事故物件ごと異世界転移したんだが
初投稿です
よろしくお願いします
――俺の人生、完全に詰んでるよな。
畳の上に寝転がりながら、アキラは天井を見つめていた。
ひび割れた天井板。雨の日はちょっと染みる。
それでも、ここは“屋根があるだけマシな場所”だ。
「残金……二十円」
財布の中を何度ひっくり返しても、小銭は増えない。
スマホを開いても、通知は来ても金は来ない。
つまり――月末の給料日まであと十日。
「……どうやって生きろってんだよ」
笑えない現実だった。
昔から、どうにも金に縁がない。
理由はよく分からない。ただ、気づけばいつも“足りない側”にいる。
だから親戚に紹介されたこの一軒家に飛びついた。
家賃、破格。
ボロさ、規格外。
窓際には、いつの間にか入り込んで住み着い
た野良猫。
台所には、見ない日はない黒いヤツ。
――まぁ、このくらいは些細な問題だ。
ギィ……。
「……出たな」
廊下の奥。
襖の隙間から、影がぬるりとこちらを覗いていた。
この家には――幽霊がいる。
最初は腰を抜かしたが、今ではもう日常だ。
「悪いけど今それどころじゃねえんだよ。こっちはマジで死活問題なんだ」
影はじっとこちらを見つめたまま、やがて興味を失ったようにスッと消えた。
相変わらずマイペースすぎる。
「……はぁ」
ため息をつきながら、アキラは視線を横に向ける。
「よし……」
手に取ったのは、最後の希望。
カップラーメン。
「これで今日を乗り切る……」
――その瞬間だった。
グラリ、と家が揺れた。
「……地震?」
違う。
揺れが、変だ。
上下左右、めちゃくちゃに振られる。
まるで――家ごと持ち上げられているような。
「ちょ、待て待て待て!やばいだろこれ!?」
窓の外を見る。
景色が、歪んでいた。
空がねじれ、色が混ざり、現実がほどけていく。
「なんだよこれ……っ!」
そのとき。
廊下の奥から、“それ”が飛び出してきた。
影――だったはずの存在。
だが今は。
少女の姿になっていた。
「……え?」
白い肌。ぼんやりと光る瞳。
明らかに“人”の形。
「な、なんだお前!?」
「……うるさい」
初めて、声を聞いた。
静かで、綺麗な声。
「って今それどころじゃ――」
ドンッ!!
視界が白く弾けた。
落下。
衝撃。
そして――静寂。
「……終わった?」
恐る恐る外を見る。
そこにあったのは、見知らぬ世界だった。
妙に高い空。澄みすぎた空気。
遠くに広がる、森と山。
「……は?」
思考が止まる。
その背後から。
「ねぇ、アンタ。ここどこ?」
軽い声がした。
振り返る。
そこにいたのは――ネコ耳の少女だった。
見覚えのある三毛の色合い。
だが、どう見ても人間。
しかも。
「……おい」
「なにニャ」
「とりあえず……それ、なんか着ろ!!」
少女は一瞬きょとんとして、自分の体を見下ろす。
そして数秒後。
「……あ」
耳まで赤くなった。
「……見るなニャ!!」
「見るなって無理だろ!?そっちが無防備すぎんだよ!!」
「うるさいにゃ!いいから服!!」
「語尾どうなってんだよ!!」
そのやり取りをぶった切るように。
「え、なにここ超ウケるんだけど」
軽い声。
台所の方から現れたのは、褐色肌の黒ギャルだった。
赤みのある髪に、やたらテンションの高そうな笑顔。
「外ヤバくない?完全に別世界じゃん☆」
「……いやお前誰だよ!?」
「んー?ウチ?さっきまで台所いたけど〜」
アキラは一瞬考えて。
そして。
「……あ」
思い出した。
見ない日はなかった、黒いヤツ。
「もしかしてお前――」
「そだよ〜」
あっさり肯定された。
「何か人の形になってるけど、まぁいっか☆」
「よくねえだろ!!あとお前もなんか着ろ!!」
「え、別によくない?減るもんじゃないし」
「俺の理性が減るわ!!」
完全にキャパオーバーだった。
そして、極めつけ。
ギシ……ギシ……と家が軋み。
声が響いた。
『――マスター、状況確認完了』
「は?」
『当該環境は、元の世界ではありません。いわゆる異世界と判断します』
「……は?」
『今のところ私の住居機能は維持されています。安心してください』
「安心できるか!!ネコとゴキが裸の美少女になって家が喋ったんだぞ今!!」
『役得ですね』
「そこじゃねえ!!」
アキラの叫びが、見知らぬ空に響く。
手には、開けるタイミングを完全に失ったカップラーメン。
こうして。
貧乏人と、ネコ耳と、元ゴキブリと、喋る家による。
意味不明すぎる異世界生活が始まった。
『ワタシモイルヨ』
若干、落ち着きを取り戻した。
とりあえず――本当にとりあえずだが。
「いいから着ろって!!」
「わ、わかってるニャ!!」
「え〜これ似合う?ウチ的にはアリなんだけど〜☆」
アキラが家の中にあった適当な布や服をかき集め、ネコ耳少女と黒ギャルに着せた。
最低限の理性は守られた。
「……はぁ」
深く息を吐く。
改めて、窓の外をみる。
知らない空。知らない森。知らない世界。
「……マジで異世界、なのか」
全員に何かしらの変化が起きている。
ネコは人になり、ゴキブリも人になり、家は喋り。
幽霊は――
「……そういえば」
アキラは振り返った。
「家。さっきの、あの幽霊」
あの黒い影が変化した少女。
「あれ、お前なのか?状況的に、あいつが俺らをここに送った気がすんだけど」
少しの沈黙。
そして。
『私ではありません』
あっさり否定。
『該当する存在は――こちらかと』
家の奥。
そこに、ふわりと現れた。
長い金髪の少女。
あの時と同じ、静かな瞳。
「……お前」
『ワタシじゃないよ』
先に、否定された。
『ただ……呼ばれた気がする』
ゆっくりとした声。
『誰が、何のために呼んだのかは……わからないけど』
静かに、そう言った。
「……そっか」
不思議と、怖くはなかった。
この家に来てから、ずっと一緒にいた存在だ。
今さら恐れる理由もない。
むしろ――
「お前、普通に喋れるんだな」
『……うん』
小さく、頷く。
それだけで、少しだけ“人間っぽく”見えた。
⸻
結局。
分からないことだらけだった。
どうしてここに来たのか。
どうすれば元の世界に戻れるのか。
そもそも戻れるのか。
何一つ、答えはない。
それでも。
この状況で、一つだけ確かなことがある。
「……まぁ、あれだな」
アキラは頭をかきながら言った。
「ここで生きるにしても、元の世界戻るにしてもさ」
全員を見渡す。
「協力しねえと、どうにもなんねえよな」
ネコ耳少女が小さく頷き。
「……まぁ、そうだニャ」
黒ギャルが軽く笑う。
「それな〜。一人とか無理ゲーじゃん☆」
幽霊は静かに。
『……うん』
家も。
『合理的判断です、マスター』
「だよな」
そしてアキラは、パンッと手を叩いた。
「――よし。じゃあまずは自己紹介だな!」
勢いよく言い放つ。
「俺はアキラ!よろしくな!」
元気よく決めた。
……が。
沈黙。
「……あれ?」
「……名前、ないニャ」
「ウチもないんだけど〜」
『記録上、個体名は存在しません』
『……思い出せない』
「マジかよ」
全員、名前がなかった。
ネコは場所ごとに呼ばれ方が違い、
ゴキブリはそもそも呼ばれたことがなく、
家も個体名などなく、
幽霊は昔すぎて覚えていない。
「じゃあ――」
アキラがニヤリと笑う。
「俺がつけてやるよ」
「やめとけニャ」
「それ事故るやつじゃん」
即、否定された。
「いやいや任せろって!センスには自信あるから!」
「ないニャ」
「ないね☆」
即答だった。
「まずはお前!」
ネコ耳少女を指差す。
「メケメケ時三郎!」
「却下ニャ」
秒だった。
「はやっ!?」
「長いし意味わかんないニャ!!」
ネコは心底嫌そうな顔でため息をつく。
「……ほんとセンスないニャ」
「ぐっ……」
アキラがダメージを受ける。
そのとき。
家が、静かに割って入った。
『“リン”を提案します』
「リン?」
『短く、呼称効率に優れています』
『また、当個体の外見的特徴との親和性も高いと判断しました』
やたら理屈っぽい。
「……よくわかんないけど」
ネコは少しだけ考えて。
自分の名前を口にする。
「……リン」
もう一度。
「……リン、ね」
小さく頷いた。
「……それでいいニャ」
「お、決まった」
「家の方がセンスよくない?」
「ぐっ……!」
アキラ、二度目のダメージ。
「で、家は――」
「暗黒要塞パンデモニウム!」
『却下します』
「だろうな!!」
即死だった。
幽霊が、ゆっくりと家を見渡す。
『……あなたは』
少し考えるように、間を置いて。
『ツクモ』
静かに言った。
『長く在るもの……そんな感じがする』
『……ツクモ、でいい』
家はわずかに間を置いて。
『……承認します』
『当個体名を“ツクモ”とします』
「おー、それいいじゃん」
「しっくりくるニャ」
「普通にセンスいいじゃんそれ」
「じゃあこっち!」
アキラが勢いよく黒ギャルを見る。
「ジーコ!」
一拍。
「……ジーコ?」
ぽかん、としたあと。
「……それ、うち?」
「お前以外いねえだろ」
「……ふーん」
少しだけ視線を逸らして。
えへへと口元が、ゆるむ。
「……ジーコ、ね」
もう一度、呟く。
「……いいじゃん、それ。ちょっと子供っぽくて」
「え、そこ褒めてる?」
「褒めてる褒めてる☆」
くるっと振り返って、にっと笑う。
「じゃあウチ、ジーコでいいわ。よろしくね、アキラ」
「お、おう……」
(なんかやけに素直に受け入れたな……)
「じゃあ幽霊は――」
「キングテ――」
「それはやめた方がいいニャ」
ネコが割って入った。
「もっと普通でいい」
幽霊の方をちらっと見る。
「……レイちゃん、とかでいいんじゃないニャ」
『……レイちゃん』
小さく、繰り返す。
少しだけ間があって。
『……それでいい』
「決まりニャ」
最後に。
リンが腕を組んで、アキラを見る。
「で、アンタはそのままアキラでいいニャ」
「いや俺は最初から名乗ってたからな?」
「じゃあ決まりニャ」
強引だった。
⸻
こうして。
名前が決まった。
リン。
ジーコ。
レイ。
ツクモ。
そして――アキラ。
「……なんか、ちょっとそれっぽくなってきたな」
誰ともなく、そう呟く。
異世界。
正体不明の状況。
先の見えない未来。
それでも。
「――やるしかねえか」
アキラは笑った。
その笑顔は。
どこか――少しだけ、楽しそうだった
読んでくれて
ありがとうございました!




