真夏の銃剣(その8)
その内に、お父さんが入ってきた。朝一番の手術が終わった後、お父さんは一旦家に帰って仮眠を取り、今度はお母さんが入れ替わりに家に寝に帰った所だ。
「今、警察の人が来るって連絡があったから。さつきさんも申し訳ありませんが、お願いしますね」
お父さんの言葉に、僕とさつきちゃんは、ちょっとだけ緊張した。
病室に入ってきたのは、私服の、クールビズでネクタイを締めていない刑事さん2人だった。
2人とも、まずは見舞いの言葉を述べ、僕とさつきちゃんに昨日の話を一通り聞いた。その上で、今度は刑事さんの1人が僕たちに状況の説明を始めた。
「実は・・・手首を骨折した子の父親が、被害届を出すと言ってるんです」
「被害届?」
お父さんが険しい表情で刑事さんに聞き返した。
「ええ。まあ、確かに重傷には間違いないですからね・・・
被害届が出されるとなると、我々もそれなりの動きをしなければならなくなります。
ご子息にも更に詳しく色々と聞かなくてはならなくなりますし・・・」
何事にも動じないと思っていたさつきちゃんの顔色がいつの間にかこわばっている。
さつきちゃんは、ゆっくりと刑事さんに向かって話し始めた。
「かおるくんはただ、わたしを助けようとしただけです。それに、かおるくんの方が、もっと重傷です。どうして、あの人が被害届なんか・・・」
刑事さんは申し訳なさそうな顔をして、さつきちゃんに向かって事務的ではあるが、心の入った声で話し始めた。
「手首を骨折した岡崎さんが、小田さんには直接手を出した事実はない、というのは貴女からもお聞きしたとおりです。したがって、もし、小田さんも被害届を出すとしたら、岡崎さん以外の2人を相手にするしかない。故意かどうかは別として、小田さんが岡崎さんに怪我を負わせた、というのは、事実である訳です」
さつきちゃんは少し、間を置いて言葉を発した。
「・・・手を出さなくても、遥かに卑怯なことが、世の中にはあると思います・・・」
さつきちゃんの静かな、けれども強い言葉に、刑事さんも最大の誠意を持って話そうとしているのが分かる。
「本当はこんなことを言ってはいけないのかも知れないが・・・・」
そう、前置きして、刑事さんは話し始めた。
「状況から見ても、貴女と小田さんが、身の危険を感じて一連の行動を取ったことはやむを得なかった、と私個人は思います。そして、貴女と小田さんが、正直に事実だけを話してくださっていることも、私にはわかります。
何より、小田さんは、3人を相手に、あくまでも正々堂々と勇敢であった、ということは、男として敬服すべきことです」
‘正々堂々’、というよりは馬鹿正直だっただけであり、‘勇敢’であったとはとても思えないほど、だらだらした殴り合いだったと僕は恥ずかしい想いで聞いていた。むしろ、勇敢で正々堂々としていたのは、さつきちゃんだと思う。
「ですが、岡崎さんも市民であり、被害届を出す、というのは正当なことなのです。どうぞ、ご理解いただきたい」
刑事さんの言葉を聞いて、お父さんが口を開いた。
「わたしも、息子も、自分たちが被害届を出すなんて考えもしないことです。
それよりも、おっしゃる通り、息子が岡崎君に怪我をさせたのは本当に申し訳ないことなので、息子はまだ無理ですが、一度わたしはお見舞いに上がりたいのですが」
刑事さんは、重苦しい口調で、お父さんに応えた。
「先方は、来て欲しくない、と、言っています」
そうですか・・・とお父さんは呟く。
僕は、何気なく言ってみた。
「たとえば、裁判、とか、そういうことになるかもしれないんですね?」
刑事さんは、僕の方を見て気の毒そうに話してくれた。
「必ずそうなる、とは、言えません。相手と話して示談、ということもあるでしょう。
あなたは未成年ですから、家庭裁判所で事件を扱う、という形になるかもしれません。いずれにしても、先方は被害届を出す検討をしている段階ですから、どのようになるかは岡崎さんの判断をまず受けて、ということになります」
それから、刑事さんたちは、もうしばらく追加の質問を僕たちにしてから、帰って行った。




