206 報酬はもらうべし
「大精霊自ら掃除を頼むのには裏がありそうだけど、神官や王家の騎士団ではどうにもならないからでしょうね。まぁ、神殿の立場もあるから王家に簡単に頼るわけにはいかないっていうのもあるかもしれないけど」
「そうだね。対立しているわけじゃなく、王家は神殿に対して敬意を持ってくれているだろうけど被害が起きなければ騎士団を動かすことはまず不可能だろうね」
木苺のムースを食べながらルーチェが地図に目を落とす。手書きのメモのような書類を手に取って眉を寄せれば、彼女の隣に座ったレイモンドが溜息をついた。
「それはそうでしょう。国の防衛、要人の警護もありますから。不確かな情報を鵜呑みにして二つ返事で協力するというわけにはいきません」
「ならば、教会に打診してみてはどうだ?」
「承認されるまで時間がかかるでしょうね」
「どちらにせよそこが問題なのよね。だからこそ、あの大精霊は私達に頼んだわけだし」
「……これから起こるかもしれない災害の芽を摘めってことかな?」
「簡単に言えばそうだろうな。実力はすでに分かっている。あとは、交渉次第で報酬も得られるだろう」
長期滞在させてもらっているだけでありがたいのに、報酬を得るなんてとんでもないと思ったコスモスだったが、ある程度の報酬は要求すべきだというレイモンドの言葉に自分の甘さを知る。
「依頼には報酬があって当然だわ。タダ働きなんて早死にするお人好しだけがやってればいいのよ」
「ルーチェ」
「むこうだってきっと、その方が気が楽なはずよ。特に巫女を始めとする神官達は、いくら大精霊が言ったからといってコスモスを安易に利用するような真似はしたくないはず」
「それはそうでしょうね。ですが、巫女様だけでは大精霊様を止められないのも事実ですし」
通りすがりの旅人ならば神殿の者達も罪悪感を抱かずに済んだのだろうか。
世界が誰にでも平等に優しくはないというのは分かっているが、上手く自分の立場を利用できない己に腹が立ってコスモスは溜息をついた。
(正直、私とアジュールだけなら衣食住は困らないのよね。野宿しようが私はこの身だし。でも今はルーチェとレイモンドさんもいる。当面お金には困らないだろうけど、貰っていても損はないだろうし)
こういう場合はどうするのがいいのかとアジュールに目を向けたコスモスは、彼が「しょうがない」と言わんばかりの表情で溜息をついたので思わず頬を緩めた。
「先に交渉しておくか。神官、お前はこういうの得意だろう? レイモンド、お前も来い」
「えっ、ボクもなのかい?」
「父娘で旅している賞金稼ぎなら経験は豊富だろう」
アジュールに名指しされてあからさまに嫌な顔をするレイモンドに、ルーチェはだったら自分が行くと手を上げた。
相手が大精霊にも関わらず啖呵を切ったことを思い出したコスモスは、心配そうに彼女を見つめる。
(ルーチェが行くなら私も行った方がいいかな。でも邪魔になりそうだけど……)
「はぁ……分かりましたよ。ルーチェが行くくらいならボクが行きますよ」
「私は問題ありませんよ」
「アルズ、二人のことを頼むぞ」
「はーい、先輩。お任せください」
その場にそぐわぬような明るい笑顔と声で答えたアルズ。留守番と言われて拗ねてしまったルーチェは腕を組んでそっぽを向いてしまった。
(ルーチェの気持ちも分かるし、幼いわりに弁が立つから頼りになるけど、相手が相手だものね)
コスモスが無礼とも取れる行動ができるのは相手の攻撃に対処できる自信がついたからだ。それでも大精霊が本気を出してしまえばひとたまりも無いだろうが。
(側にはイベリスさんもいるから大丈夫だとは思うけど)
最初にこの神殿へ来た時よりも余裕がある雰囲気のトシュテンと、いつもの様子で軽く打ち合わせをするアジュール。
レイモンドは「何でこんな目に」と呟きつつ胃の辺りを手で押さえているが、仕事はきっちりするだろう。
(報酬が豪華になった場合、仕事の難易度が上がりそうで嫌なんだけど誰かが何とかしなきゃいけないならやるしかないわよね)
自分の目的のためには不要なことだと思っても、この国が大変なことになるのは防ぎたい。
それはエテジアンという国が好きだからというわけではない。隣の小国であるミストラルに大事な人達がいるからだ。
(ミストラルに行くにはエテジアンを通る必要があるけど、そのエテジアンが大変なことになれば小国のミストラルなんて耐えられるわけがない)
「大丈夫ですよ、マスター。先輩達はちゃんと交渉を成功させてくるはずです」
「そうじゃなきゃ困るわ。でもコスモス、貴方が心配してるのはそういうことじゃないみたいだけど」
「あぁ、話してなかったかもしれないけどミストラルには知り合いがたくさんいるから、できるだけ危ないことは潰しておきたいなと思って」
「あっ、そうでしたね。でしたら僕もはりきりますから大丈夫ですよ」
「ミストラルに?」
不思議そうにそう呟いたルーチェは何かをぶつぶつと呟きながら首を傾げ、暫く宙を見つめていた。
「貴方達も随分と遠くまで旅していたものね。探し物をしているんだった?」
「あ、うん」
「言いたくないなら無理に聞くことはしないわ。誰しも隠し事の一つや二つ余裕であるものよ」
少女の口から紡がれる言葉は歳相応には思えなくて、彼女は一体今までどんな経験を積んできたのかとコスモスは不思議になった。
父と娘の二人だけであちこちを旅し、定住することなく賞金稼ぎで生活費を稼ぐ。
二人の実力は大したものだが楽な旅でもなかっただろう。
(歳より大人びて見えるのよね。ソフィーア姫と同じくらいかちょっと下かってくらいなのに)
改めて凄いと思ったがにこにこと笑顔で自分を見つめてくるアルズも凄いんだったとコスモスは思う。
(過酷な環境下で生き延びて、途中で死ぬことなく強かに生き抜いてるのも凄いわよね。私なんて普通に肉体あったらミストラル国内で終わってたような気がするわ)
温暖で平和な場所とはいえ、全くの危険がない場所などない。
たまたま出会えた人が善良で、環境が良く恵まれていたというだけの話だ。
「コスモス、恐らく今回は一箇所だけじゃ終わらないかもしれないわよ? それでもいいのよね」
「うん。私は大丈夫だけど……」
「私のことは心配しなくていいわ。父様のこともよ。神殿が管理するような遺跡に入れる機会なんて早々ないでしょうし、ありがたいくらいだもの」
「僕も全く問題ないですから大丈夫ですよ」
ルーチェが遺跡好きだとは思わなかったが、父親がトレジャーハントをやっていた影響もあるのだろう。
アルズは相変わらずコスモスが行くのならどこまでもついていくというスタンスなので心強い。
(ありがたいけど、いざ帰るって分かったらどうなるかな)
自分の本音を隠したまま上手く利用している最低な自分にもアルズは変わらず接してくれる。
何を選択しようと、どこへ行こうと一緒にと言ってくれるその言葉と真っ直ぐな眼差しに罪悪感を覚えるのは事実だ。
(だからと言って、ここに残るなんて簡単に言えるわけがない)
そもそも上手く帰れるか分からない状態なのに帰る時のことを考えてもしょうがないかと思う反面、いつでも帰れるように準備をしておかないととも思う。
(偶然こっちにきたんだとしたら、また偶然向こうに戻るってこともあるかもしれないし)
「それにしても楽しみだわ」
「怖くないの?」
「怖い気持ちもあるけど、それ以上にワクワクしてる」
「アルズは?」
「うーん、いつもと変わりないですかね。常に準備は怠らないようにしていますし」
ルーチェの目はキラキラと輝き、アルズは普段と変わらぬ様子でそう答えた。
なんと頼もしいことだろうかとコスモスは思わず泣きそうになって咳払いで誤魔化す。
(ああ、神様。仲間運が恵まれていることに関してだけは感謝します)
思わずそう心の中で呟いた瞬間に、ふわふわとした女神が嬉しそうに微笑んだような気がしてぞわりと背筋が寒くなった。
(いや違う……違わないけど違うわ……でもこれを誰かに言えないもどかしさ)
「コスモス、強くなったんでしょ? さっき言ってた通り、頼りにしてるから」
「え?」
「間抜けな声出さないでよ。私は攻撃もできるけど基本的には後方支援だもの」
「あ、いや、うん。もちろん」
(素直な言葉に動揺したなんて言ったら拗ねそうだから黙っておこう)
コスモスが何に驚いたのか察したらしいアルズが「ふふ」と優しく笑う。
「僕もマスターの出番を奪うようなくらいに活躍しますからね」
「はは、楽しみにしてるわ」
神殿内の手伝いをしている時も楽しそうにしていたが、武器を握って戦う時も楽しそうに見えるアルズの実力は良く知っている。
彼に生きていく術として魔法も少し教えたこともあれば、薬の調合の仕方も教えた。
(全部本の受け売りだけどね)
自分の想像以上に逞しくなり協会と専属契約をするまでになったのは元々器用だったというのもあるだろう。
「コスモス、どうしたの?」
「二人共頼もしくて。私も負けないように頑張らなくちゃって思ってたの」
「ふぅん。ま、疲れたなら休んでもいいのよ。私の強さは知ってるでしょ?」
「そうです、ルーチェちゃんの言う通りですよ。僕の強さも知ってますよね?」
「頼もしすぎて涙が出そう」
年寄りか、というルーチェのツッコミを受けながらコスモスは笑う。半開きになったドアから姿を現したレイモンドが、片手で口を覆いながら今にも泣きそうな顔をして飛び込んでくるのはその数秒後だった。




