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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
三章

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遭遇 その4

 六月中旬(ちゅうじゅん)

 梅雨明けと勘違いしてしまいそうなほど青空が広がっている心地良い天気だが、初夏ということもあり今まで以上に強い日差しが容赦なく家を、人を、車を、照らし出す。

 昨日まで降っていた雨のせいで高温多湿になっている外は少し歩くだけで汗が吹き出しそうだ。


 教見きょうみ 津太郎しんたろうも週が明け、いよいよ普段通りに学校が始まるという事もあり、いつも通りの時間に起きて身支度を済ますと母親である教見きょうみ 美咲みさきが用意した朝食を美味しく頂きながらテレビニュースを見ていた。


 朝のニュース特有の今日一日の占いや天気予報が終わると、神越(みのこし)高校の女子生徒の件について特集が始まり、恐らく生徒達が休みだった間に学校の中で取材を受けていたと思われる校長の姿が映っている。


 五十代で色々と苦労してきたのだろう──額が遠くから見ても分かってしまうぐらい広くなっており、白髪染めを最近出来ていないのか染めた黒髪の中に白髪がチラホラ見えてしまっている。

 しかも元々が細身の身体なのに、ここ連日の出来事の対応に酷く疲れ切っていて更にやつれてしまっていた。


「──まだ十七歳という未来ある若者の命が失われてしまった事は本当に残念に思います……とある事情で学校自体が長い間休みになってしまったという事もあり、生徒達とのコミュニケーションが取れなかったのが痛手でした……」


 ここで校長の映っているシーンから学校全体をカメラで撮影した映像が公開されると同時に若い男性アナウンサーのナレーションの声が入る。


「三年生の女子生徒は学校生活において特にトラブルを起こす事もなく、六月まで何処か変わった様子も無かったそうです。 週明けの今日からスクールカウンセラーによる生徒達へのサポートを開始する予定です」


 ここまで僅か二分足らずだが女子生徒のニュースが終わり、別の内容のVTRが流れ始める。


「今日から学校だけど、あれだけの不運やトラブルが重なった後だとやっぱり何か不安ねぇ……」


 美咲がテーブルの上の食べ終わった食器を片付けながら心配そうに言うと、話の内容から仕方ないとはいえ家の空気が微妙に重たくなる。


「まぁ……確かに」


 そのトラブルの中心地にいた津太郎は否定が出来ない。

 あの日以来、一度も非現実的な現象は起きていない──しかし五月に起こった魔方陣の時のように何の前触れも無く起こってしまう事を体験している身としては、もう何も起こらないと言い切れなかった。


「もし万が一何か起こったら栄子ちゃん連れて逃げるのよ、いいわね」


 普段なら冗談と捉えてしまいそうな言葉も、この流れや美咲の声のトーンや雰囲気からして真面目に話してるのが伝わってくる。


「……分かった」


「よし! じゃあ朝食を済ませて支度しなさい。 もうあまり時間が無いわよ」


「えっ!?」


 慌てて壁に飾ってある時計を見ると、いつの間にか家を出る時間が迫っていた事に気付く。

 津太郎は焦りつつも朝食や支度を迅速に済ますと学校へ飛び出すように急いで向かった。




   ◇ ◇ ◇




 久しぶりの晴天に嬉しかったのは最初だけだった。

 歩くに連れ身体は徐々に熱を帯びていき、朝の時点でこの暑さだと昼からの事を考えるだけで鬱になりかねない。


 慣れない暑さに耐えつつ清水栄子しみず えいこと学校の近くまで着くと、周りには学年関係なく登校している生徒達の姿で溢れている。

 そして学校の入り口の近くには、若い男性教師が生徒達に元気強く朝の挨拶をしている姿が見える。

 

 少し前までは当たり前だった光景──それが今は何か貴重なように感じてしまい、暑さなんかを気にせず立ち止まって見てしまう。

 

「……? 教見君、どうしたの?」


 急に立ち止まったまま動かない津太郎を見て不思議に思ったのか、隣にいた栄子が顔を横に向けて問いかけてくる。


「──何かこうやって皆が歩いている姿を見てると、いつも通りの日常が戻ってきたような気がしてさ」


「そうだね……少し前にあんな大騒ぎになってたなんて今の状況を見ると信じられないかな。 でも……」


「あぁ……分かってるよ」


 目の前に広がる平和な日常も現実──しかし女子生徒が亡くなったのを変えられない、無かった事に出来ないのもまた現実。

 素直に喜べない二つの現実が津太郎の心を揺さぶる──心に平穏を取り戻すにはまだ時間が掛かりそうだ。


 校門で教師に挨拶した後、二人が自分達の教室へ入ると先へ来ていたクラスメート達が色々な所で雑談をしている。


「久しぶりの授業めんどいわ~。 ずっと休みでもよかったのによぉ」


「亡くなった三年生のクラスの人達って大丈夫なのかな……」


「朝のニュース見たかよ。 まーたうちの学校が全国に晒されてたぜ……はぁ~、これでまた悪い噂がネットに流されるんだろうなぁ……」


「さっき通り過ぎるフリしてチラっと三年生のクラス見に行ったらもうスッゴく暗かった~。 もうどん底って感じでさぁ、あんなんじゃ担任も地獄だよマジで」


 やはり話題の大半は亡くなった女子生徒に関する件で、この長期休暇で何をしてたのか──のような話題がないのは仕方ないといえば仕方ない。


 ただ、その原因となる運動場の出来事を誰も話してはいなかった。

 一定の期間が過ぎると高校生にとっては既に旬の話題ではないのか、語り尽くして話すネタが無くなったのかは分からない。


 津太郎と栄子がクラスメートに挨拶しつつそれぞれ自分の席へ着くと、それから少し経った後に月下小織つきした こおりが教室へ入り、チャイムが鳴る寸前でつじ 健斗けんとが寝ぐせも直してない状態で息切れしながら教室へ入り込んできた。


(あいつ……新作のゲームやってて寝坊したな)


 津太郎は健斗が疲れていながらも何処か生き生きとしてる姿を見て確信した。


 学校のチャイムが鳴ると黒髪で長めの七三分け。銀色のフレームの眼鏡を掛けていて身長は百八〇センチある細身の知的そうな雰囲気を出した男性の担任教師が黒のスーツ姿で入ってくる。

 

「おーいHR始めるから席に着けー」


 教壇に向かいながら生徒達に声を掛けるとまだ席を立って雑談していた者は大人しく席へ着き、教室が静かになると担任が口を開く。


「えー……こうやって皆と会うのも久しぶりだな。 まだ色々と気持ちの整理はついていないかもしれんが、今日からいつも通りに授業も始まるし頑張って切り替えるようにしろよ」


 担任は生徒達を無駄に刺激させない為に淡々と事を進めようとする。


「──それと、しばらくは三年生のクラスに用も無いのに立ち寄ったりはしないようにな。 さっきも他の先生から『下級生が三年生の校舎を歩き回っている』との報告があったばかりだ」


 軽い挨拶と忠告をした後に出欠確認を取ったらHRも終了し、久しぶりの授業が始まる。


 一時間目はどうしてもクラス全体が明らかに集中出来ていない雰囲気が出ていたが、徐々に慣れてきたのか四時間目が始まった時には長期休暇の前のような落ち着きを取り戻していた。


──そして昼休み。

 

 果てしなく長く感じた午前中の授業から解放された津太郎は、弁当用の飲み物を買いに行こうと栄子と小織と三人で教室を出て外にある自動販売機へ向かう為に廊下を歩いていた。


「ん~~~!……はぁ~、やっぱり授業は疲れるわね~。 昼からまた同じような事をするって考えるだけで辛いんだけど」


 小織が椅子に座りっぱなしで凝った身体をほぐすように背伸びをした後、つい愚痴を言う。


「私は家でずっと一人で勉強してたから、久しぶりに皆で一緒に勉強が出来て楽しいって思ったんだけど……変なのかな?」


「まぁ変ではないだろうけど──『勉強が楽しい』って言葉がアタシに縁のない言葉なのは間違いないわね」


「そ、そんなになんだ……でも来月には期末テストあるけど小織ちゃん大丈夫?」


 期末テスト──その単語を聞いた瞬間、小織はガックリと腰を落としそうになる。


「大丈夫……ではないかも。 とりあえず赤点取らないようにする事を目標にしないと」


 栄子が何かを思い付いたかのように手を合わせて優しく微笑みながら提案を出す。


「じゃあ明日の昼休みに図書室でお勉強なんてどうかな?」


 よほど勉強が嫌なのか、いつもなら即答している小織が珍しく悩んでいる。

 しかし栄子の眩しすぎる笑顔を見て心が折れてしまう。


「──えぇ、分かったわ……明日はヨロシク頼むわね」


 微妙にカタコトっぽい口調になっているのは心の中の拒絶反応が起こっているせいかもしれない。


「うん!」


 小織の力になれると思った栄子の表情は本当に嬉しそうである。

 津太郎も期末テストの話は耳が痛いので、二人が話しているのを後ろから静かに見守る事にしようとしたが──。


「教見もモチロン来るわよねぇ。 さっきからずっと黙っていればやり過ごせるとでも思ったのかしら」


 小織が立ち止まって後ろを振り向き、津太郎へ返事は『はい。 またはYES』しかない選択肢を選ばされる──津太郎も腹を括るしかなかった。


「あー……まぁ、うん……」


 こうして津太郎の明日の昼休みは無くなった。

  

 階段を降りると外へ繋がる一階の廊下となるのだが、あるのは生徒が減った為に使われなくなった空き教室と男女別のトイレぐらいで人気(ひとけ)はあまりない。


 今となってはただの通り道であり、さっさと外に出ようと止まらずに出入り口ぐらいまで歩いた──その時であった。


「あーーーーー!! いたいたーーーー!」


 出入り口の外側から背の低い黒髪の二つ結びをした女子生徒と津太郎の目が合うと、まるで欲しいものを見つけて嬉しがるような大声を出しながら津太郎達に向かって指を差す。


「な、なんだ!?」

 

 突然の大声、そしてまだ廊下にいるせいでその声が余計に響いてしまい、三人は驚きを隠せなかった。

 すると間を開けることなく背の低い女子生徒は津太郎へ近付き、顔を見上げてから小さな口を開ける。


「ようやく見つけましたよ~! あなたが教見津太郎さんですよね!?」


 いきなり嬉しそうに問いかけられるが津太郎自身は女子生徒が誰なのか全く分からない。


「そうだけど……君は?」


 津太郎も目の前にいる女子生徒に向かって右手を差し出し、とりあえず名前を聞くことから始めてみる──すると女子生徒は何の躊躇もなく差し出した津太郎の右手を握り始め、そのまま紹介の挨拶をする。


「はじめまして~! 自分! 一年生の加賀かが しゅうと言いまっす! よろしくお願いしますね、せ~んぱいっ!」


 見た目は小さいのに声と存在感は大きい一年生──加賀 愁に最初から圧倒されてしまう津太郎であった。 

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