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単発・短編系

来年もここで 〜元恋人と過ごすおこもりステイ〜

作者: 啝賀 絡太
掲載日:2026/08/16

 八月の盆の時期。


 世間では休みである人間も少なくない。


 我が社もそうだ。同僚は実家に帰省したり、家族連れで旅行に出かけたり、夏のイベントやフェスに参加したりしている。


 私はこの夏の盆の時期、一人の女性と過ごした。いや、この夏も━━




 盆のはじめ、私はいつも通り、夕暮れ時にバス停で待った。普段使われていないバス停だ。屋根はあるけど、扇風機や冷房機はない。

 この季節で待つ人間なんてそうそういない。


 だからこそ、私たちは約束した。盆の始まりの夕暮れ時にこのバス停で待ち合わせしよう、と。


 連絡先は知らない。毎年、別れ際に約束をして、翌年待ち合わせをする。


 だから、相手が本当に来るかどうかもわからない。


 それでも私はこのバス停で待つ。彼女が来るかもしれないから。


「おまたせ」


 そして、彼女もまたここに来た。


 観月カンナ。


 私の初恋で、唯一の恋人だった人。


 彼女は白いワンピースを着て、ベージュの麦わら帽子をかぶって。傍には、クリームホワイトのトランクケース。


 まっさらな人型のキャンバスは、海へと沈んでいく夕焼けで真っ赤に彩られていた。


 私は静かに頷いて、カンナの荷物を手に取った。カンナは手ぶらで意気揚々と前に進んでいく。


 目的の旅館まで歩いて二十分ほど。会話はさしてない。


 カンナはチラチラと私の方を見ていたが、わざと気づかないふりをした。


「ねぇ」


 カンナが沈黙を破った。


「ハヅキはさ、今年もなんで来てくれたの?」


 カンナは私の数歩先を歩いて、こっちに振り向いた。


「きっと、カンナが来ると思ったから」


 私は正直に話した。けどカンナは私の答えをお気に召さなかったようで、無表情でそう。とだけ言った。


 それから、沈黙は旅館まで続いた。気まずかったわけではなく、十分な空気感だったからだ。


 二人部屋の和室。広縁の先には、海が見えた。


 私たちはここで、ゆっくりくつろぐ。ご飯を食べて、温泉に入り、部屋で風にあたる。


 毎年同じことの繰り返し。ここら辺には観光地がないから、私たちは朝早くに近くの浜辺まで一緒に歩く。


 いつもカンナが先に海に入る。くるぶしぐらいの冷たさにはしゃぎ、後から来た私に水をかけてくる。


 私は反撃をする。カンナの笑顔を見るために。ただ、彼女を楽しませるために。


 お互い疲れるまで水を掛け合ったり、追いかけっこをした。


 学生時代を思い出した。恋人同士だったあとの時も、ただカンナと一緒にいるのが楽しくて、もっと深いところまで一緒にいれば、幸せなんだと思っていた。


 周囲が私たちの関係を許してくれずともどうにかなると、思っていた。今思えば、無責任だったな。


 疲れた私たちは浜辺で座り、先に買ったサイダーを飲む。一息ついた私たちは、隣り合わせで座りながら、波の音を聞いた。


「いやぁ〜……はは、年甲斐もなくはしゃいじゃった」


 カンナが笑いながら言った。


「でも、楽しかったでしょ?」


 私がそう返すと、カンナは笑ってそうだねと言った。


 日が登りきって、自転車に乗った学生や車が、道路を通過していく。やがて海に訪れる人がだんだん増えてきて、私たちは旅館に帰った。




 再び温泉に入り、身体の汗や汚れを流しきった後、朝食を食べた。


 そして自室で再びくつろぎ始める。野鳥の鳴き声や、波のせせらぎ。


 冷えた畳。井草の香りがとても気持ち良い。


 静かな空間。私たちは、会話を交わさない。


 お互いの近況はもちろんのこと。そこに足を踏み入れることはない。私たちは静かに部屋で休む。


 カンナは扇子を仰ぎながら、広縁で外を眺めていた。


 なにも語らず、じっと外を。なにかを見つけて、身を乗り出した時は、少しはだけた浴衣を元に戻しながら。


 そして観察に満足したら、元の座椅子に体を預ける。


 飽きずに、何時間も。


 そんなカンナを私は寝転がりながらじっと見つめる。


 飽きることはない。


 この時間がいつまでも続けば良いとさえ思ってしまう。この時だけは、誰も私たちを引き裂こうとしない。




 夜になって、夕食を摂った後、カンナは何か思いついた。声をあげた。


 カンナは自身の荷物から花火を取り出した。


「久しぶりにやらない?案外楽しいかもよ」


 そう言ったカンナの表情は、珍しく子供のような無邪気な顔をしていた。


 私たちは再び海に行った。


 誰もいない浜辺で、二人、花火をした。


 火をつけると、勢いよく吹き上がった手持ち花火に、カンナは喜んでいた。私のも、色鮮やかに火が吹きでる。不思議とテンションが上がって、興奮していた。


 カンナは両手に花火を持って、腕を振り回す。


「見て!むっちゃ綺麗!」


「あぶないよー」


「平気、平気ー!」


 カンナは大きく笑っていた。


 私もつられて、花火を取り出して、一緒に踊った。火傷しないように距離をあけながらだけど、楽しかった。


 ひとわらいし、最後は二人で線香花火に火をつけた。


「……久しぶりにはしゃいだなぁ」


「……私も」


 カンナも笑っていた。


「覚えてる?久しぶりに会った日のこと」


「……うん。覚えてるよ。夕立が凄かったよね」


「そう。雨宿りしてたらハヅキと偶然会って、びっくりしちゃった」


 あの日は、友達が結婚すると聞いて、近くの街まで来ていた。


 帰りに夕立に遭った私は、傘を持っていなかったので、閉まっていたお店の屋根で雨宿りをしようとした。その時、私は同じように濡れていたカンナと出会った。


「久しぶりだったけど、一目でカンナだとわかった」


「だから声をかけてくれたんだ」


 カンナの問いかけに頷くと、彼女は満足そうに笑った。


 大学時代、私たちは現実に打ちのめされた。お互いのことを考え、私から別れを切り出した。当時、カンナはひとしきり泣き叫んだあと、別れを受け入れてくれた。


 それから、一度も会っていなかったけど、すぐにカンナだとわかった。


 お互いのことは聞かずともわかっていた。なにせお互いの道を歩むために別れようと決めたのだ。語らずともわかっていた。


「まぁ、カンナに旅館まで誘われた時はびっくりしたけど」


「でも、嬉しかったでしょう?」


「それは…………うん、そうだね」


 嬉しかった。


 急な誘いで、誰かに見られないか心配だったけど、それよりもカンナの側にいたかった。


 それから、私たちは毎年会うようになった。カンナが帰るときに乗るバス停で、次の待ち合わせを約束して。


「ずっと、続けば良いのに」


 カンナがつぶやいた。


 私もそうであって欲しいと思う。けれど……


 最後の線香花火が浜辺にポトリと落ちた。あたりがいっそう静かに聞こえた。


「帰ろう」


 私は最後の一本をバケツに入れて立ち上がった。カンナに返す言葉が思いつかず、カンナもそれ以上なにも話さず、私たちは部屋までなんの会話も交わさなかった。




 部屋に戻って片付けをしたあと、電気を消した。


 明日、私たちは別れる。


 そのとき、また同じように約束をするのだろうか。


 布団の上で座りながら、目を閉じて、そんなことを考えていると、カンナが背中から寄りかかってきた。


 カンナが腕を私の身体の前に回した。私はカンナの腕に手を重ねた。


「ダメだよ、カンナ」


「どうして?誰も見ていないのに?」


「その……いつまでもこんなことを続けてたら、カンナのことを忘れられなくなっちゃう」


「それでいいじゃない」


 私はカンナの腕をほどいて、彼女に向き直した。


「私だって……私には、やっぱりあなたが必要よ。また、やり直そ?」


 か細い声。それでも、カンナがそう言ってくれるのは嬉しい。


 けれど、私はそれに応えることが出来ない。


「私たちの間には、障害が多すぎる」


「お互い独り身で、やましいことなんてないでしょう?」


 それはそうだ。けれど、生まれついての属性が、私たちを……特に、カンナを苦しめるに違いない。


「ハヅキの家族のこと?そんなの気にしなくていいよ。私も一緒に悩むし、いざとなれば一緒に逃げれば良い」


 カンナはそう言ってくれた。けど、そう簡単なことじゃない。


 なにより、私が嫌だった。私たちのせいで、カンナに苦しんでほしくない。


「ダメなんだよ、カンナ。私たちは、別々の道を歩むべきだ」


「……それならどうして、私の名前を呼んでくれるの?」


 カンナは私の髪を優しく撫でて、再び尋ねた。


 私はなにも答えない。静かにカンナに押し倒され、されるがまま。私は彼女に身を委ねた。カンナが求めてることをしてあげた。


 一年ぶりのカンナの熱を感じた。その度に、焦がれてしまう自分が嫌だ。欲望に逆らえられない自分が。そんな欲望さえ、カンナの喘ぐ声を聞いているうちに、溶けてなくなる。


 ただ、この日々の出来事を、身体にも刻もうと。



 

 夜が明けて、私たちは身支度をお互い整えて、旅館を出た。


「似合ってないでしょう?三十も過ぎたいい年したオバサンが白いワンピースに麦わら帽子なんて……」


 歩いてる途中、カンナが自嘲気味に答えた。彼女はそう言うが、白く揺れながら輝くワンピースは、黒い髪の彼女にピッタリだった。


「そんなことない。綺麗だよ……次会った時も見たいくらい」


 私がそう答えると、カンナはいじわるねとつぶやいた。


 それが最後の会話だ。バスが到着して、私はカンナを見送る。私は駅まで歩く。


 来年、カンナがまた来てくれるかはわからない。約束などしてないから。連絡手段もないから。


 それでも私は、カンナが恋しくなって、来年またここに訪れるだろう。

 おこもりステイに憧れる。

 啝賀絡太です。

 ちゃんとした感じの恋愛シチュを久しぶりに書きました。いかがだったでしょうか。

 報われないと言われてる。けれどお互い惹かれあっていて、関係を断つことが出来ない。そんな関係、ちょっと良いですよね。

 旅館でゆっくり過ごすという行いを実はしたことがないのですが、いつかは絶対やりたいことなんですよ。それこそ、広縁でゆっくりぼーっとしながら、一日を過ごすことか。ぼーっとするの苦手ですけど、ゆるりリラックスできそうで良いなと思います。


 盆にはいろいろなことをしますよね。祖先を迎えたり、家族で過ごしたり、イベントに出かけたり。

 盆の時期に、魅力ある美人さんと過ごすシチュエーションめっっっっちゃいいなと思いながら書きました。


 まぁそんな相手、現実にはいないんですけどね!へっ!!!!!!

 最近ホラー系ばっかだったので新鮮でした。

 皆さんが少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。


 次の作品もぜひよろしくお願いします。


 啝賀絡太でした。


 こういうシチュエーションに憧れるんだよぉぉーーーーーーーーッッッ!!!!!

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