条件
午後になって、扉がノックされた。
外から、名前を呼ばれる。私は、返事をしてから立ち上がった。
廊下は静かだった。
昼のざわめきは引いている。足音が、やけに大きく聞こえる。
部屋に入ると、タケトシは窓のそばに立っていた。
背中を向けたまま、外を見ている。
「時間はあるか」
振り返らずに言う。
私は、頷いた。
それで十分だった。
椅子を勧められる。
座ると、机の上に紙が一枚置かれているのが見えた。
文字は少ない。
場所。
人数。
期間。
それだけだ。
「仕事だ」
タケトシが言う。
説明は、続かない。
私は、紙から目を離さなかった。
並んでいるのは、数字と短い言葉だけだ。
危険の度合いも、成功の基準も書いていない。
私は、指先で紙の端を押さえる。
動かない。
「判断は、急がなくていい」
タケトシが言う。
今度は、こちらを見る。
「行かない選択もある」
その言い方に、重さはなかった。
脅しでも、誘いでもない。
ただ、事実として置かれている。
私は、紙を見たまま口を開いた。
「……これだけ、ですか」
「そうだ」
短い返事。
「理由は、聞かないのか」
私は、少し考える。
聞ける。
でも、聞かなかった。
「いまは、いいです」
自分でも、意外なくらい静かな声だった。
タケトシは、何も言わない。
肯定も、否定もない。
沈黙が、机の上に落ちる。
私は、紙を折らずに戻した。
触れただけだ。
それで、十分だった。
「考えておけ」
それだけ言って、タケトシは視線を外した。
話は、終わりらしい。
部屋を出る。
扉を閉める。
廊下に戻る。
条件は、頭の中に残っている。
言葉より、形として。
私は、立ち止まらなかった。
まだ、決める場所じゃない。
でも。
選択肢は、もう目の前にある。




