EX.他人の恋路を邪魔する奴は(sideアルヴィオ⑤)
上中下ではなく①〜⑥となりました。
ライルは慌ただしく出発し、おれ達はそれぞれの日常へ戻った。
副長の仕事はジュードがこなしている。元々、ヒースクリフが公務で抜ける時はライルとジュードが留守を守っていたから問題ない。
他にも――――
フィリア妃がリーチェ嬢に事情を説明し、「ライル様と縁がなかったのは残念ですけれど、ディアナ様を助けてあげてほしいですわ!」という返答をもらったり。
(ライルが気に入らなかった訳じゃないが、惚れるまで行かなかった模様だ)
その話を人伝てに聞いた別の夫人も「実は……」とフィリア妃に悩み相談を持ちかけるようになり、フィリア妃(と、盟友のアリオット侯爵夫人)がいくつかの諍いを仲裁したり。
「俺の部下とマイスナー侯爵家に行き違いが続いているのは心が痛む」というヒースクリフの圧力で、侯爵がジュードと和解したり。
(一番反対していたのは侯爵夫人だと判明したため、王弟の微笑を使って突破したんだとよ。頼りになるな、おい)
かと思えばブラムとイザークが「どっちの恋人がより美人で素晴らしいか」という実にくだらん理由で口論になって、おれの鉄拳制裁を喰らったり――――
(ユーフェミアが一番に決まっているだろう。以上)
……などとあれこれあったが、概ね平穏に過ぎていった。
ベルーザ王国騎士団には、おおよそ一週間に一度の休日がある。
おれは二回ぶんを二回ともユーフェミアと会うのに使った。
一度目はアインラーク伯爵家へ行った。
ユーフェミアの父と兄は、体格はおれに及ばないものの――眼光が鋭く、決して侮れない手強さを感じさせる相手だったな。
ユーフェミアの前では常に、にこにこ笑っているが。末娘の彼女は大層愛されている。
もしユーフェミアを悲しませたりしたら、おれもラング伯爵家も社会的に死ぬに違いない。
もちろん、そんな真似はしない。
おれは彼女を大切にすると約束し、正式に結婚へ向けた手続きを進めていくことになった。
二度目は、フィリア妃の計らいで王宮の庭園を散策した。
ユーフェミアは、今度は落ち着いた雰囲気のデイドレス。これもよく似合っていた。
口は上手くないなりに褒めると顔を赤くして「こちらもフィリア様が流行させたものですわ」と言う。
無骨者が知らないうちにドレスのデザインも変わっていたのか……
ユーフェミアの綺麗な声で色々教えてもらうのは楽しい。
おれが勧めた通り、ユーフェミアはスケッチブックを持ってきていた。おれと話しながらも手は止まらず、さらさらと風景や草花を描いていく。
どれも見事な出来栄えだった。
そんなユーフェミアに、おれはフィリア妃の言葉を伝えた。
図鑑を作ろうとしていること。
見たままを精密に描き出すユーフェミアの絵が挿絵に最適だとおっしゃっていること、だ。
「わ、私なんかに妃殿下のお手伝いができるでしょうか?」
始め、ユーフェミアは尻込みしていた。
自分の才能に自信がなく、また女の身で目立ってしまうとおれにも迷惑がかかるのではないかと考えたようだ。
「ユーフェミア、心配するな。貴女の絵は素晴らしいし、妃殿下の図鑑はラングの民に必要なものでもあるんだ。貴女さえ嫌でなければ、やってみてほしい」
ラングはおれの愛する故郷ではあるが、闇の森と接しているだけに苦労も多い。貧しい民はまだまだ存在している。
しかしフィリア妃の知識が広まって食べられるものが増えれば、彼等の暮らしも少しずつ良くなっていくはずである。
そのために、絵入りの図鑑は必ず役に立つ。
そう説明すると、ユーフェミアの表情がきゅっと引き締まった。
「……アルヴィオ様やラングの領民のためになるのですね。分かりました。頑張りますわ!」
ユーフェミアは愛らしくも優しく気高く、才にあふれた伯爵夫人になるだろう。
改めて、彼女に出会えた幸運に感謝しなければいかんな。
✳︎✳︎✳︎
二週間ちょっと経ったある日。
用事があってヒースクリフの執務室を訪ねると――――
「――――申し訳ありません!!」
またもライル・リーバンがいて、またしてもヒースクリフとフィリア妃に向かって謝っていた。
「どうかお許しください!!」
跪いて頭を深く垂れ、五体投地の勢いである。
穏やかじゃないな、何事だ?
「今度は何やったんだ?」
「いや、俺とフィリアにも何が何だか……とにかく立ってくれ、ライル」
「そうですわ、これでは訳が分かりません。事情を説明してちょうだい」
ヒースクリフとフィリア妃も困り顔をしている。
おれはとりあえずライルを立たせてソファに座らせた。
「よし、キリキリ吐け……じゃなかった、話してみろ。ドルーセル伯爵夫人の件か?」
おれが催促すると、ライルはうなずいた。
「……はい。ドルーセル伯爵夫人はやはり俺の幼馴染でした。ですが、リーチェ嬢から聞いていたよりも状況が悪くなってたんです」
「なに?」
「ディアナとドルーセル伯爵には子供ができなかったんですが、愛人に赤ん坊が生まれて……その子を養子にするか、伯爵と離婚して金持ちの老人と再婚するか、どちらかを選べと強要されていたんですよ」
「何だと? 腐り切っているな」
昔は王族や貴族が複数の妻を囲っていた時代もあったと聞くが、今のベルーザ王国は一夫一婦が基本だ。
ただし結婚して何年か経っても子供が生まれない場合は、別の女性に子供を生んでもらったり親戚から養子を迎えたりすることが認められている。
そういう時は、形だけでも正妻の養子にするのが通例ではある。
だが、あくまで夫婦で話し合って決めるもの。妻を脅すなぞ以ての外だぞ。
その上、再婚の強要だと?
子に恵まれず離婚は……貴族だと仕方ない面があるにしてもだ。
元妻は実家に帰すのが普通だろうが。
再婚相手だって、本人が望むならば実の親兄弟が探してやるものなんだ。
どこを取ってもあり得ん。
「聞いているおれでさえムカムカするんだから、ライルは我慢ならなかったろうな」
「そりゃもう。離婚上等、だが再婚相手はこの俺にしてもらう!つって啖呵を切りつつ殿下や妃殿下のお名前もチラつかせ、いったん王都へ連れて帰ってきた訳です。あんな家に置いておけませんが、ジェンツ男爵家はドルーセル領と距離がありすぎたもんですから」
「なるほどな」
「事情は分かりましたわ」
ヒースクリフとフィリア妃がうなずく。
「それで、その……正直に申し上げます。俺は昔っからディアナのことが好きでして……一度は諦めたんですけど……こうなった以上は俺が彼女を幸せにしたいんです。結婚をお許しいただけませんか? 本人の承諾は得ています」
ライルは再び、神妙に頭を下げた。
「両殿下が俺を見込んで、リーチェ嬢と引き合わせてくれたのは分かってます。評価してもらえて大変光栄で、とても嬉しかった。ですが――――どうかお願いいたします」
ふむ……
確かに、あの乗馬教室はライル達を高位貴族の令嬢と結びつけ、実力にふさわしい地位を得てもらうための場でもあった。
しかしライルは出世より女を取る、か。
予想通りだな、そういう馬鹿は嫌いじゃないぞ。
おれとヒースクリフ、フィリア妃は目線を交わし、にこりと笑った。
「ライル。いきなり連れてきたフィリアと結婚した俺が反対するはずないだろう? 愛する人と結ばれるのが一番だ。おめでとう」
「ええ、そうですわ。リーチェ様にはもうお話をしてあります。あとはディアナ様とジェンツ男爵の了承が得られれば構いません。幸せになってね」
「……本当にいいんですか? ご厚情を蹴っ飛ばした俺を……」
「女性を守るのは騎士の本懐だろうよ。安心しろ」
ばしんと背中を叩いてやると、ライルもようやく納得できた様子で息をつき、いつもの調子が戻った。
「はあ〜……ありがとうございます……もう騎士を辞めるしかないかと思ってました」
「あら、辞めてしまいますの? 残念ですわ」
フィリア妃が冗談を言い、ライルがぶんぶんと首を横に振る。
「いやいやいや! 解雇だと言われない限り居座ります! 結婚前に無職になりたくありませんよっ」
「じゃあ問題ないな。次の分団長はジュードになると思うが、副長として変わらず支えてほしい」
「――――はい! ご期待に添えるよう励みます!」
ライルはビシッと敬礼した。
ジュードの補佐に回るのも抵抗はないようだ。
騎士を辞める覚悟までしていたんだから当然か。今まで頑張って築き上げてきた地位も名誉も捨てるというのは並大抵じゃあない。
惚れた女のために、そこまでするとはなあ。何気に凄い奴だ。
「良かったな、ライル。結婚式はどうするんだ?」
おれのような伯爵家以上の貴族は、結婚に際して国王陛下の裁可が必要だ。親族や付き合いのある貴族に根回ししたり、婚約式や結婚式の準備もしたり、結構大変だったりする。
ブラム達もお相手が伯爵や侯爵家の娘だから同様だ。
しかし下位貴族はそこまで厳格じゃない。
聞いてみると、ライルは照れ笑いを見せた。
「嫁さんは再婚なんで、派手にはしたくないみたいですね。俺はまあ、どっちでもいいかな」
幸せそうだな、こいつめ。
おれも早く結婚したくなってきた。
――が、次にユーフェミアとカフェへ行った時にそれを話したところ、はにかんで言われた。
「私は、その、男性とお付き合いしたことがなかったものですから……恋人同士を楽しみたい気持ちもあるのですが」
「なるほど! ユーフェミア、貴女は天才だな!」
単純なおれは、くるっと手のひら返しをした。
そうとも、どうせ貴族の手順を踏んで結婚はするのだ。
今を楽しまなくてどうする。
「あの、天才ではないと思います……どうしましょう、何だかアルヴィオ様がかわいいわ……」
「こんな図体のでかい男にかわいいはないだろう、かわいいは」
ちなみにライルはあの後、ディアナと伯爵の離婚が正式に成立し、再婚可能になるや否や結婚するという早業を披露した。
結婚式はしないことになったので、個人的に結婚祝いを送りつけておいた。
二人でいずれ休暇を取って、ジェンツ男爵家とリーバン子爵家へ行ってくるそうだ。
それからディアナ・ジェンツ改めリーバン夫人は、フィリア妃の侍女に採用された。
婚家での冷遇に耐えた気丈さと、折れない強さを持った女性で、ヨランダ夫人やアリス達ともうまくやっていると聞く。
収まるところに収まったと言えるな。
……ドルーセル伯爵家?
ついでのように悪事を暴かれて、その後どうなったかって?
さあな。興味がない。
しかしエーリヒ国王陛下もご存じだ。伯爵の庶子を後継として認めないと思うぞ。
おれも、ほんのちょこっとだけ……あくまで軽〜く調べたんだが、伯爵にはそこそこ有能でまともな弟がいるらしい。家を出ているらしいけどな。
呼び戻せば解決するんじゃないか?
「……それよりも遥かに重要なのは次のデート先だ! どこにするか決めておこう。ユーフェミア、希望はあるか?」
「では、また乗馬のレッスンをしていただけませんか? なかなか上達しなくて申し訳ありません」
「全く構わないぞ。乗れるようになるまでは、おれが貴女の馬になってどこへでも連れていくさ」
「う、嬉しいですけど、馬はやめてくださいませ。貴方は私の乗馬の先生で、騎士様で、未来の旦那様です。恥ずかしいので馬扱いはちょっと」
「馬でいい。手綱を握っておいてくれ」
「アルヴィオ様ったら!」
頬を染めるユーフェミア、かわいいと言ったらなかったな。
……という訳で、乗馬教室に招集されたおれ達五人の騎士は、全員が一回参加しただけで素晴らしい結婚相手を見つけたのだった。
ライルはちょっと違うとは言え、結構な成功率である。
これから他の騎士も世話になるだろう。
良い未来がやってくる予感がした。




