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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
三章

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遭遇 その15

「一輝ちゃん! どうしてこんな事したの!」


 成人女性は外に設置してある電信柱の前で小さな子供に怒っていた。


「だ、だって……水で流せば、す、すぐになくなると思った……から……!」


 一輝と言われている少年は成人女性の隣で今にも泣きそうな声で怖がりながら説明している。


「スプレーは絵の具とは違うのよ!」


 女性は我を忘れ、ついカッとなって怒鳴ってしまう。


「う、うわぁぁぁぁん! ごめんなさいぃぃぃい!」


 突然の怒声に耐えらえれなくなった少年は電信柱の前で人目を気にせず泣き始める。


「まぁまぁ、一輝も反省してるんだ、もういいじゃないか。 別に悪気があってやった訳でもあるまいし、ちょっと好奇心旺盛だっただけさ」


 父親らしき成人男性が泣きじゃくる一輝の頭を優しく撫でながら慰める。

 その後に妻らしき成人女性の方へ向いてたかぶ気持ちを落ち着かせようと微笑みかけた。


「わ、私だって本当は怒りたくなんてありませんよ……でも電信柱に落書きだなんてやり過ぎです」


 三人の目の前にある電信柱の低い所には『いっき さんじょう』と黒のスプレーで書かれていた。

 文字の大きさは一つずつバラバラで、慣れてないスプレーで書いた文字は子供ならではの雰囲気が出ている。


「もうぜっだいや゛りませんがらぁ……」


 一輝は涙だけでなく鼻水も垂れ流し、目元は手で擦り過ぎて赤くなり、可愛らしい顔が台無しとなっていた。


「絶対やらないって本人も言ってるんだからもう大丈夫だって。 それに一輝は平気で約束を破る子じゃない──俺が保証する」


 一輝の父親の落ち着きを保ちつつ真っ直ぐ、そして堂々とした発言に母親の方が先に観念する。


「……分かりました。 一輝ちゃん、もうこんな事したらダメだからね?」


 母親は目を閉じて一度深呼吸をした後、目線を一輝と同じ位置にするよう腰を下げて優しく話しかける。

 ここで素直に意見を受け入れたのはもしかすると、母親の方も早く終わらせたかったからかもしれない。


「う゛んっ! う゛んっ!」


 一輝は泣きながら頭を強く縦に振る。


「よし、じゃあ家に入ろうか。 一輝の顔も拭かないとせっかくの男前が台無しだ」


 父親がそう言うと三人は暖かい我が家へと入っていく。




   ◇ ◇ ◇




(──そうだ、思い出した……! 小さい時、家に置いてあった黒のスプレーで落書きしたら凄い怒られたんだっけ……)


 電信柱の落書きを見た直後、過去の記憶が頭の中で再生されていた東仙一輝とうせん いっきは、夢から覚めたように我に返ると、人差し指の先に着けていた火の魔法はいつの間にか消えていた。


(……! じゃあ、まさか……!)


 何かを悟ったのか『売地』の看板がある空き地の方へ振り向く──すると、一輝の心臓が跳ね上がるような衝撃が突然襲ってくる。

 鼓動が早くなり、呼吸は荒れ、足は震え、背中から冷や汗が噴き出し、頭が真っ白になりそうになる。

 脳が理解を拒む。分かりたくない。認めたくない。現実を受け止めたくない。


 だが一輝は現実を受け止めなければならなかった──今、目の前に見えるのは家族が待っている暖かな家ではなく、誰も手入れしていない荒れ果てた土地という事を。


「ここが──僕の……家……じゃあ転移した先が草むらだったのは……昔は家の中だったから……」


 今となっては知りたくもない事実だが、一度目も二度目も転移は成功していた──しかし、こういう結果になるのであれば、失敗と思っていた方がまだ気持ち的には楽だった。


 転移した場所が同じ草むらの中でも距離が離れていたのは、家があった時の思い入れのある所へそれぞれ移動したからかもしれない。


「どうしよう……探そうにも手がかりなんて何も無いよ……」


 向かおうと思っていた住宅街で聞く事も考えた。

 しかし、こんな時間に訪れ空き地の事を尋ねるなんて行為──尋ねられた方は訳が分からなくて警戒さ、怪しまれるのが普通だろう。

 それに空き地の事は知っていても誰かの家かは覚えていない可能性もある。


 その場で立ち尽くし、どうすればいいか必死に頭を使う──しかし考えても考えても悪い方向へ、悪い方向へと思考が向かってしまい更に精神的に追い詰められる。


「駄目だ、分からない……もうどうすればいいか分からない……何の為に僕はこっちへ帰ってきたんだ……」


 電信柱に背を預け、顔を上に向けると一筋の涙が零れ、頬をつたう。


「ははっ──また同じ場所で泣くなんてあの頃から何も変わってないな、僕は。 こんな姿、皆には見せられないや」


 思わずその場に座り込み、立てた膝を両腕で抱え込むようにして塞ぎ込む。

 顔は見えないが、その肩は震えているように見えた。




   ◇ ◇ ◇




──時間は数分前にさかのぼる。


 一輝のいる空き地から離れた所には一人の成人男性が自転車を漕いでいた。


 見た目は四十代中盤から後半ぐらいで髪型は、頭の横側よこかわ両方と後ろにある髪をバリカンで綺麗さっぱり刈り上げ、天辺てっぺんの部分はトサカみたいに整えた黒のソフトモヒカン風。


 細く見える目や口の周りに無造作に生えている髭、そして薄い眉毛や普通の人に比べて全体的に少し大きな顔は正しく強面こわもてと言ってもいいだろう。


 身長は百七二センチメートルだが軽い肥満体系や顔の大きさのせいで身体全体の面積が広くなり、百八十センチメートルぐらいに見える。


 服装は何も模様の無いシンプルな黒の長袖に、緑色と茶色が組み合わさった迷彩柄で大きいポケットが特徴のカーゴパンツ。靴は黒と白のスニーカーを履いている。


 自転車は何処にでもありそうな銀色の塗装をしたママチャリだ。


「いや~、今日はラッキーだった~♪ おかげで帰りもルンルン気分だ」


 上機嫌のその男性は、見た目に似合う低めだが響きの良い声をしている。

 何やら嬉しい事があったらしく、ニヤニヤとした笑顔と鼻歌が止まらない。


(せっかくだから何か美味いもんでも食って帰るか? 焼肉? シースー? ザギンでシースーとか言ってみてえなぁ)


 しかし今、調子に乗って酒でも飲んでしまったら自転車の運転が出来なくなる事に気付いた男性は諦め、コンビニで酒のつまみになりそうな揚げ物を買って帰る事にした。


──それから五分後。

 徐々に人気ひとけは無くなっていき、長い直線の道路をひたすら真っ直ぐ自転車を漕ぎ続けていた。

 所々にある街灯や、住宅街にある家の明かりすら周りに無くなってしまい、自転車の前輪部分にあるライトの光から照らされた部分しか見えない程に辺りは暗くなる。

 しかし男性にとってはそんなの何ともないと言わんばかりに全く気にしていない。


「俺、帰ったらコンビニで買ったやつ食べながら酒飲むんだ……ってそれ死亡フラグやないかーい!──って、んっ!?」


 気分上々の男性が一人ボケツッコミをしていた矢先、ライトの光で少し遠くの左側にある電信柱に座って塞ぎ込んでいる人の姿が薄っすらと見える。

 黒髪で小柄な体格のせいか、男性か女性か判断するのが難しい。向こうは気付いていないのか、そのまま塞ぎ込んだままだ。


(もしかしてさっきの聞かれてないよな……!)


 男性は我ながらしょうもないやり取りを聞かれていたら──そう思うと流石に恥ずかしい。

 それに事情や原因は分からないが、こんな夜中にこんな誰もいない所で座ってるとか怪しすぎると思った男性は見なかった事にして素通りしようと決めた。


 しかし座っている人の横を通り過ぎようとした瞬間、急に顔を上げた青年らしき人と目が合ってしまう。

 少し気まずかったが何事もなかったかのように通過し、そのまま立ち去ろうとする。


(ま、まぁ困ってたら声掛けてくるだろ……)


 男性は自分にそう言い聞かせ、自転車のペダルを踏む足に力を入れて前へ進む──が、少し進んだ所でつい後ろを向いて声を出してしまう。


「本当に声掛けてこないんかーい!」


 それから男性は道を引き返して青年の前で自転車を止める。


「違うでしょ! こういう時は『あ、待ってください!』と目が合った瞬間に必死に止めるよう努力しないと!」


「は、はぁ……何かすみません……ですが、その──引き止めたら迷惑かなと思いまして……」


 黒のシャツにジャケットを羽織った青年はとても弱気で頼りがいも無さそうに見えた。


あんちゃんみたいな若者がそんな遠慮してどうすんの!……まぁ困ってそうなのに通り過ぎようとした俺も俺か……何かごめんな」


 今頃になって急に罪悪感が襲ってくる。あのまま放置してたらこれ以上の罪悪感が家に帰った後にあったかもしれない。


「いえ……こんな所に僕がいてそう思わせてしまったのがいけないんです。 本当にごめんなさい」


 青年が座ったまま頭を下げると気まずい空気が二人の間で流れる。


(この空気どうしよう……何かあったとか聞きづらいオーラがプンプン出てるし──はっ、そうだ!)


 非常に困っていたその時、何か閃いた男性はママチャリから降りると先程コンビニで買ったビニール袋をカゴから取り出した。

 そして袋の中から黄色と白色のシマシマ模様が目印の小さな紙袋を手に取り、青年に差し出す。


「ほら、これでも食べて元気出せって」


「そんな、頂けません……」


 青年は拒否したが、男性も粘る。


「頼む! 一生のお願い! 食べて! お願いします!」


 年上としての尊厳を破棄して土下座する勢いで頼み込む。


「えぇ……まぁ、そこまで言うなら──頂きます……」


 軽く引くぐらいの圧力に負けた青年は紙袋を受け取るとキリトリ線を切り取る──そこに入っていたのは、きつね色になるまで揚げた厚みのある長方形の食べ物だった。


 触り心地からして少し弾力のあるこの柔らかみはお肉だろうと思い、口の中に入れて噛むとやはり当たっていた。

 ただ、当たっていた喜びよりもその香ばしさ、子供から大人まで好きそうな濃い味付けの方に気が取られる。


「美味しい……」


 そう呟いた後は、夢中になってあっという間に平らげてしまう。


「あの……ありがとうございました。 おかげで何か気持ちが少し楽になりました」


「ええってええって。 こっちも食べっぷり見てて気持ちよかったから、はっはっは!」


 食べ物を通じて気まずい雰囲気を解消出来た所で男性は青年に質問をしてみる。


「そのー……まぁ言いづらいんだったら言わなくてもいいけど──名前とかって教えてもらえる?」


 青年は少し考える素振りをした後に口を開く。


「僕の名前は……東仙一輝と言います」


 一輝と名乗る青年の表情は最初と比べると柔らかくなっていた。


「ほう、なかなか格好いい名前してるねぇ」


 男性はあご辺りの髭を触りながら感想を言った後、更に口を開く。


「俺の名前は新田浩二にった こうじ、宜しくな」 

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