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死体の山で蝿に囲まれていた少女は、“蝿の王女”と呼ばれながら人間になることを学んでいる  作者: ベルモット
第2章 役に立つ力

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23/202

条件

 午後になって、扉がノックされた。


 外から、名前を呼ばれる。私は、返事をしてから立ち上がった。


 廊下は静かだった。


 昼のざわめきは引いている。足音が、やけに大きく聞こえる。


 部屋に入ると、タケトシは窓のそばに立っていた。


 背中を向けたまま、外を見ている。


「時間はあるか」


 振り返らずに言う。


 私は、頷いた。


 それで十分だった。


 椅子を勧められる。


 座ると、机の上に紙が一枚置かれているのが見えた。


 文字は少ない。


 場所。


 人数。


 期間。


 それだけだ。


「仕事だ」


 タケトシが言う。


 説明は、続かない。


 私は、紙から目を離さなかった。


 並んでいるのは、数字と短い言葉だけだ。


 危険の度合いも、成功の基準も書いていない。


 私は、指先で紙の端を押さえる。


 動かない。


「判断は、急がなくていい」


 タケトシが言う。


 今度は、こちらを見る。


「行かない選択もある」


 その言い方に、重さはなかった。


 脅しでも、誘いでもない。


 ただ、事実として置かれている。


 私は、紙を見たまま口を開いた。


「……これだけ、ですか」


「そうだ」


 短い返事。


「理由は、聞かないのか」


 私は、少し考える。


 聞ける。


 でも、聞かなかった。


「いまは、いいです」


 自分でも、意外なくらい静かな声だった。


 タケトシは、何も言わない。


 肯定も、否定もない。


 沈黙が、机の上に落ちる。


 私は、紙を折らずに戻した。


 触れただけだ。


 それで、十分だった。


「考えておけ」


 それだけ言って、タケトシは視線を外した。


 話は、終わりらしい。


 部屋を出る。


 扉を閉める。


 廊下に戻る。


 条件は、頭の中に残っている。


 言葉より、形として。


 私は、立ち止まらなかった。


 まだ、決める場所じゃない。


 でも。


 選択肢は、もう目の前にある。

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