距離の測り方
廃工場は、朝の光をうまく受け止めていなかった。
壁は黒ずみ、窓は割れている。
中は静かだ。
私は、足を止める。
音がない。それが不自然だった。
タケトシは、入口から動かない。
「中にいる」
短い確認。
私は、頷く。
足を踏み入れる。
床の鉄片が鳴る。
その音だけが響く。
気配はある。
隠れている。
奥の影が揺れた。
男が現れる。
疲れた顔。けれど目は鋭い。
「来ると思ってた」
右手に銃。
まっすぐ、私に向けられている。
私は、止まる。
距離を測る。
一歩。
二歩。
踏み込めば届く。
けれど、それでは終わる。
生かしたまま。
「撃つな」
声は静かだった。
男の指が引き金にかかる。
「近づくな」
声が震えている。
私は、息を整える。
力は出せる。
速さもある。
だが、それでは駄目だ。
指が動く。
私は踏み込む。
銃声が鳴る。
弾は肩をかすめ、壁に刺さった。
私は腕を掴む。
強くなりすぎないように。
押さえ込む。
男が叫び、もがく。
私は、力を調整する。
緩めすぎない。
肘が跳ねる。
衝撃が走る。
握り直す。
今度は、逃がさない。
地面に押し倒す。
銃が転がる。
男の息が荒い。
私は押さえたまま動かない。
終わったのか、まだか。
「……放せ」
男が言う。
私は、力を抜かない。
生きている。
それだけは確かだ。
タケトシの足音が近づく。
「そこまでだ」
静かな声。
私は、ゆっくり力を緩める。
男は倒れたまま息をしている。
血は出ていない。
骨も折れていない。
私は、自分の手を見る。
震えてはいない。
だが、指先に力が残っている。
加減。
できたかどうかは分からない。
生かしたまま。
その言葉だけが、まだ身体に残っていた。




