7・噂
今日はお休みですわ。
サシャも用があるとかでお出かけしてしまいました。
その代わり、我が家から別の者たちが寮の周りを警護しています。
よって、私は寮から出られず、お留守番の身です。
部屋のテーブルに用意されていたハムエッグサンドを口にして考えました。
「何をしましょうか……そうですわ! ここのところ忙しくて読書ができなかったのです」
早速サシャの部屋へ向かいます。
「おじゃましますわ……」
サシャはいませんが、ちゃんとお断りを入れます。
そして目指すはあの本棚。
その隠し棚に仕舞われている本ですわ!
「さてさて、どんな書物が増えているのかしら」
いつものように仕掛けを動かし、目的の本たちが現れました。
「結構増えましたわね。 それにジャンルが違う本が増えていますね。 作者様は同じ人の書物ですわね……作者様は、ヤシャ様ですか。 一体どんなお話なのでしょうか」
私は一冊を手に取り、近くの椅子に腰を掛けて読み始めました。
「これはとある令嬢と、そのメイドのお話です。 悪役令嬢物ではないのですね」
ページをめくり、文字を目で追い始めます。
朝日が部屋を照らし、メイドは窓を開けて空気を入れ換えます。
窓から入り込んだそよ風が、ベッドで眠る少女の髪の毛を軽く撫でるように流れていきます。
「お嬢様、朝でございますよ。 起きてくださいまし」
「ん……あともう少し寝かせてください……」
お嬢様は目を開けずに布団を被ってしまいます。
「今日の朝ご飯はお嬢様の大好物でございますよ」
メイドは朝食のメニューを言うと、先ほどまでぐっすりと寝ていた令嬢がガバッと起き上がったのです。
「すっかり目が覚めましたわ! 今日も一日頑張りましょう!」
元気なのはいいのですが、もう少しお淑やかにできない物でしょうか。
そんな令嬢に、心配するメイドでした。
「そんな令嬢、本当にいるのかしら。 いたらとても楽しそうですわね」
続きを読んでいきます。
今日は初登校の日です。 お嬢様は朝食を済まされ、パジャマのまま登校しようとしています! これはいけません!
「お嬢様! そのまま行っては駄目でございます! お着替えをなさってくださいませ!」
慌てるメイドにお嬢様は「あらあら。 すぐに着替えを致しますわ」と言っていましたが、ほとんどメイドが着替えさせました。
「いけませんわね。 たとえメイドだろうと、迷惑を掛けてはいけませんわ」
私は自分の感想を口にしながら続きを読み進めていきました。
場面は帰宅後のお話です。
メイドと令嬢の何気ない会話ですわね。
「今日、私は新しい力に目覚めましたのよ!」
自信満々にメイドに報告する令嬢。
メイドはおめでとうございますと、とても嬉しそうに言いました。
令嬢が身につけたのは、相手を威圧してしまう力でした。
実際にやってもらったメイドも下を向きながら肩を震わしてしまいました。
メイドはある意味恐ろしくなりました。
喜んでいる令嬢にそんなこと、はっきりと告げられずに他の方法を考えましたが、いい方法などそんな簡単に出てくるはずもありません。
なので、メイドは心を強く持って令嬢に告げました。 お腹がよじれる程の感情を我慢しながら。
「お嬢様、その力は無闇に使ってはいけません。 使えばお嬢様の名前に傷が付いてしまいます」
人に威圧を使う。
場合によっては使わないといけませんが、むやみやたらと使うと、人は離れていってしまいます。
そのことをメイドは諭すように令嬢に伝えました。
「ありがとう、私はいらぬ罪を被ることだったのですね」
令嬢はメイドに感謝しました。
メイドはほっと胸をなで下ろすのでした。
そうして夜はふけていきました。
つづく。
それにしても、なんて主人思いのメイドなんでしょう。
目を瞑り、一呼吸してから私は本を閉じました。
「これは身に余る力を持った人に対する警告のようなお話なのですね。 奥が深いですわ――でも、面白みのない書物ですわね、もっとこうわくわくするような物はないのかしら……」
書物を棚に仕舞い、まだ二冊残っている本を手にしようとしましたが、続きはまた今度にしようと手を引っ込めて、棚を元通りにしました。
まだお昼前ですが、少し眠くなってきましたので、丁度いい歴史の分厚い書物が目に入ったので、それを枕にしてサシャのベッドで眠りにつきました。
*
「さて、お嬢様も待っているでしょうし、部屋に戻るとしましょう」
背後には、この街のゴロツキたちがボロ雑巾のように転がっている。 私は振り向きもせず、街の裏通りから表通りへ出て行きました。
人通りの多い表街道を歩いていたら前から見知った顔が現れました。
「サシャさんじゃないですか、お散歩ですか?」
私に話しかけてきたのは、買い物袋を両手一杯に持っていた、フィリアお嬢様のクラスメイト、チャーニさんでした。
「チャーニさんこそ、お買い物ですか?」
「親に頼まれまして」
重そうな荷物を持ちながら、えへへと笑っています。
「少しお持ちしましょう」
そう言って私はチャーニさんの荷物の大半を持ってあげました。
「そんなに、悪いですよ」
「気にしないでください」
彼女は申し訳なさそうにしていますが、本当に気にしなくてもいいと言って歩き出しました。
私とチャーニさんは何気ない話をしていると、彼女は何かを思い出したように尋ねてきました。
「そういえばサシャさんって黒の女豹とか言われていましたよね?」
昔付けられた、私の二つ名ですね。
「それがどうかしましたか?」
別にそう言われることには慣れています。
しかし、なぜそんなことを聞かれたのか……。
「最近噂になり始めているんですよ――黒の女豹が活動を再開して、暴れ出しているとかいないとかって」
私はそんなことはしていませんが……。
不安な面持ちで私を見上げるチャーニさんに対して私は答えました。
「今の私はフィリアお嬢様付きのメイドです。 それ以上でもそれ以下でもありません」
チャーニさんに微笑みかけて安心させました。
……しかし気になる情報ですね。
「チャーニさん、また何か噂を聞いたら私に連絡を頂けますか?」
そう言って私は彼女に笛を渡しました。
「サシャさん、この笛は?」
笛を受け取った彼女は笛を摘まんで、色々な角度で見ています。
「ただの笛ですよ。 それを吹けば私が駆けつけます」
今ひとつ理解が出来ていないようでしたが、なんとか納得してくれたようです。
「あ、もう家に着きましたね。 サシャさんありがとうございます」
ぺこりと頭を下げてから、店先に並んでいたパンを二つ、袋に入れて私に手渡して、店の中へ入っていきました。
「私も戻るとしましょうか」
受け取った紙袋を抱えて。
*
学生寮のお嬢様の部屋。
そこにはお嬢様はいませんでした。
しかし、気配はあります。
私は自分の部屋へ戻ると、お嬢様が私のベッドの上で、歴史の辞書を抱えていびきをかきながら眠っていました。
「この姿、本当に伯爵令嬢なのでしょうか」
私はクスリと笑いながら自分の仕事に戻りました。




