小話《紫音とゲーム》
何やら様子のおかしい紫音。
どうやら悩み事があるようだが……。
ある日の夕方。
ハピネス事務所に紫音がやってきた。
同じ建家に部屋があり、いつも帰宅の報告をしに来るのでおかしくはないのだが、
今日の紫音は明らかに様子が変だった。
何かを考え込んでいるような、そんな顔をしていた。
「おかえり紫音。何かあったのか?」
「ああ、ハル。ただいま戻った。……少々考え事があってな」
何を、と聞きかけてハルは思いとどまる。
学校帰りと言うことは、その原因が学校にある可能性は高い。
最悪の想像として、イジメが浮かぶ。
だとすれば、気軽に聞いて良い話ではない。
今度はハルが難しい顔をする。
そんな考えを察したのか、
「ん、何か勘違いしていないか? 学校生活は特に問題無いぞ」
「……顔に出てたか」
「心配は感謝する。私を気に掛けてくれる人が居ると言うのは、心強いものだ」
ハルが思っているよりも、ずっと大人だった。
「なら、何を考えてたんだ?」
「そうだな、ハルは相談相手に適任かもしれん」
短く思考して、紫音は小さく頷く。
「ハルよ、少し聞きたい。お主はてれびげーむ、と言うものを知っているか?」
「つまり、学校の友達とゲームの話題になったと」
「うむ。だが私は生まれてこの方、そのてれびげーむをやった事が無い」
普通なら考えにくいが、紫音は特別だ。
特殊な環境で育ったのなら、充分に有り得る話。
「それを友人に話したら驚かれてな、何故か同情までされてしまったのだ」
「……なるほど」
事情を知らない友人は、きっと紫音の育ちを誤解したのだろう。
ゲームをやる余裕すらない生活を送ってきたのだ、と。
「まあ、良い友達だな」
「自慢の友だ。だが、私は少し考えてしまう」
「と言うと?」
「友と共通の話題を持てぬと言うのは、どうも歯がゆくてな。こんな気持ちは初めてだ」
学校というのは、子供にとって情報共有の場所でもある。
テレビやゲーム、雑誌などの話題で会話が弾む。
それに加われないことに、少し疎外感を感じているのかもしれない。
「だからテレビゲームを知ろうとしたのか」
「そうだ。だが、千景の家にはてれびげーむは置いていない」
確かに千景がゲームをしている姿は想像出来ない。
「それで困ってしまってな」
「友達の家とかは?」
「それも考えたが、無知な者が居ては遣りづらいのでは無いかと思って」
「…………」
紫音なりの気遣いなのだろう。
ハルは無言で、紫音の頭を撫でた。
少し考えた後、ハルと紫音は千景に相談する事にした。
「……と言うわけです」
「なるほど、話は分かりました」
業務を一時止めて、千景は休憩スペースに移動して話を聞いた。
これはあくまでプライベートな話。
公私の区別をきっちり付ける千景らしい配慮だった。
「ちなみに、ハル君はゲーム機を持ってますか?」
「あったんですが、奈美に壊されました」
暇つぶしに対戦ゲームをしたのが運の尽き。
負け続けた奈美が暴れ出し、ゲーム機は無惨な姿に変わり果てた。
「そうですか…………確か倉庫に」
千景は二人に少し待つように告げ、事務所から出ていく。
十分ほどして戻ってきた彼女の手には、一つのゲーム機とソフトがあった。
「ち、千景さん……それは」
「昔手に入れたものです。私はゲームをやらないので、倉庫で埃を被っていましたが」
千景は手に持ったゲームを紫音に手渡す。
「これは貴方にあげましょう。箱に入っていたので、まだ動くはずです」
「い、良いのか?」
「構いません。テレビに接続するのが少々面倒ですが……お願いできますか?」
千景の頼みにハルは二つ返事で了承する。
ここまで来て断る理由はない。
「千景……その…………ありがとう」
滅多に見せない笑顔で紫音は礼を言う。
それだけで、どれほど喜んでいるのか充分伝わってくる。
千景は紫音の笑顔に、少しだけ驚いた様だが、黙って頷いてみせる。
「ああ、そうでした。一つだけ約束して下さい」
指を一本立てて、
「ゲームは一日一時間です」
悪戯っ子の様に微笑んで見せた。
紫音と共に千景の部屋に移動したハルは、早速ゲーム機の取り付けを行う。
「まさかファ○コンとは……。これ凄いレアなんじゃないか」
「どうだハル。上手く出来そうか?」
「ガキの頃散々やったからな。っと、これで良い」
接続は完了した。
ソフトを差し込み、紫音が恐る恐る電源を入れると、
「おお、おおお」
大画面液晶テレビに、古めかしいゲーム画面が映し出された。
超有名RPGゲームの一作目。
ハルが産まれる前に発売された、かなり昔のゲームだ。
「こ、これがてれびげーむか……」
「ああ。で、これがコントローラー。こいつでゲームをプレイするんだ」
興奮で震えた手で、四角いコントローラーを握る紫音。
「説明書は無いから、俺が最初だけ簡単な説明をするよ」
「た、頼む」
「まずAボタンが…………」
基本的な操作説明と、ゲームの進め方を教える。
それを紫音は真剣に聞くと、いよいよプレイを始めた。
「な、何だこやつは。王族なのか?」
「この国の王様だな。紫音は勇者になって、悪い親玉を倒して姫を救い出すんだ」
「何故私は正面を向いて移動するんだ?」
「……大人の事情だ。勘弁してやってくれ」
「鍵がなくなるなら、何故この部屋に鍵を掛けたのだ」
「プレイヤーに使い方を教える為だよ。そう信じよう」
「装備を調えろと言われたが…………このGとは何だ?」
「この世界の通貨だな」
「竹竿でどう戦えと言うのだ」
「……殴るんだろうな」
「金が足りんぞ」
「取り敢えず最低限の装備だけ買って、外に出てみな」
「うおぉ、何やら襲ってきたぞ」
「モンスターだ。そいつを倒せば、お金と経験値が手に入る」
二人がゲームをやっている事を聞きつけたのか、
「話を聞いたわよぉ。懐かしいわねぇ」
「当時は凄い話題になりましたよね」
ローズと柚子が様子を見にやってきた。
「えっと、二人はリアルタイムでやりました?」
「「何か問題でも?」」
「いえ……ありません」
凄まじい威圧感にハルはすごすご引き下がる。
そんなやり取りを気にも留めず、紫音はゲームに熱中する。
「私は勇者なのに弱すぎないか?」
「こういったゲームはぁ、段々と強くなっていくのが楽しみなのよぉ」
「む、何だこのファンファーレは?」
「レベルアップですね。経験を積んだことで、一つ強くなったんです」
順調にゲームを進める紫音。
だが、
「ふむ、大分慣れてきたぞ。ここは一つ、遠方まで進んでみるか」
「「それは駄目だぁぁ!!」」
落とし穴が待っていた。
ハル達の静止も虚しく、紫音は最初の街から遠くへと進んでしまい、
『テロリロリ~ あなたは死にました』
「……………………」
真っ赤な画面を無言で見つめる事になった。
このゲームの恐ろしさの一つ。
ある場所を境に、急激に敵が強くなる。
油断して先に進もうとすると、見たことのない敵と出会ってしまう。
何人のプレイヤーが絶望したことだろう。
「……油断大敵と言うことか。流石はてれびげーむ、一筋縄ではいかんな」
紫音の心は折れなかった。
最初からやり直しと言う悲劇を乗り越え、再びゲームをプレイする。
「むぅぅぅぅ、起きろ、起きるんだ」
「一人旅の辛いところだな」
「うわぁぁ、やられた」
「もう回復が出来ぬ。このMPとはいったい何なんだ」
「魔法を使う為の力ねぇ。精神力みたいなものかしらぁ」
「ああ、やられた」
何度も挫折を繰り返しながら、紫音は徐々にゲームに慣れていった。
そして、約束の一時間が過ぎようとする。
「紫音、そろそろ時間だぞ」
「む、丁度盛り上がってきた所だが……約束なら仕方ないな」
素直ないい子だ。
「だがハルよ、これは中断できないのか? 流石に最初からやり直してはキリがない」
「最初にあった王様の所に戻れば良いよ」
「…………む、なんだこれは?」
画面には、数十文字のパスワードが表記される。
当時はまだ、セーブ機能が付いていなかった。
「復活の呪文ねぇ。再開するときはぁ、これを入力すればいいのぉ」
「そうすれば、今の状態で始めることが出来ますよ」
「なるほど……ではメモをとるとするか」
紫音は画面とにらめっこをして、復活の呪文を書き写す。
「……よし、書き終えたぞ」
「じゃあ今日はここまで。どうだ、初めてのゲームは?」
「驚きの連続だ。難しいが……楽しいぞ」
満足げな紫音に、ハル達は優しい笑顔を向ける。
紫音は変わりつつある。
色々な事に興味を持ち、少しずつだが視野が広がってきている。
それは、とても大切な事だった。
翌日の夕方。
「……千景さん、どうしてアレをあげたんですか?」
「手持ちがあれだけでしたから。それに」
「それに?」
「世の不条理を学ぶのに、あれはピッタリですから」
その言葉は、数秒後に証明された。
『復活の呪文が違います』
「何だとぉぉぉ!!」
紫音の絶叫が、ハピネス事務所まで響き渡るのだった。
その後、紫音の通うクラスで、何故かレトロゲームが流行したらしい。
何はともあれ、紫音の望みは叶えられたようだ。
「よ~し、ならば今度はみんなで対戦をしよう」
彼女は今日も元気に中学生をしている。
作中でお分かりと思いますが、紫音がプレイしたのはアレです。
突っ込みはご容赦下さい。
人は環境によって、その生き方が変わる。
普通、の生活を送る紫音も、徐々に変わっていくでしょう。
次回もまたお付き合い頂けたら幸いです。