! 今日の反省を次に生かせばいいのよっ!──以上っ!」


 小織は津太郎の顔を見るのが恥ずかしいのか後ろに振り向きつつ、この話はもう終わりと言わんばかりに無理矢理まとめる。


「わ、分かった……」


 津太郎も男性に指摘されて小織を意識しているのか顔が赤い。


「──あっ! ちょ、ちょっとジュース買ってくるわ!」


 二人の間に気まずい沈黙が少し続いた後、小織がマンションの近くにある自動販売機に向かうと何を買おうか考えている様子が確認出来る。

 数秒後に買うジュースを決めたらしく、ボタンを押し始めるが明らかに一回ではなく三回は押していた。


 自動販売機の下の部分からペットボトルのジュースを取り出した小織は津太郎の方へと向かうと、


「はい、教見はこれね」


 何事も無かったかのような顔でペットボトルを差し出される。

 それは赤のキャップに赤のラベルが貼られた黒色の炭酸飲料だった。


「じゃあお金を──」


「いらないわ、この前のお返しよ」


「いやでも───ん? この前?」


 津太郎は何の事か分からず、つい反射的に同じ言葉を繰り返す。


「……アタシが具合悪くなって一緒に帰った時に奢ってもらったジュースの事よ」


 小織の声が露骨に低くなり、睨みつけられているような視線を津太郎は感じ始める。


「あっ! あの時に買ったジュース……覚えてたのか──ってなんでそんな不機嫌そうなんだ?」


「別に──ほら、いつまでも喋ってないでもう行くわよ。 ずっと待ってる栄子が可哀想だし」


 淡々と言いたい事を終えた小織は自分のカバンに残り二本のペットボトルを入れると津太郎を置いていくように歩き出す。


「ちょっ! 待ってくれってっ!」


 津太郎は飲みたかったジュースをカバンに入れると急いで小織の元へ向かう。


 自覚無い一言のせいで良い雰囲気は一瞬で無くなってしまった──それはまるで炭酸のように。

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