見えない違和感
朝の空気は冷たかった。
事務所の窓を開けると、夜の湿り気がまだ少し残っている。街はすでに動き始めていて、遠くで車の音が重なっていた。
ミリアは窓辺に立ち、外を見ていた。
何かがおかしい。そう思う理由を、うまく言葉にできない。
危険が迫っているわけではない。誰かの気配がはっきりあるわけでもない。
それでも、背中の奥に細い違和感が残る。
昨夜から消えない感覚だった。
机の方で紙の音がする。
タケトシが資料をめくっている。
「眠れたか」
顔を上げないまま、低い声で聞いてくる。
「……普通」
短く答える。
完全な嘘ではない。だが、本当でもない。
ミリアは窓から離れ、椅子に腰を下ろした。
机の上には、昨日の紙が置かれている。
――揺れは、小さい。
それだけの言葉。
意味は分からない。
けれど、無関係な言葉ではない気がした。
自分の何かを測られているような、そんな感覚が残る。
見られている。
その事実だけは、はっきりしていた。
「考えてるな」
タケトシが言う。
ミリアは紙を指で押さえたまま、小さく息を吐く。
「誰なんだろう」
ほとんど独り言のような声だった。
タケトシはすぐには答えない。
代わりに、資料を閉じる音がした。
「分からない相手ほど、距離を保て」
経験から出た、静かな言葉だった。
ミリアはもう一度、紙を見る。
揺れは、小さい。
それが評価なのか、警告なのか。
まだ分からない。
「……でも」
ミリアはゆっくり顔を上げた。
「近くにいる気がする」
タケトシの視線が、わずかに鋭くなる。
部屋の空気が少し変わった。
「理由は」
「分からない」
正直に言う。
それでも、確信に近い感覚があった。
孤島で何度も感じたもの。
視線。
誰かが、どこかから見ている。
ミリアは窓の外を見る。
朝の街は何も変わらない。
人が歩き、車が流れ、遠くで工事の音が響いている。
普通の景色。
それでも。
背中の奥の感覚は、まだ消えていなかった。




