207 休憩は忘れずに
神殿が管理されている遺跡の出入り口は不用意に人が立ち入らぬように封印されている。
「へぇ、流石と言うか何と言うか。オールソン氏がいれば高位神官に同行してもらって封印解除してもらわなくてもいいのね」
「今まではその必要がありませんでしたからね。解除するより再度封印を施す方が大変ですし」
その言葉を聞いてコスモスは溜息をついた。
普通ならば神殿の高位神官を同行させるはずだったのだが、風の大精霊が必要ないと言ってトシュテンを見たのだ。
ニヤリと笑いながら無言で見つめる風の大精霊に適うはずもなく、トシュテンは自分ができるから必要ありませんと告げた。
(風の大精霊様が言わなかったら知らんぷりしてたってことよね)
力を温存したいのか、それとも人前で披露したくないのか。何を考えているか分からない男の理由を考えたところで時間の無駄だ。
何も言わずにお茶を飲んでいたコスモスはトシュテンからの視線を感じたが、知らないふりをしたのを思い出す。
「力の消費が大きいわけではないのだろう?」
「ええ。こうして風の大精霊様の力が込められた護符を持っていますからね。ある程度の知識さえあれば神官でなくとも可能です」
「嘘ばっかり。神殿の封印がそう簡単に破られたら事でしょう? コスモスが胡散臭いと言っていたけど本当にその通りだわ」
「聡明なる占い師である貴方にはお見通しでは?」
「喧嘩は買わないわよ。適当に誤魔化すような幻視使ってくるような男なんて占いたくないわ。占うとしても適当に言うだけよ」
はぁ、とルーチェはわざとらしく大きな溜息をついて、簡単に封印を解き再び封印をするトシュテンをちらりと見た。
入る時も封印を施さねばならぬほどの場所だ。貴重な動植物も多いのだろうこんな場所に凶悪な魔物などいるのだろうかとコスモスは首を傾げ、眉を寄せた。
(あーいるわね。封印してあるのにどうして魔物が中に? 魔物ごと封印したってこと?)
深く探るのもまた厄介ごとに首を突っ込みかねない。慌てて頭を左右に振った彼女はアジュールの揺れる尻尾の上でふわりと浮いた。
「最奥にある結界石の浄化もしなければなりませんからね。私の見せ場が多いのは嬉しいですが、便利に扱われている気がしてなりません」
「それが教会と神殿の、風の大精霊様のためになることなら喜んで、ではなく?」
「……もちろん、その通りですよ」
「最近ボロ出始めてません? もっとしっかり演技したほうがいいですよ?」
気を抜いているのか雑だぞと言うコスモスの言葉を気にした様子もなく、トシュテンは大げさに頭を左右に振って溜息をついた。
(マザーの命令なら素直に聞きそうなんだけど、それ以外は気が進まないってこと?)
仮にも敬うべき存在の一つではないのかと疑問に思いながらも、コスモスは冷めた目でトシュテンを見ていた。
「御息女にそんなことを言われるとは心外ですね」
「コスモス、アジュール、先に行きましょう」
そんなのに構ってる時間が惜しいわと呟くルーチェをコスモスは慌てた様子で追っていく。レイモンドは笑い声を上げながら「娘がゴメンネ」と軽く謝っていた。
「神殿が管理された遺跡内だから浄化されてるだろうし、そんな強い魔物なんて出ないでしょと思うわよね」
「まぁ、そうだったらあの大精霊様がわざわざコスモスを指名するわけないでしょう」
「いやぁ、でも他の人には強敵なのに私が出るとすぐ消える敵っていうのもどうかなと思うのよ」
「目的は結界石の浄化だから適当に倒せばいいのよ」
簡単に言ってくれる少女の横で敵を倒し終わったレイモンドがにこりと笑う。アジュールは尻尾を揺らしながら何かを探すように周囲を見回していた。
「結界石の浄化がこんなに難しいとは聞いたことがないから、何かあるんだろうな」
「あぁ、最奥にて待つって感じのやつね」
(お決まりのパターンと言ってもいいやつ)
はぁ、と溜息をついてコスモスがアジュールの言葉に頷くと、トシュテンが不思議そうに首を傾げた。何か引っかかることでもあるのかとルーチェが問えば口を開く。
「いえ、基本的に結界石の浄化は月に一回程度で足りるはずです。それを風の神殿が怠ったとは考えにくいですから他の要因があるのだろうと」
「そうね」
結界石が置かれている最奥へと向かう途中で結界を張って休憩することになったコスモス達は、装備の点検をしたりスタミナ補給をしたりしていた。
コスモスもルーチェから貰った果物を頬張りながら索敵をしてみる。今までと同様、それほど強い敵の反応はない。
物理攻撃が通りにくいだけで敵の体力が少ないのが助かる。
コスモスやルーチェが大活躍する場所だが、それだけに魔力の消費も激しくなる。
(影に引きずり込んで倒すアジュールのやり方も相変わらず恐ろしいけど、私に言われたくないって顔してるわね)
確かにそう言い返されたらコスモスも笑顔で返すしかないだろう。
彼女が触れれば敵は消滅する。
そんな力を入れた覚えもなく、強力な魔法を放ったわけでもないのにその有様で当の本人が驚愕していたほどだ。
アジュールは相性がいいんだろうと笑っていたが、コスモスとしては複雑だ。しかし、あまり気にしないようにして早々に掃除を終わらせることに集中しようと決めた。
咀嚼をやめたコスモスにルーチェが次の食べ物をめり込ませてくる。そこは頬ですと思いながらコスモスは少女の手をそっと口がある場所まで移動させた。
(見たところつるりとした球体だものね……どこに何があるのか分からなくて当然だわ)
もぐもぐ、と咀嚼しながら外部から伸びてきた影が結界に焼かれる様子を見つめてコスモスはちらりとトシュテンへ視線を向けた。
彼は水分補給をしながら丸薬のようなものを口に入れていた。
「オールソン氏も相性がいいと思うんだけど」
「私程度ではまだまだです」
「まだ頑張るのね」
「何のことやら」
ルーチェに冷たい視線を向けられてもトシュテンは笑顔を崩さない。コスモスの言葉も笑顔で受け流したくらいなのであまり言いたくないのかもしれない。
「コスモス、あの神官あなたが見てない場所でザクザク敵を葬ってたわよ」
「あぁ、偶にわざとらしく活躍したりもしてたけど手を変えたみたいね」
「え、そうなの」
そういうやり方もやるやつなの、と呟くルーチェにレイモンドが心配そうな顔をしながら言葉遣いを指摘する。
「御息女の反応があまりよろしくないもので、手探り状態なのですよ」
「余裕だな」
「この程度で息が上がってはいけませんから」
「休んでいてもいいですよ。僕がいますので」
「お帰り、アルズ」
シュッと音もなく姿を現したアルズはにこにことした笑顔をトシュテンに向けた。
笑顔なのに無言なので二人の間だけ空気が張りつめている。
「それで、どうだ?」
「マスターの察知通りですね。隠し通路もいくつかあるようですが、どこに繋がっているのかは分かりません。なんなら僕とマスターだけで先行するってやり方もありますが」
「当然却下だ」
「ですよね」
アジュールに却下されてもがっかりした様子がないのはそう言われるのが分かっていたからだろう。
途中で面白いものを見つけた、と古ぼけた道具を取り出したアルズにトシュテンが表情を変えた。
「それはどこで?」
「通路に落ちてましたけど」
近づいてきたトシュテンに拾ったものを手渡すとアルズはコスモスから果物を貰って彼女の隣に腰を降ろす。
敵は侵入させないが、味方は出入り自由という難度の高い結界を見つめていたレイモンドは興味深そうに床に刻まれた紋様を指でなぞった。
「これは結界石の力を安定させるための道具です」
「壊れて落ちてたということは……」
「自然に壊れたとは考えにくいから、やっぱり誰かが壊したんでしょうね」
「結界石が機能しなければ魔物が活性化して都市も危ないわよね」
トシュテンの説明を聞いてコスモスが呟けばルーチェが冷静にそう告げる。魔物が活性化してしまえば人々の生活は脅かされ不安と恐怖が広がっていくだろう。
「自ら手を汚さずとも溢れた魔物で国が混乱するだろうな」
もしそれが、同時に何箇所かで発生したとしたらと考えながら呟くコスモスにアジュールが前足を舐めながらそう言った。
「混乱に乗じて王都を落としてしまえばあとは簡単だろう」
「騎士団や魔法使い、神官とかの手練がいたとしても?」
「ある程度魔物との戦いに慣れているものもいるでしょうが、その大半は未経験ですから」
そんなことを引き起こそうとしている人物がいるとして、自分達はその人物と対峙するのかもしれないのだ。今更ながら無茶なことを頼まれたなと思うコスモスは大きな溜息をついてぷかぷかと浮いた。
「大精霊様厳しくない? 一箇所だけで終わりじゃないのよね」
「そうですね。全ての場所の結界石の浄化をしなければいけませんから。軽度なところは既に神官が行っていると思いますし」
「そう不安になることもないだろう。用心するのはいいが、怖がっても仕方がない。それに、大精霊がマスターを指名したのは相性がいいのを見越してのことかもしれんからな」
「説明が無かったんですけどね」
「実戦して理解しろということではないか?」
万が一何かあったらどうしてくれるつもりなんだ、と腹立たしくなったコスモスだがあの風の大精霊のことだ。危険があってもコスモスなら何とかなるだろうと軽い気持ちだったに違いない。
(マザーの娘でエステル様の加護をもらい、各属性の大精霊から直々に精霊石をもらってるとはいえ……いや、そうね。大丈夫だろうって思うのも無理ないか)
「理解ねぇ。感覚としては黒い蝶が消えていく時と似たような感じだったけど。無味無臭、近づけばフワァと消えていくからつかめないし」
「食べたんですかマスター!?」
「大丈夫よ、心配しないでアルズ。ちょっと、口に入っただけだから。すぐ吐き出したし大丈夫だって」
コスモスは思い出すようにそう言いながら、水を片手に心配した顔で詰め寄るアルズを宥めた。
「大精霊の加護を持ち、巫女の祈りが込められているはずの結界石が簡単に機能停止するとは考えにくいのですよね」
「だからろくでもない存在がいると睨んでいるだろうが」
「アジュール殿はその存在が待ち構えていると思いますか?」
壊れてしまった道具を見つめながら呟いていたトシュテンにそう問われ、答えようとした獣は目を細める。
「ふむ。好奇心旺盛で自信がある奴なら待っているだろう。そうでないならいないだろうな」
「これはまた難しいですね」
「どちらにしろ倒すしかないなら、難しく考えてもしょうがないんじゃないの?」
結界石の近くには強い魔物がいるだろう。それと一緒に結界石の機能を低下、停止させた人物もいるなら戦う以外何があるというのか。
当然でしょうとばかりに言うコスモスの言葉にレイモンドとルーチェは笑い、アルズはいつものように隣でにこにこと笑顔を浮かべていた。
「……まぁ、そうなるな」
「そう、そうなのですが。何が出るか分かりませんからね」
「場所はここだけじゃないから、ここで逃がしても他で会うことになりそうよね。そうなった場合、少しでも相手の体力気力精神力を削れればいいんだどなぁ。回復する時間を与えずに攻撃するにしても、する側のこっちも疲れるのが問題よね」
結界石を浄化するトシュテンを守りながら戦う様子を頭に描くが、相手の数によっては方法も変わってくる。
強い魔物を倒して終わりと思ったところでそれを上回るほどの厄介者が登場した時の絶望にも備えておかなければいけませんね、と言うアルズに頷くコスモス。
「精霊ちゃんって面白いよね。これで何もなかったら落ちこんじゃいそうだけど」
「父様、神殿の結界を破壊することなく侵入し結界石の機能を低下、または停止させるような存在に心当たりはある?」
「かわいいかわいい愛娘はサラッと恐ろしいこと聞いてくるね。でもごめんね、父さんの記憶にはないかな?」
「そうよね。これだけ派手なことをしておいて……本来は風の大精霊と巫女が揃ってくるはずだったのかしら」
「心配しなくても大丈夫だよ、ルーチェ。抜かりはないさ」
娘が何を心配しているのか察したレイモンドは、ぱちんとウインクをする。それを見て「うふふ」と笑いスッと正面を向いたルーチェは真顔で取り出した本を読み始めた。




