コンクリートの海(その4)
僕らは炭酸飲料を飲みながら、またしばらく青空と入道雲を見ていた。
「なんで、久木田くんは自殺したんだろうね・・・」
さつきちゃんが突然呟いて、皆、びくっ、とした。
ゴールデンウィーク明け、女子3人から僕と太一は同窓会どうだった?と訊かれた時、既に久木田の自殺のニュースが報道されていたので、事の顛末をすべて話していた。
その後、僕は何をなしても常に久木田を最後に見た時の、教室の机に顔を伏せているその背中が思い出されて、思考や行動に目に見えないブレーキがかかっているような気分になる。
残りの4人にしても、16・17歳の僕らにとってはとても衝撃的で胸の奥にしまったままにしておくには重くて苦しいものだった。‘自分の人生とは関係ない’と踏ん切りをつけることはできなかった。
太一は何か思う所があるのだろう。さつきちゃんの問いに対して、静かに答え始めた。
「・・・実は、僕にも責任があるんじゃないか、って思ってる」
太一の思いがけない言葉に、みんな、えっ、という顔になる。ただ、さつきちゃんだけは表情を変えずにじっと太一の顔を見ている。
「・・・僕自身は岡崎みたいな、久木田を直接傷つける言葉は言ってないかもしれない。でも、岡崎の言葉を引き出したのは僕と岡崎とのやり取りがきっかけだった・・・それにもしかしたら、僕と岡崎の遣り取りそのものが久木田の気持ちを辛くしたかもしれない・・」
遠藤さんが、ううん、日野くんのせいじゃないよ、と慰める。
太一はもう少し話を続けた。
「・・・かおるちゃんが久木田の背中をさすっているのを見て、ああ、自分は馬鹿だな、って思った・・・・」
僕は、太一の心をなんとか救いたいと思った。今までの人生、太一に救われ続けてきた。でも、何が言えるだろう・・・
「・・・多分、寿命だったんだよ・・・・」
僕は、意識にも無かった言葉が自分の口をついて出てびっくりした。でも僕のその無意識の言葉に、みんなの方が、えっ!?と驚いている。さつきちゃんもびっくりした顔をしている。
僕の言葉はまた、自分の思考とは全く関係なく、すらすらとではないけれども、染み出してくるように音声となって僕の口を離れる。
「・・・僕は、さつきちゃんのおばあちゃんのお通夜の晩、久木田がいてくれたことすら、この5人と出会う縁につながった、って感じた。久木田との縁が無ければみんなとの縁も無かったんだろうな、って・・・
久木田がしたことは、確かに人の人生すら狂わせることもあった・・僕自身も、太一しか知らなくて、ここにいる他の皆には言えないようなことがいくつもあるし・・・
でも、それすら、僕がこの高校に入って、このみんなと出会うためのプロセスで、久木田がそのための損な役回りをしてたんだとしたら・・・久木田も‘いてもいい人間’ってことになる」
「じゃあ、どうして今、死ななくちゃいけなかったのかな?寿命って、どういうこと?」
さつきちゃんがいつになく、やや強い口調で僕に半ば詰め寄るように問いかける。さつきちゃんの様子に、他の3人は軽く驚きの表情になる。
けれども、僕自身は全く何の感情の起伏もなく、自動的に喋り続けるような感覚が続く。
「僕らには決して分からない‘役割’を久木田がやり遂げた、ってことだと思う。
だから、これ以上はその役割以外の、ただ単に人を苦しめるだけの罪作りになるから、神様が久木田を召されたんだと思う。神様の慈悲だと思う。
ある意味、久木田は、‘志’を成し遂げたから召されたんであって、寿命をまっとうしたんだと思う」
みんな、シーン、と静まり返っている。
太一が眼を赤くして僕に語り掛ける。
「かおるちゃんは、やっぱり、‘異次元’だよ・・・ありがとう・・・」
そのまま、その顔を見せるのが太一としては照れ臭いのだろうか、意味もなく、連峰を眺めるふりをして、顔を向こうの方に向けている。
「かおるくん」
さつきちゃんが、僕に静かに声をかける。僕は黙ってさつきちゃんの方へ顔を向ける。
「わたし・・・おばあちゃんが亡くなってから、やっぱり、何度も何度も自分で自分に問いかけてた。
‘わたしが風邪をうつしたから’って・・・」
僕はさつきちゃんの目を真っ直ぐ見て、軽く、うん、と頷く。
「今、かおるくんが言ってくれたことが、今までわたし分からなかった。
・・・多分、それは‘こう考えたら気分が楽になるよ’ってことじゃなくて、わたしも久木田くんは、自分の役割を見事に果たし切って天に召されたんだと分かった。それが本当のことだって分かった。
おばあちゃんが亡くなったのはわたしが風邪をうつしたからというのは、事実だけれど・・・・
おばあちゃんも、わたしやお父さんやお母さんや耕太郎や大勢の人たちに・・・感謝してもしきれないくらいのたくさんの役割を果たして天寿をまっとうしたんだ、って、今、分かった」
さつきちゃんの目は、僕の目の奥を覗き込んでいることがはっきりと認識できる。まるで、僕に対してではなく、僕に自動的に話させている‘何か’に直接話しかけているかのようだ。それから最後にさつきちゃんはこう言った。
「ありがとう・・・」
「小田くん、ひなちゃん・・・結婚したら?」
脇坂さんの一言に、僕は急に我に返った。
「え!?」
と、僕は、この暑さの中に関わらず、自分の顔が一瞬にして真っ赤になるのが分かった。
「だって・・・・それしかないでしょ?」
脇坂さんの追撃に、遠藤さんもうんうんと頷いている。太一まで‘その通りだね’という風に頷いている。脇坂さんが更に駄目押しする。
「多分、小田くんとひなちゃんがこの先ずっと一緒にいれば・・・きっと二人で何か凄いことができると思うよ」
「・・・・」
僕は言葉を失ってしまった。その横からびっくりするぐらい冷静なさつきちゃんの声が聞こえてきた。
「かおるくんとは何が不思議な縁がある、っていうのは、わたしは初めて会った時から気付いてた。入学式の時から・・・」
僕は反射でさつきちゃんの顔を見る。聞きようによってはあまりにも大胆なさつきちゃんの言葉に皆も目を丸くしてさつきちゃんの方を見る。
「だから・・・かおるくんから、その・・・‘打ち明けられた’時・・・
その・・・ただ、‘男の子と女の子’っていうだけの縁なのかな、って一瞬錯覚しかけたんだけど・・・
お母さんと話す中で、ああ、ただの‘彼氏・彼女’っていうことじゃなくって、これまでこの5人で話してきたみたいなこととか、‘彼氏・彼女’ってだけじゃ絶対できないようなことをしていくもっと深い縁なんだろうな、って分かった・・・
でも・・・」
「でも・・・?」
僕以外の3人が声を揃えてさつきちゃんに向かって前のめりになるようにして話の続きを全力で促す。
「でも・・・この深い縁が‘結婚する’っていう縁なのかどうかは、わたしだけで決められることじゃないから・・・」
さつきちゃんがそう言って僕の方を見ると、みんなも一斉に僕を見る。
さつきちゃんは、‘縁は人間が決めるものじゃない’という意味で言ったはずなのだけれども、残り3人は、‘結婚するかどうかはかおるくんの意思も尊重しなくちゃいけないから’という風に完全に誤解している。
3人は、「どうなんだ!?」という詰問するような目つきで僕をにらみつける。
僕は、もう耐えきれなくなって、立ち上がった。
「今日、‘俺たちは天使だ’の再放送見なきゃ!」
と、皆がすぐには解析できないであろう謎を含めた言葉を残して、僕は最速の速足でドアの方へ向かった。
案の定、10秒ほどみんなで、‘「俺たちは天使だ」って何?何?’という風にさわさわと言い合っていたが、すぐに罵声を浴びせながら追いかけてきた。
「かおるちゃん、男らしくないよ!」
太一も速足で近づいてくる。
「小田くん、卑怯だよ!」
遠藤さんまでそんな言葉を僕に浴びせかけて来る。
3人の後ろを、さつきちゃんが、にこにこ笑いながら歩いている。
ほんとの海には行けなかったけれど、なんだか青春ぽいな。
僕はそんなことを思いながら、階段を駆け下りた。
でも、僕の中にはこんな疑問がこびりついたまま残っていた。
‘じゃあ、岡崎はどうなんだろう?’




