決められない
朝は、いつも通りに来た。
光が差し込む。廊下で、誰かが歩く音がする。私は、顔を洗ってから部屋を出た。
食堂には、もう人が集まっていた。
話し声が重なっている。昨日のことは、話題になっていない。少なくとも、表では。
私は、端の席に座った。
食器の音が、少しだけ大きく聞こえる。
向かいに、タケトシが座る。
距離は、いつもと同じだ。
「眠れたか」
短い問い。
私は、少し考える。
「……わからない」
嘘ではなかった。
タケトシは、それ以上聞かなかった。
しばらく、無言で食べる。
スプーンが、皿に当たる音だけが続く。
「昨日のことだが」
タケトシが言う。
私は、顔を上げない。
「……続くかもしれない」
言い切らない言い方だった。
私は、手を止める。
「嫌なら、断っていい」
すぐに、続く。
条件の提示。
命令じゃない。
私は、指先を見る。
昨夜の感覚が、まだ残っている。
言葉にできないもの。
私は、首を振らなかった。
でも、頷きもしない。
「……いまは、決められない」
声は、小さい。
それでも、逃げてはいない。
タケトシは、少しだけ息を吐いた。
「そうだな」
それだけだった。
評価も、説得もない。
答えを、置いていく。
食堂のざわめきが、戻ってくる。
私は、スプーンを持ち直した。
何も決まっていない。
それでいい。
少なくとも、今日は。
私は、そう思うことにした。




