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死体の山で蝿に囲まれていた少女は、“蝿の王女”と呼ばれながら人間になることを学んでいる  作者: ベルモット
第3章 使われる力

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観察者は、すぐそばに

翌日は、風の音だけがやけに耳についた。


任務はなく、事務所での待機日。

書類を整理していても、意識の一部が窓の外に向いている。


何かが起きるわけではない。ただ、空気の奥に薄い緊張が残っていた。


タケトシはいつも通りだ。


電話を受け、短く応じ、必要な情報だけを処理していく。その動きに無駄はない。


変わらないはずの日常に、目に見えない綻びが混じっている気がする。


昼過ぎ、インターホンが鳴った。


短く、一度だけ。


タケトシと視線が合う。彼が無言でモニターを確認する。


玄関前には誰もいない。ただ、静止した映像が映るだけだ。


「悪戯か」


低い声。だが、その目はわずかに鋭い。


私は立ち上がり、窓辺に寄る。


通りは静かだ。人影もない。


それでも、背中に細い線を引かれるような感覚が残る。


孤島のときとは違う。


あのときは、逃げ場のない恐怖だった。


今は、観察されている静けさ。


玄関を開ける。


足元に、小さな紙片が落ちていた。


白い紙がきちんと折られている。


拾い上げ、開く。


一行だけ、印字されている。


――揺れは、小さい。


それだけだ。


署名はない。


昨日の写真と同じ、淡い温度。


裁くでもなく、称えるでもない。ただ記録する目線。


喉の奥がわずかに熱を帯びる。


「中に戻れ」


背後からタケトシの声が届く。


扉を閉め、紙を机の上に置く。


昨日は写真。今日は言葉だけ。


距離が一歩、縮んでいる。


「反応を見ている」


タケトシが言う。


「……うん」


紙に書かれた一文を、もう一度読む。


小さい、と断じられた何か。


それが何を指しているのか、はっきりとは分からない。


もっと踏み込めばどうなるのか。


そんな考えが一瞬浮かぶ。


だが、すぐに押し戻す。


壊れる方向へ進む理由はない。


私は選ぶ。


窓の外を見る。


誰もいない。


それでも、確実に近い。


近づきすぎない距離で、こちらを見ている。


胸の奥に残るのは、恐怖というより緊張だ。


まだ、境界は越えていない。

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