22 結婚成立?
疲れた。
徹夜で釣りをした翌日の授業よりも疲れた。
エルはおれの隣の席、マイケルと反対側へ着席して、おれはそこの席にもともといた奴の顔を思い出そうとしたが、できなかった。
思いのほか授業をまじめに聞いていて、少なくともマイケルより熱心だ。
それでもなにをやらかしはじめるか気が気でなくて、おれの精神はすり減っていった。
ようやく放課後だ。
釣りにでも行って気分転換しよう。
みんなが帰り支度を始めた時、英語の先生が教室に現れた。
「すまん、小テストの返却だ、帰るのちょっと待ってー」
そういや昼からの授業で10問くらいのテストをやったっけ。
呼ばれた順に取りに行く。
おれの点数は……60点。可もなく不可もなく。
そういや、エルもちゃんとテストを受けていた。何点なんだろ?
「げっ」
のぞきこんだら100点だった。
「エル、これちゃんとやったの?」
「? ずるをしてどうする」
そう言うところは生真面目なのを知ってるから、本当なんだろう。そういや異世界人なのに日本語が通じてるし、教科書も読めてる。世界観考証はどうなってるんだ。
「30点以下は赤点で追試だからな。あとで先生の所へ来るように」
最後まで配り終えると、そう言って先生は帰った。
「ノォウッ!」
おそるおそる自分の答案を見たマイケルが呻いた。おれはそこで信じがたいものを見た。
「赤点じゃねーかお前!」
何人なんだこいつ。火星人か?
「ジャパニーズイングリッシュ、ベリベリディフィカルトね~」
肩を落としている。衝撃的過ぎてフォローのしようもない。
「エルちゃんー、何点だった?」
花瀬さんが他の女子を連れてやってきた。もうエルと友達になったようだ。
女子たちがきゃっきゃやり始めたので、バッグを持って立ち上がる。
「マイケル、帰ろうぜ」
「ソーリー、ワタシは追試でーす……」
「あ、そうか。マジで反省しろよお前」
マイケルからアメリカ人の要素を取ったら、あとは変人しか残らんぞ。
じゃあぼちぼち帰って、夕マズメ狙いに一発いっとくか。
その前に花瀬さんの店に寄ろうかな。
前にエルといっしょに行った、ビッグフィッシングは花瀬さんの親が経営している釣具屋なのだ。ゴールデンウィークにばあちゃんから小遣いをもらって、懐も温かい。
「帰るのか、ナガシン」目ざとく見つけて、エルが声をかけてきた。
「ああ」
「じゃあわたしも帰る」
「帰るって……どこに」聞いてから、しまったと思った。
「どこって、城だ」
よかった。おれんちに居候するとか、べたな展開になるのかと思った。
城と言う単語を耳にした女子たちが変な顔をしたけど。
「あ、私も。近所だから」
花瀬さんも含めて、おれたちは3人で教室を出た。
校門を出るまで、視線を感じると思ったらそれもそうだ。
ひとりはクラスのアイドル。
もうひとりは謎の美少女外国人。
こんな贅沢な下校があっただろうか、いやない。
これでおれが超金持ちとか超美形だったらつり合いも取れるんだろうけど、そこだけが残念だ。
他愛もない話をしながら川沿いを歩く。
エルは話の中に出た、アイスクリームを食べたいようだ。今度行こう、と約束していた。
いまごろ気づいたけど、ちゃんと指定のブレザーの制服を着ていて、お世辞じゃなく似合っていた。マイケルのブレザーは妖怪にスーツを着せたような違和感があるのに、やっぱり美少女は華が違う。
美少女と言えば花瀬さんも負けてない。いくらエルがきれいだと言っても、日本人なら花瀬さんの方が好みの男は多いはずだ。それに勉強もスポーツもできて性格もすごくいい。天は二物を与えずと言うけど、そいつは嘘だって見ればわかる。
「なに!? あのビッグフィッシングの娘だと!?」
ぼーっと2人を眺めていたおれは、話題が花瀬さんの店に移ったことに気が付かなかった。エルが興奮している。
「そ、そうだけど、びっくりしたぁ」
「なんて偶然だ。前にルアーを買いに行ったことがあるぞ。なあナガシン」
「え? うん、あそこだ」
「そのルアーで初めてシーバスを釣ったんだ。あの日は楽しかったな」
「そうだな」
勇者と魔王が真剣勝負をしてたとは到底言えないけど。でも、ライカと友達になる機会ができて、そう言う意味では一生忘れられない日だった。
「ふーん……? ねえ、聞こうとは思ってたんだけど、エルちゃんとナガシン君って知り合いだよね。どんな関係か聞いていい?」
花瀬さんの疑問はもっともだ。いつ聞かれてもいいように答えは準備してある。うそをつく必要はない、釣り友達と――。
「夫婦だ」
「ぶふっ!」
むせた。口をはさむ暇のない即答だった。
「ふーふ?」きょとんとしている。
「これを見ろ!」
エルは左手を高々と掲げる。
「私の国では、左の人差し指に指輪を嵌めてくれる男性と結婚することになっている。それを入れてくれたのがナガシンだ」
「たしかに入れはしましたけどね……」
「そして!」まだ続くらしい。
「男性は自ら、右の人差し指に指輪を嵌める……。この儀式を以って、夫婦と認められるのだ」
「は……?」
おれは自分の右手をまじまじと見た。人差し指に指輪が嵌まっている。昼休み、エルにせがまれて自分で嵌めたものだ。
「え、ちょ、待って。男は右なの!?」
「そうだ。常識だろう」
「知らねーよ!!」
「おそろいの指輪だ……高そう」
花瀬さんはジト目だ。すごいジト目。
「花瀬さん、誤解だから、誤解。エルとはなんでもない、ただの釣り友達で――」
「見苦しいぞナガシン。男らしく認めたらどうだ」
「あああそんな言い方するとおれがヘタレ男みたいじゃないかああああ」
「ナガシン君って思ったより色男だったんだね」
「そんな目で見ないで花瀬さん! うわああああああ!」
「あっ」
いたたまれず、おれはダッシュでその場を駆け出していた。
普通の日常はどこへ行ったんだ。
あの頃に帰りたい!
だがおれの悲痛な願いとは裏腹に、事態は収束と逆方向に加速していくのだった。




