視線
その日の夜。
雨はまだ降っていた。
窓を叩く音が、静かな廊下に響いている。
面会は終わった。
ユナも部屋へ戻っている。
それでも。
ミリアは眠る気になれなかった。
胸の奥に、小さな違和感が残っている。
誰かに見られている。
そんな感覚。
気のせいかもしれない。
けれど。
島で生き残った身体は。
そういう違和感だけは、滅多に外さない。
窓の外を見る。
雨。
街灯。
濡れた庭。
誰もいない。
それでも。
視線だけが残っているような気がした。
「眠れないか」
タケトシだった。
いつの間にか隣へ来ていた。
ミリアは窓を見たまま答える。
「……いる」
タケトシは表情を変えない。
「どこだ」
「分からない」
短い返事。
でも。
迷いはなかった。
タケトシは端末を取り出す。
「ノア」
すぐにノアが来る。
「監視映像を見せて」
三人は警備室へ向かった。
画面には建物の外が映っている。
正門。
裏口。
駐車場。
庭。
雨でぼやけた映像が並んでいた。
ノアが時間を戻す。
数分前。
窓の外。
何もない。
さらに戻す。
また何もない。
そして。
一瞬だけ。
画面の端を何かが横切った。
人影。
そう見えた。
だが。
次の瞬間には消えていた。
タケトシが目を細める。
「止めろ」
ノアが映像を止める。
拡大する。
画質は粗い。
輪郭もはっきりしない。
それでも。
人だった。
ノアが低く呟く。
「監視カメラの死角を歩いてる」
タケトシは黙る。
偶然じゃない。
そういう歩き方だった。
ノアが別の映像へ切り替える。
正門。
裏口。
非常口。
どこにも映っていない。
つまり。
最初から死角だけを歩いていた。
部屋が静かになる。
タケトシが短く言う。
「警備を増やす」
ノアが頷く。
「すぐ動かす」
三人は警備室を出た。
廊下は静かだった。
雨音だけが響いている。
面会室の前を通る。
そこに立っているはずの警備員が。
いなかった。
タケトシが立ち止まる。
ミリアも止まる。
誰も言葉を発さない。
雨だけが。
静かに降り続いていた。




