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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
三章

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遭遇 その13

 東仙一輝とうせん いっきが家から急ぎ足で飛び出し、現実の世界へと繋がるドアを一気に抜ける。

 するとそこには数えきれない程の光り輝く星々が一面に映し出されていて、思わず見惚みとれてしまいそうな美しい夜空がそこには広がっていた。


 そして一輝の目の前には、その夜空に負けない美貌や優雅な立ち振る舞いをしたコルトルト・ブルーイズが立ったまま、上を見上げている。


 昨日の青のネグリジェとは違い、今は一輝にとって見慣れたメイド服を着ており、青色のロングヘアーの頭に乗せているのは、カチューシャに白のフリルの付いたヘッドドレス。


 見る人を安心させる鮮やかな青色をした長い袖のワンピースは、手首の部分を汚れ防止の白いカフスを着け、スカートの部分は足首まで隠す程に長い。


 天使が身にまとっている衣のように汚れ一つ無い純白のエプロンは両肩の部分にフリルが連結するように付いていて、ワンピースとエプロンを一緒に固定する為に腰の部分には白い布を巻きつけ、後ろの部分をリボン結びにしている。


 足には黒のハイソックスを履き、ふくらはぎの辺りにずれないよう黒のソックスガーターを身に着けて、靴は昨日同様に黒のメイドシューズだ。


「お待ちしておりました、イッキ様」


 一輝が来た事に気付いたコルトは深々と頭を下げる。

 その右腕には黒い布のようなものを手首から肘辺りに乗せ、大事だいじに抱えていた。


「ごめん、待たせちゃって! ちょっと色々あったせいで思ったより時間が……!」


 一輝もまたコルトに向かって深々と頭を下げる。

 理由はどうあれ待たせてしまった事に怒っていないか不安だった。


「リノウが家に向かった時点で大体理由は察してますのでご安心ください」


 落ち着いた表情で涼しげに言うコルトを見て、本当に怒っていないと分かった一輝は安心する。


 僅かにとはいえ二人の間に沈黙の間が流れる。

 その間に聞こえるのは夜に吹く風で揺れ動く木の音だけだった。


「とうとう──行かれるのですね」


 先に口を開いたのはコルトだった。

 だが表情は少し寂しげになり、視線を斜め下に逸らして一輝と目を合わせようとせず、何も持っていない左手はエプロンを軽く握りしめている。

 そして話す声のトーンは明らかに低いのを一輝はすぐ感じ取った。


「う、うん……魔力もやっと完全に回復したし、もし失敗して思った所に行けなくても何回かは転移魔法を使えるから──そんなに心配しなくても平気だよ?」


 確かに思った通りの場所に行けるかどうか分からないというのが怖くないといえば嘘になる。

 だから魔力切れを出来るだけしないよう、長期間に渡って山で休息を取っていたのはコルトも知っているからこそ、不安そうな顔をしているのが不思議だった。


「それは分かっているんですが……どうしても、その……」


 コルトは落ち着かない様子で足を小刻みに動かしながら何か一輝に言いたそうにしているが、自分の中でブレーキを掛けているように見える。


「遠慮しないで……ね?」


 一輝はコルトの中に潜んでいる何か得体の知れない不安や悩みを吐き出してほしいと思い、後押しをしてみる。


「……分かりました」


 コルトは深呼吸をする。それは自分を落ち着かせる為なのか、それとも覚悟を決める為なのか、もしくは両方なのか一輝には分からない。

 ただ深呼吸をした後のコルトの目に迷いはなかった。


「──イッキ様はお母様と再会した後、こちらへお戻りになられるのでしょうか」


 コルトが一息で言ったその質問は一輝にとって予想だにしない、というより考えもしていない事であった。


 だからこそ一輝は迷いなく言う。


「勿論だよ。 母さんには頻繁……という訳にはいかないだろうけど、会おうとすれば会えるし、一緒に来てくれた皆を放って自分だけ親と暮らすなんて絶対しない」


「ほ、本当ですか!?」


 先程とは違い、コルトの目や顔が生き生きし始め、つい身を乗り出しそうになる。


「うん、約束する」


 一輝のハッキリとした言葉を聞いたコルトは急に力が抜けたのか、おもいっきり息と、そして今まで言いたくても言えなかった気持ちを吐き出す。


「──よかったぁ……わたくし、てっきりもう帰ってこないんじゃないかと──それが不安で……怖くて……でも、その言葉を聞いて心から……安心しました」


 震え声で話すコルトのその目には涙が浮かぶ──しかしその表情は笑顔になっていた。


「戻ってくるよ。 ここだって僕の帰る家なんだし、皆もまた家族なんだから」


 一輝はドアの向こう側にある家を見た後に、コルトの顔を優しく見つめる。


「イッキ様……」


 コルトの呟いたその一言だけで感謝の気持ちが伝わってくる。

 今にも零れ落ちそうな涙を左手で拭き取ると、いつもの落ち着いた笑顔の似合う表情に戻っていた。


「えっと、その手に持っているのは何かな?」


 コルトの不安のみなもとを解消して一段落した一輝は気になっていた事を聞いてみる。


「あ、これは……イッキ様にへと、この日の為に仕立てた黒の上着でございます──あの、宜しければ貰って頂けないでしょうか」


 落ち着きを取り戻したコルトが一輝に近付くと右腕に抱えている上着を両手で持ち直し、差し出すように手を伸ばす。


「ありがとう、凄く嬉しいよ……ん? ちょっと待って、この日の為に──ってまさか昨日の夜に起きてたのはこの上着を……!?」


 一輝は喜びつつコルトの差し伸べた手から上着を受け取るも、わざわざ自分の為に仕立ててくれた事に驚いた。


 その上着はシャツの上に羽織る夏にピッタリの半袖の黒いジャケットで、高級ウールのような素材を使ってくれたのか少し分厚く見え、触り心地が非常に気持ち良い。

 首回りの小さく折り畳んだ襟、お腹の辺りに服を留める為の茶色いボタン、左右両方の脇腹の部分には小さい物なら仕舞えるポケットまで作っていて、商品としても売れそうな程に立派な仕上がりとなっている。


「は、はい。 今日でお別れになると思っていたので、その上着を今まで長年のお礼にと考え、この世界に来てから毎夜に少しずつコツコツと……私にはこれぐらいしか出来ませんから」


 コルトの心情や苦労を知ると、そこまで思い詰めてた事に全く気付かなかった一輝は自分が情けなく思う。

 

 一輝は早速ジャケットを羽織はおってみると、その着心地の良さは勿論、見た目の分厚さに反して熱をこもらせない通気性のおかげで不快感も無く、非常に丁寧かつ心を込めて仕上げてくれたのが伝わってくる。


 ただ、一輝の身長に対し少し大きめのサイズとなっている為、丈の部分が完全に太もも辺りまで届いていた。

 一輝自身、そこだけ気になったが羽織った時から嬉しそうにしているコルトの姿を見てると中々言いづらい。


「とてもお似合いですよ、イッキ様!」


 手ぶらになったコルトは軽く拍手をして褒め称える。


「上着の大きさも想像通りに出来ていたのでホッとしました」


「え? そうなの?」


 どうやらコルトは狙って大きめにしたらしいが一輝には理由が分からない。


「イッキ様も成長期ですので、これから身長が伸びる事を計算して仕立ててみました。 これでしたら背が高くなっても着られますし」


 普通に仕立てるだけでも大変だった筈なのにそこまで考えて作り上げたとは思いもせず、こんな素晴らしい衣服を貰った事に感謝してもしきれない。


「これはもう……なんて言えばいいのかな──こういう時にパッと言葉が思いつかないの情けないよ……」


 我ながら格好悪いと一輝は心から思う。


「何も仰らなくて構いません。 私としてはここへ帰ってきてくれるだけで満足ですから」


 コルトの落ち着いた口調で発する言葉から何かを求めてるような響きは一切感じなかった。本当に感謝の言葉を必要としてないのだろう。


「……ごめん、せめてこれだけは言わせて──ありがとう」


 一輝にはこれしか思いつかなかった──ただ、その一言に感謝の気持ちを全て込める。


「──それじゃ、そろそろ行くね」


 気持ちを切り替える為に僅かながら目を閉じた後、続けて一輝は言う。


「はい……お気をつけて」


 コルトはそう呟いた後、静かに見守り続ける。


 一輝はコルトと距離を取ってからしゃがみ込むように右膝を降ろし、右手を地面に伏せ魔力を集中させる。

 すると一輝の周りに白の線で出来た円が地面に浮き出し、その円に沿って半透明の鮮やかな緑白色りょくはくしょくの円柱が見え始める。

 移動する準備が出来た一輝は立ち上がってコルトの方へ向き、何も言わないが笑顔で手を振った。


「転移魔法、シュイド!」


 一輝が魔法の名を唱えると、残像が見えたと思った瞬間にはもう姿が見えなくなっていた。


「いってらっしゃいませ、ご主人様」


 誰もいない静かな夜の野山でコルトはそう言うと、主の無事を願って再び空を見上げる。

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