7 異世界の住人 わが家へ
おれの名はナガシン。長崎真也。
市内の県立高校に通う、高校二年生になったばかりの普通の男子学生だ。
思い返すに小学生のころから、人に目立った特徴を指摘されたことがない。
道徳か何かの授業で、隣の席の人のいいところをあげましょう、みたいな課題が出た時、ナガシンくんのいいところはふつーなところです、って言われたのを覚えている。
おれは普通の人間で、過去から現在、未来に渡って普通に生活して、普通に死んでいくのだろう。そう信じていた。
だけどそろそろ、その考えを改めるときが来たようだ。
自宅、おれの部屋。
けっして広いと言えない6畳の洋室に、4人の人物がいる。
そのうちおれをのぞく3人が外国人。さらにその中の2人は、この世界の人間ですらない、異世界人だった。
「いやー、この漫画って言うの。おもしろいねえ」
すっかりくつろいで、ベッドの上で足をバタバタさせながら漫画を読んでいるのは、ライカ。赤毛のポニーテールと活発そうな顔立ちが特徴の、西の国の王女かつ勇者である。
最初は「あ、日本語読めるんだ」って新鮮な驚きもあったんだけど、ここまでなじまれるとどうでもよくなった。
その隣にはベッドに腰かけ、熱心に釣り雑誌を眺める美少女がいる。エルフリーデ・ゼッツァ、通称エル。西洋の絵画から抜け出してきたようなブロンドの持ち主で、何度か会っているにもかかわらずいまだに不意打ちで目にすると、ドキっとしてしまうくらい容姿端麗だ。ただし口調は乱暴、性格は傍若無人。
それもそのはず、異世界の魔王として魔城に君臨するおそるべき力の持ち主なのだ。その趣味がおれと同じ釣りだってんだからおもしろい。
最後におまけ。床であぐらをかいて、ただですら長い顔の鼻の下を伸ばしているのが、交換留学生マイケル・シュトラウス。うちにホームステイしている変人だ。
「いいですねー、ミスタ・ナガシン」
そのマイケルが小声でささやいてきた。
「まあな」
その点は同意だ。かつてあっただろうか、この部屋にこれほどの華があったことが、いやない。特にライカは最初会ったときのような甲冑姿ではなく、スカートみたいな服を着ていて、それがなかなか丈が短い。足を動かすたびに太もものあたりがいい感じだ。めっちゃいい感じ。
一方エルはいつも着ているドレスっぽい服で、露出は少ないものの黙っていれば清楚な雰囲気によく合っている。黙っていればな。それこそ美術品みたいにいつまでも眺めていられる。
「うーむ、勉強になる」
深々とうなずいて、エルはページを繰った。異世界に釣り雑誌はないのだろう。
「持って帰っていいぞ、それ。もう読まないし」
「本当か!?」
目を輝かせた。こう言う時は素直にかわいいのに。
「ナガシーン、ごはんよー」
下からオカンの声がおれを呼んだ。時計を見ると昼の12時。
「げっ、しまった」
華を眺めすぎて時間を忘れていた。
エルたちにとっての異世界――日本で釣り勝負をすることが決まって数日。日曜日に合わせてこっちに来てもらって、午前中は下見をするつもりだったのだ。
エルが本棚で釣り雑誌を見つけたが最後、このていたらくである。
「すまん、メシ食わないと」
「よし、食おう」
エルが立ち上がった。おれはあせる。
「待て待て、自覚あんのキミ」
異世界の通路は直接おれの部屋に開いたから、まだこのふたりは部屋の外に出てないし、もちろん親は知らない。
なぞの美少女外国人が2人もいきなり現れたら、卒倒しかねないだろう。
「HAHAHA、みんなでごはん、たのしですねぇー」
のんきに笑いながらマイケルが戸を開けるもんだから、そのままエルは出て行ってしまう。
「ごっはん、ごっはんー」
鼻歌を歌いながらライカが続いて、卒倒したいのはおれ自身だと気が付いた。
いやいや、我が家の平和を守るためにも気を失うわけにはいかない。
「ま、待って。せめて事情を説明してから――」
制止しようとしたけど時すでに遅し。
「え、あなた誰」
2階にあるおれの部屋から、階段を下りればもうリビングダイニングだ。すでにエルはオカンにばっちり見つかっていた。オヤジはいないようだ……よかった。
「邪魔しているぞ、母上どの」
「は? え?」
「ちょ、オカン、これはその、深いわけがあって――」
「安心しろナガシン」
階段うえでしどろもどろになっているおれを見上げ、エルはにやりと笑った。
「洗脳ビーーーム! びびびびびび」
両手をひらひらとさせると、そこから怪しげな光線がほとばしって、オカンを直撃した。
「安心できねぇーーーっ!? なにしてくれてんのっ!」
「変なことにはならん。ほら見ろ」
「あら、お友達かしら。ナガシンも隅におけないわねえ。いまお昼ごはん用意しますからね」
光線にうたれたオカンは、打って変わってにこやかに告げると、エプロンで手を拭きながらキッチンに戻っていった。
「な?」
「な、じゃねーよ! あきらかに洗脳っつったろさっき!」
「細かいやつめ。飯がまずくなるぞ」
さっさとダイニングへ向かい、席についてしまう。
だ、だめだ。まともに取り合っていると、目の前が暗くなってくる。
心の中でなにかをあきらめて、おれもテーブルへ向かうことにした。
昼飯と言ってもたいしたものじゃない、白米に味噌汁、肉じゃがなんかの和食だ。マイケルがホームステイに来てから、うちはやたらと和食が多い。量はなんとか人数分足りそうでよかった。
「いただきます。――そうだ、エル。箸、使えるか?」
「子供じゃないんだ、馬鹿にするな」
親切心で聞いてやったのに、なぜか怒られた。エルもライカも当たり前に箸を使ってごはんを食べだすから、世界観はどうなってるのと言う疑問もあきらめることにする。
「む。これは……、おいしい。やさしい味がする。なんて料理だ?」
「味噌汁だよ。うちはいりこで出汁を取るんだ」
「いりこ?」
「出汁を取るために加工した小魚のこと」
「出汁とはなんだ」
そこから? 箸は使えるくせに。
おれは手を止めて考えた。
「えーっと、素材からうまみ成分を抽出したもの、って言うのかな……。小魚一匹からちょっとしか取れないうまみ成分でも、何匹もからいっぺんに取り出して凝縮したら、そりゃもうおいしいに決まってんだろってことだ」
「こっちもうまいぞ!」
「聞けよ、一生懸命考えたのに!」
エルの興味は肉じゃがに移ってしまった。
あとはもくもくと箸を進め、完食する。ライカは白米が気に入ったようだ。
「こんなにおいしいお米ははじめてだ!」
とのこと。
あっちにも米はあるけど、副食として味付けして食べるのが主流らしい。
おれたちをまねして手を合わせ、エルは満足そうに言った。
「たいへんおいしかったぞ、母上どの。わたしは気に入った」
「あら、ありがとう。おそまつさまでした」
「今度アデリナを連れてきて、研究させる。出汁とやらもな」
えー、また来る気? もう疲れたんだけど……。
お茶は、お菓子は? と異様にやさしいオカンが不気味で、おれは早々に釣り場へ向かうことを提案した。本当は午前中にさっさと行っておくべきだったのだ。




