6 勇者ライカ 魔王とたたかう
「客か。アデリナ、いないと言っておけ」
だいぶ気づいてきたけど、エルは傍若無人だな。
アデリナさんが指にはめた指輪を一振りすると、その目前にホログラフィックみたいな映像が現れた。
「おお、すげえ。魔法だ」
やっぱファンタジー世界なんだな。おれたちもこうやって映っていたのか。
「どちらさまでしょうか?」
物腰は丁寧だが、しかし言葉に若干のとげがあるような?
映像に映っているのは、おれと同じ歳くらいに見える女の子だった。赤髪を邪魔にならないよう後ろで結って、勝気そうな眼をしている。身にまとっているのは金属の鎧。背中に剣も背負っている。
「クール! リアル・ファイターですよー」
マイケルは興奮した。そういやオタク趣味なところがあったな。メイドとかこういうのが好きなんだろう。
「西の国の王女、ライカ・ダ・ヘルンだ! 勇者として魔王に勝負を申し込む!」
勇者?
どっかの国の王女様が勇者で、魔王エルを倒しに来たの?
「なにこれ、おれって歴史的瞬間に立ち会っちゃってるわけ?」
「そんなわけあるか。日常茶飯事だ」
やれやれ、と面倒くさそうにエルは立ち上がった。
たしかに魔王をやっつけに来た勇者がインターフォンをピンポンなんて、シュールすぎて笑えないな。
「つか、エルって本当に魔王だったのな」
「言っただろ。いい機会だ、おまえも見ておけ」
ついてこい、と言うので、みんなでいっしょに城門へ向かう。
すでにごんごんと鳴りながら鉄格子は開きつつあった。その道すがら、エルは教えてくれた。
「魔王の城には四つの宝玉がある。それぞれ、東西南北四つの国から奪った国宝だ。各国の王子王女は、勇者の儀式として魔王を倒し、自分の国の宝玉を取り返す。そんな決まりがある」
「決まり……」
「そう、全部儀式だ。形式だけのもの」
あれか。デパートなんかでよくやってるヒーローショーみたいなもんか。悪役がうわーやられたーってわざとらしいやつ。
「じゃあさっさと終わらせて、釣りに行こうぜ」
どうやらあんまりおもしろいものは見られないようだ。それなら釣りに行った方がいい。
「いや、悪いが釣りは今度だ。あいつをこてんぱんにやっつけて追い返すからな」
「え? だって儀式だろ」
ヒーローが悪の怪人にぼこぼこにされたら子供が泣くだろうが。心の汚れてしまったいまとなっちゃ、そっちの方が見たいけど。
「魔王がわたしの代になってから、宝玉は一度も渡してない。すべての国の勇者、全部追い払った」
「ええ? それだと困るんじゃ」
「知ったことか。わたしは、認めない。魔王なんかじゃない」
どういうこと?
足を止めたエルの声が湿った。
肩に手を置かれ、振り向くとアデリナさんが無言で首を振った。
ナイーブな問題のようだ。
「わたしが魔王だって認めると……それは父様と母様が死んだと認めたってことだから……」
だからわたしは魔王じゃない、と、絞り出すように言った。
父親だけじゃなく、母親もいないのか。
魔王ってどうも世襲制で、ようするにあとを継ぐってことは、両親の死を認めること。
なにか、認めたくない複雑な事情があるみたいだけど、いま聞くことじゃない。
おれより小さな背中は、本当は寂しがりやなんだって言っている。
だって友達が欲しくて異世界からおれを召喚するくらいだ。
あのとき、おれたちは友達になった。
なら、友達としてやれること、おれにもあるはずだ。
「エル」
肩からアデリナさんの手をはずし、おれはうつむいて顔の見えない金髪の耳元にささやいた。
「さっさと終わらせて、釣りに行こうぜ」
エルはしばらくそのままだったが、やがて、ふふっと笑ってくれたようだ。
「……そうだな」前を向き、背筋を伸ばす。「そうだ。行ってくる」
「お気をつけて。よき健闘を」
アデリナさんはなぜだかおれを見て微笑みながら、一礼した。
「エルフリーデ・ゼッツァ! 仲間との別れはすんだか、今日こそお前をたおーす!!」
城門の向こうで、勇者王女様が叫んだ。
どうでもいいけど声でかいな。
エルはスタスタと門の外まで歩いていき、なおも前口上を述べている王女めがけて、するどく腕を振った。
その瞬間。
爆音。
轟音。
すさまじい火炎。
城門の向こうが、一瞬にして地獄のような爆炎に包まれた。
「ええ~~~~っ!?」
ヒーローショーにしちゃやりすぎだろ。
驚いたのと呆れたのとで声も出ない。マイケルに至っては立ったまままた気絶している。
「ちょちょちょ、死んだでしょ、いまの。明らかに。ねえ、アデリナさん!?」
「だいじょうぶでしょう」
メイド長は興味なさげに枝毛を探している。
実際、大丈夫だった。
「あ、あ、あぶないだろっ! まだ人が話してるのに!」
城門の上にしがみついて、王女が非難の声を上げた。いつのまにあんなところへ。
「ちっ、はずしたか」
「と見せかけてジャーーーンプ!」
不意打ちのつもりか、上空に躍り出て剣を抜く。
ツバメのような鋭さでエルめがけて落下し、白刃をふるった。
ストロボのような光が瞬いた。
エルの手にはビームソードみたいなものが形成されており、それで剣を受けたのだ。
二度、三度、切り結ぶたびに閃光がはじけ続ける。
すごい迫力だった。
映画でもこんな殺陣のシーン、見たことがない。
おれも男だ、こんなのを目の前にして、興奮しないわけがなかった。
「いけっ! そこだ!」
いつの間にか声を出して応援していた。
王女の方も、形式だけの儀式なんて言うから、見掛け倒しと思いきや、そうとうな手練れに見える。少なくともおれの世界でビームソードをバク転しながらかわし、そこからさらに反撃にまで持っていける技量の持ち主がいるとは思えない。
「てやあっ!」
必殺の一太刀か――強烈な一撃を受けて、ついにエルの手からビームソードが消し飛んだ。
「剣の腕はあげたな」
「うるさい! 今日こそあたしの勝ちだ!」
丸腰の頭めがけて、剣が振り下ろされる。
なにあれ、殺す気!?
しかしエルの余裕の表情は崩れなかった。
太刀筋が止まった時、光も、音もなかった。
「な――なんだって……」
おののいたような、王女の声だけが地を這った。
エルは素手で、しかも片手で、刃をつかんで止めていたのだ。
「魔王をあなどるなよ、勇者」
その瞳が青白く輝き、同時に人差し指の指輪が光った瞬間、電撃がほとばしった。
「あびゃびゃびゃびゃびゃびゃ!!」
エルの身体から発生した電撃は、剣を伝って王女を感電させた。
鉄工所の溶接作業を見ているようだ。古典的アニメなら光の中にガイコツが描かれるだろう。
やがて鎧の隙間からブスブスと黒煙をあげて、王女は地面に転がった。
死んでないよな?
毎回心配になるくらい過激だ。
「終わったぞ」
エルが言った。おれは気絶しているマイケルに蹴りを入れる。
「ファッ!?」
「終わったってよ」
「世界は終わったのですかー!? ノオオォォォォウ!」
泣き崩れる。放っておくことにした。
おれとアデリナさんが城門のところへ着くと、王女が起き上がって膝を抱えるところだった。
「また負けた……十三回目だ」
「いい加減あきらめろライカ。まだ宝玉は渡す気にならん」
打ちひしがれた感のある相手に対して、エルの口調は冷たい。よくわかってないおれが黒焦げ王女のフォローをしたくなるくらいだ。
「いやだ。もっともっと強くなって、絶対にお前に勝つ」
「がんこなやつ。……ん?」
エルは王女……ライカの背中に、なにか見つけたようだ。
「そのステッカー、釣り具ギルドのか?」
剣の鞘に黒くすすけてはいるが、魚と竿をデフォルメしたステッカーが貼ってあった。
「そうだけど」
「おまえ、釣りするのか。じっとしているの苦手なくせに」
「悪いか。落ち着きがないから、竿でも持って集中しろって、師匠が教えてくれたんだ」
「そうか……ふむ。いいことを思いついたぞ」
「なんだよ」
「次の勝負は、釣りで決着をつける」
「なんだよ、それ。馬鹿にしてるの」
「いいから聞け。おまえの腕は知らんが、わたしも父様に教えてもらった程度の腕前だ。それならいい勝負になる」
「……宝玉は?」
「もちろん、おまえが勝てば返そう」
「乗った!!」
でかい声を上げて、ライカはぴょんと起き上がった。さっきまでの悲壮な空気が嘘のようだ。
「聞いたよ? あたしが釣りで勝ったら、宝玉は持って帰るからね!」
「約束だ。ただし、勝負はこっちの指定する場所でやるぞ」
「あ、やな感じ」
「心配するな。わたしも同じ条件のところだ。場所は……」
なんでか、エルの視線はおれの顔へ向いた。
「異世界、ニホンだ」