跳んでみよう(その1)
後頭部の傷は恐ろしいスピードで完治した。僕は治った後も、お父さんと一緒に小林先生の所に通っている。お父さんは、小林先生と話をしながら、徐々に心がほぐれていくのを感じているようだ。‘事実’がはっきりとそこにあるのに分かってもらえないことからお父さんは自滅していたのだろうけれども、小林先生は事実を事実とはっきりと言って下さる方だ。事実からまやかしへ傾きそうになっていた心が小林先生のお蔭で、また真っ直ぐに事実への直線・最短距離へと向き始めているようだ。
僕はただ、お父さんと小林先生の話を横でじっと聞いているだけだ。医療的には、うつ病患者本人の主張や自己申告だけでなく、客観的に状況を説明するために僕を呼んだ、ということにはなっている。
けれども、‘かおるさんも、息子として、お父さんとわたしの真剣な遣り取りを見ておいてください’というのが小林先生の本音だそうだ。土曜日の朝早い時間か夕方がその時間に充てられた。お蔭で、部活の時間にも支障をきたさない。
朝、小林先生の病院に寄った日の部活は、自分でもちょっと信じられないくらい、跳躍が研ぎ澄まされる感じがした。単に技術や体力が上がった、ということでは説明できない、何かが自分に感じられる。
因みに、今朝の遣り取りはこうだ。
お父さんが小林先生に向かって、私みたいな人間を診て下さってありがとうございます、というようなことを言ったのだ。それに対し、小林先生はこう言った。
「いや・・・少し違いますね。小田さんがそう思ってくださるのはとても嬉しいです。本当にそうならば医者冥利に尽きます。でも、むしろ、私にとって小田さんという人が必要なのだ、と感じるんですよ。だから、かおるさんの治療に私の病院がご指定をいただいたのだと」
それから小林先生は僕に向き直ってこう言った。
「かおるさん。あなたを殴った人も、あなたに必要な人だったんだと思いますよ。めぐり合うべくしてめぐり合ったんだと思います。同じように、彼にとってもあなたという人が必要だったんですよ、きっと。人間には分からない、不思議な縁ですね・・・」




