9 釣具屋へ
「ここは天国かっ!?」
近所の釣具屋、ビッグフィッシングに到着するや、エルは感嘆の叫びをあげた。
魔王が天国に行っていいのかちょっと思ったけど、もうその手の疑問を口に出すのはやめておこう。
「ほぇ~~」
ライカも目を丸くしながら、店内を眺めまわしている。
ここはルアー釣り師御用達の店で、シーバス向けのルアーも豊富にそろっているところだ。おれもほとんどはこの店でそろえた。
「わたしは一週間この店で過ごすことができそうだぞ」
「あたしもあたしも!」
「いま2時だから、一時間以内にしてくれ。シーバスのルアーはこっち」
ピカピカのリールから離れようとしないエルを引っ張って、ルアーコーナーへ連れてくる。
シーバスと言う一魚種に向けたものでも、たくさんの種類のルアーが棚に並んでいて、どれを選んでいいものかパッと見では判断はつかないだろう。少なくともおれは初心者のころ、数がありすぎて途方にくれたものだ。
リールに後ろ髪をひかれていたエルも、ルアーを見るなりまた目の色が変わった。
「ここは宝の山だ。どのルアーも素晴らしく出来がいい」
「これもう、釣れたも同然でしょ。なんでナガシンは釣れないの? 下手糞?」
「そうだよ、下手だよ! でもな、魚の方も出来のいいルアーを見慣れてるんだ」
「そんなことがあり得るのかな……」
異世界では釣り人口に対して魚の数が多いとしか思えない。スレるって感覚がないのだきっと。マジでうらやましい。
「ルアーを見切る魚がいることは事実だ。でも地合いなんかで、食い気が立っている時は、それでもかかったりする。釣れにくくなってるけど釣れないわけじゃない……と思う」
「どのルアーがいいか、教えてもらってもいいか?」
「うーん。どうだろ、そのへん。気に入ったのをおれに見せてもらって、ダメそうなら教えるってのは?」
「そうだな、ルアーのチョイスも技量のうちと言うことで、ここから勝負はスタートと行くか」
「なにっ!? もう始まるの。負けないぞ!」
勝負と聞いて、ライカが声を張り上げる。店の中だからちょっとはトーンを落としてほしい。
真剣なまなざしで、2人はルアーコーナーを行ったり来たりし始めた。
「……ちょっと、ミスタ・ナガシン」
マイケルが声をひそめて、値札を指さした。
「これ、ゼロがひとつ多くないですかー?」
「こんないいルアーが100円で買えるか。1000円だ、間違ってない」
「オウ、こっちのは1800円もしまーす。お魚一匹買えますねー」
「それを言うな……」
ルアーは高い。高いけど、それだけの価値がある。
エサを模した疑似餌で魚に口を使わせようと言うのだ。いかに本物らしく見えるか、本物らしく泳ぐか。ここに並んでいるルアーには、人類の試行錯誤が詰まっている。
数十分が経過した。
意外にも先に決めたのはライカだった。
「ナガシン、これにする」
持ってきたのは、コウガと言うミノータイプのルアーだった。色は薄いブルーの、いわゆるイワシカラー。大きさも10センチの中型で、問題なかった。
「オッケーだ」
指で丸を作って受け取る。
表情に出さないように気を付けたけど、内心驚いていた。
水深の浅い河川でよく使われるルアーだったからだ。
つまりあの場所に向いている。おれのルアーケースにも一軍として常備されている逸品だ。
「うむむむむ……」
反対に悩み切っているのはエルだ。
釣り雑誌に興味を持ったように、データから入る性格なのかもしれない。すぱっと決めたライカと違って、手には3つのルアーを持ったまま、決めきれずにいるようだった。
「そろそろ時間だ、エル。決めてくれ」
「ま、待て。もう少し……。この3つじゃダメか?」
「マイケルの財布が死ぬからダメ。その3つの中で絞ってくれ」
「ミス・エルのためなら、ワタシ、男になりますよー?」
「ライカのと合わせたら五千円越えるけど」
「……ひとつにするのでーす!」
フェアじゃなくなるしな。
エルは難しい顔をしながら、3つを棚の上に並べた。
人差し指を突き出して、なにをするのかと思ったら、
「ど、れ、に、し、よ、う、か、な、」
万国共通……いや、世界をまたいでも共通のチョイス法を行った。
結局選んだのはシンクレンジと言う名前のバイブレーションタイプのルアー。飛距離が出るので海側に有利だ。これは基本的に投げて引いてくるだけの使い方で、ブルブルと震えながら泳ぐ。その振動が魚に取ってたまらない……らしい。
マイケルが会計を済ませている間、エルがぼそりと言った言葉を聞き逃さなかった。
「この店ごとあっちに召喚できんかな……」
「やめてくれ、さすがに」
エルの考えることは迷惑のスケールが違う。
時間もそろそろ頃合いになってきた。
魔王と勇者の戦いの火ぶたが切って落とされる時だ。




