遭遇 その5
自分の事を加賀 愁と呼ぶ少女は手入れした長い黒髪をストレートのまま、左肩と右肩の両方に垂れ下がるよう別々に分けて束ねた二つ結びをしている。
耳から下の方に白のヘアゴムで束ねている為、『ツインテール』というよりは『おさげ』の方が正しいだろうか。
身長は津太郎よりも大分低く、百五十センチ以下なのは間違いない。
その可愛らしく丸い大きな目と黒い瞳は、幼い見た目や雰囲気も相まって一部の男性なら真っ直ぐ見つめられただけで愁の虜となるだろう。
血色の良い健康的な赤色の小さな唇、そして赤ん坊のようにふっくらとして柔らかそうな頬は指でいくら突いてしまいそうになる。
身体付きも全体的に細く見えて、体重は簡単にお姫様だっこ出来てしまいそうなほど軽そうだ。
ただ、その幼さや小さな身体からは判断できない元気に満ち溢れた行動力や明るさのせいで存在感は大きく見える。
出会って間もないのにいきなり気圧されている教見津太郎は笑顔のまま手を離してくれない愁にどう対応しようか迷っていた。
「あ、あぁ……宜しく──えーっと……」
「名前の呼び方なら呼び捨てでも別に構いませんし、『シュウちゃん』でも『ガーちゃん』でもいいですよっ!──あ、でも『カーちゃん』だけは絶対やめて下さいね、何かオバさんっぽくなっちゃうんで」
「じゃあ……加賀さんで」
「ダメです♪」
好きに呼んでもいいような雰囲気や態度なのかと思いきや、この呼び方は満面の笑みのまま首を横に傾げ、即座に却下されてしまった。
「『さん』付けは距離を置かれてるみたいでイヤなのでダメです──先生や大人の人なら分かりますが、生徒同士ならもうちょっと気軽に呼んでくださいな♪」
愁が握りしめている手には最低限の力しか入っていない筈なのに、別の呼び方にするまで離さないという意思を感じる。
「それじゃ……加賀でいいかい?」
今日初めて会った人に対していきなり呼び捨てなのは正直いって躊躇するが、このままだと終わらないと思った津太郎は諦めて呼び捨てにする事にした。
「はい、ありがとうございます!──まあ本当は愁ちゃん、でもよかったんですけどね! それはまた今度まで取っておきましょう」
愁はそう言うと満足したのかようやく手を離し、後ろで腕を組む。
「──久しぶりね愁ちゃん、元気にしてた?」
小織が愁に対して声を掛ける。言葉から察するに前からの知り合いのようだ。
「あ! 月下先輩もお久しぶりっでーす! えへへ、GW以来ですね!」
軽いノリで表情が緩んだまま小織に向かって自衛隊がするような敬礼を始める。
「そうね、GWに二人で夏服を買いに行った時以来かしら」
「月下は加賀さ──加賀と知り合いなのか?」
津太郎が割り込むようにして小織に問いかける。
「この子はアタシ達三人の通ってた中学からの後輩なんだけど──まぁ一つ下の学年なんて何か理由がなきゃ特に関わり持たないし、知らなくても仕方ないわ」
「仕方ないって言われても何か申し訳ないな……一応中学からの先輩だったわけだし」
「いえいえ気にしなくていいですよ~! 自分も教見先輩の事は少し前まで全然知らなかったので問題ないですから~!──それはまぁ、置いといて……先輩の隣にいるこの絶滅寸前の大和撫子を地で行く美人さんは誰ですかぁ?」
愁が清水栄子を頭の先から足のつま先まで身体全体を物珍しそうな表情で見つめながら言う。
「えっとあの……その……」
「──彼女の名前は清水栄子といってアタシの友達よ。 教見とは──まぁ幼なじみ……みたいなものかしら」
愁にジロジロと観察されて恥ずかしがっている栄子に代わって小織が自己紹介をする。
「し、清水栄子と言います……! よろしくお願いします……!」
後輩と分かっているのに敬語で緊張気味に挨拶をし、深々と頭を下げている。
「あ、こちらこそよろしくお願いします……じゃなくてっ! 堅苦しすぎますよ! お見合い開始前の挨拶じゃないんですからっ!」
つい栄子に釣られて深々と頭を下げてしまった愁は勢い余ってノリツッコミまでやってしまう。
「ごめんなさい……どう接したらいいのか分からなくて……」
「栄子、もっと気楽に接しなさい。 彼女もそっちの方が助かるから」
困っている栄子を放っておけない小織が再び横からフォローに入れる。
「う、うん。 えっと……加賀ちゃんって呼べばいいのかな……?」
先程の堅い言い方に比べれば少しだけ態度が柔らかくなった事に愁は目を輝かせるように喜びを表し、栄子に近付いて手を握り始める。
「モチロンですよ~! どんっどん! 遠慮なく呼んでくださいっ!」
「あははは……」
まだお互いの距離感や接し方が分からない栄子は決して嫌そうではないものの、今は苦笑いするしかなかった。
その明らかに温度差が違う二人を見ながら津太郎は、ふと愁の発言の一部で気にかかる所があった。
(なんで俺の事を最近になって知ったんだ? 別に何かした覚えはないのに)
何処にいるか分からない東仙一輝と違い、目の前に答えを持っている張本人がいるのだから早速聞いてみることにする。
「加賀、ちょっといいかな?」
まだ栄子の手を握っていた愁は声に反応し、ゆっくり手を離した後に津太郎の方へ向く。
「はい、なんでしょう?」
「さっき俺をつい最近まで知らなかったとか言ってたけど、知る原因になったのは一体何なんだ?」
「あー、教見先輩を知ったのはあの運動場での出来事がきっかけですよ。 また外に猛ダッシュして皆さんを見ていたんですが、この学校でただ一人! あそこにいた謎の人物が教見先輩の名前を叫んでた時に自分はもうビビっときましたね~! この人は何かがある! そして近付けば自分も有名になれると!」
どうやら一輝と関わった事が原因で津太郎に興味を持ったらしく、何やら不純な理由で近付いてきたらしい。
「な、なるほど……でも有名ってどういう──」
「教見っ! 時間がちょっとヤバいわよ! 早く飲み物を買いに行かないと!」
小織がいきなり割り込んで津太郎にスマートフォンの時計を見せると、大分時間が経っている事に気付く。まだ昼食を一切取っていない津太郎達にとっては致命的だった。
周りには校舎から外に出ていく生徒や運動場で遊んでいる生徒も少しずつ見え始めている為、小織が焦るのも無理はない。
「これは確かに時間が無いな──すまん加賀、話はまた今度にしてくれ」
「えぇ~! せっかく連休が終わってようやく会いに行けたのにぃ! それにまだ電話番号も教えてもらってませんよ~っ!」
どうやら前々からこの機会を狙っていたらしい。しかしこれ以上付き合っていると本当に時間が無くなってしまう。
「加賀、君もあんな早い時間にここへ来てたってことはまだ昼食が済んでないんじゃないか?」
「え?──まぁお腹は空いてますけど……ご飯よりもまずこっちの方が最優先事項だったんで食べずに来ちゃいました♪」
愁はさらっと笑顔で答える。 ただ自分の身体の具合よりもやりたい事を優先させる事に対し、得体の知れない何か不気味さを感じる。
「じゃあ加賀も教室へ戻って早く食べた方がいい。 こっちも早く行かないと間に合わないし」
「……はーい、分かりましたぁ……しつこく迫って嫌われたら意味ありませんし、今日はこれで失礼します」
津太郎の説得に愁は渋々ながらとはいえ思ったよりもあっさり承諾し、軽く頭を下げてその場を走って立ち去る。
(──しまった、『有名』について最後に聞いとけばよかった……)
しかし、今更引き止めてこれ以上時間を費やす訳にもいかず、津太郎達もまた飲み物を買いに駆け足気味に自動販売機へ向かう。
◇ ◇ ◇
軽く息切れしながら三人が飲み物を買って教室へ戻る。
津太郎が黒板の上にある外側が丸い形をしている時計を見ると、午後の授業が始まるにはまだ余裕があった事に安心して自分の椅子に座った。
小織が既に食べ終わったクラスメートに許可を貰って、津太郎の隣にある机と椅子を栄子の分まで素早く向かい合わせにするようくっ付けると三人はようやく食べ始める。
「なぁ月下──加賀が『有名になれる』とか言ってたけど何か知ってるか?」
話題はやはり少し前に遭遇した加賀愁の事であり、中学からの付き合いである小織なら何か知っているか聞いてみた。
「あの子、二年前ぐらいから動画配信者としても活動してるのよ。 ただ色々頑張ってるみたいだけど、あまり登録者数が伸びていないのが現状ね。 そこで少しでも人気を出そうと教見に近付いたんじゃないかしら」
小織がスティック状のピーナッツクリームパンを食べながら言う。
愁が学生で動画配信者というのは、今のご時世ならまだ何とか理解できる。しかし人気の為に接近してくるというのは全く理解できなかった。
「いやいやちょっと待ってくれ。 名前も顔バレもしていない俺なんかに近付いてどうするつもりなんだよ。 動画撮影に協力したってリスナーからは『誰だお前』とか言われて終わりだぞ」
「黒い服を着た人が『また会いましょう』と言ってたのも聞いていたでしょうし、教見の前に再び現れたのを自分が撮影して映像を独占できれば、配信者として一気に有名になれる可能性もあり得るわ」
小織は食べ終わったパンの袋をビニール袋に入れると次はコンビニの三角おにぎりを取り出して食べ始める。
「そんな夢物語みたいな事を本気で考えているのか……? 本当に出てくるかどうかも分からない、出てきたとしても加賀がその場にいない可能性だってある。 確率が天文学的すぎるぞ」
「それぐらい彼女も必死なんでしょ。 配信者も人気無いと、このコンビニのおにぎりですら買えないぐらい悲惨らしいし──ていうか、これはあくまでも可能性とか推測の話というのを忘れないように」
「あ、あぁ……そうだったな」
少し熱くなっていた津太郎を落ち着かせた小織はおにぎりの袋もビニール袋の中に入れて、中のゴミがこぼれないよう力強く結ぶと同時に立ち上がる。
「なんにせよ、ストーカーみたいな事はしないと思うわ。 さっき本人も言ってたけど、嫌われたり警戒されたら意味がないもの」
そう言うと小織はゴミの入ったビニール袋を手に持ち教室の外へ歩いていく。
二人が夢中で話している間に栄子は既に弁当を食べ終わっており、まだ残っている津太郎はがっつくように食べ始める。
「そ、そんな急いで食べて大丈夫?」
栄子は津太郎が勢いよく食べる姿を見て少し不安に思う。
「大丈夫だ、問題ない」
答えたのは口の中に食べ物が入ってて喋れない津太郎の後ろから現れた辻 健斗だった。
「げっ! なんで辻がここにいるのよ!」
ゴミを捨てに行ってた小織が帰ってくるなり露骨に嫌そうな顔をして健斗に向かっていきなり拒絶反応を起こす。
「なんでって俺もさっきお腹が痛くてトイレから戻ってきたばかりだし──それにここのクラスの一員なのに……」
「あんたはクラスの恥さらしでさっき捨てたゴミの方がまだ価値があるわ」
小織は腕を組んで健斗を見上げながら蔑んだ目で見る。
「そんな目で見つめるなよ……興奮するじゃないか……♡」
健斗は腰に手を当てウットリした顔で言う。その姿はもう完全に危ない人である。
「……ここまで来るともう手に負えないんだけど」
すると小織がまだ弁当を食べている津太郎に助けを求めるような視線を送ってきた。
(頼むから静かに飯を食わせてくれよ……)
仕方なく健斗や小織の対応をしていると弁当を食べ終わったのは授業が始まる直前であった。




